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心からの安らぎ

兄貴

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 俺が紅音と出会ったのは、確か五歳の時のはずだ。
 紅音の親が病で死んでしまい、引き取り手がなかったところを、俺の親が快く引き取ったんだ。

『今日から貴方は、私の子よ。よろしくね』
『おじさんとも優しくしてくれると嬉しいよ。ほら、この子が俺達の息子、琴平だ。仲良くしてやってくれ』

 そう言われ、父さんに腕を引かれ紅音の前に。その時の俺は、まだ髪を伸ばしていないし、片目も

『初めまして。僕はことひ。よろしく』
『…………』

 緊張しているのか、紅音は俺が差し出した手を取る事はせず、ジィっと見ているだけだった。
 赤いはずの瞳は、黒く濁り、体にはなぜか包帯が巻かれている。その事に不思議に思ったが聞く事はせず、横に垂らしている右手を無理やり掴み、握手をしたんだ。
 拒む事はせず、その手をじっと見ているだけの紅音を俺は、守ってあげないとと思ったんだよ。

 それから、俺達は一緒に行動する事が増えた。
 子供の頃なんて性別など関係ない。一緒にご飯、お風呂、就寝が当たり前になっていた。
 それでも、紅音は俺の事を呼んでくれず、声すら聞く事が出来ない。その行動に、少し不安になっていたから、紅音に聞いてみた。

『あかねは、僕のこときらい?』
『…………』

 その質問に、紅音は小さく首を横に振った。それでも、俺は信じられず、何度も同じ事を聞いては、紅音の反応を見て不貞腐れていた。
 なんで俺が不貞腐れたのか分からなかったんだろうな。紅音は首を傾げ、顔を伺ってくる。その行動が、少し嬉しく思った記憶があるな。

 そんな日々を過ごしていた。普通の家族だったんだ。普通の幸せ家族──だったはずなんだ。

 俺が十、紅音が八の時。厄介な奴が家へと戻ってきた。それは、俺の兄だ。

『ん~? あれ、なんか見知らぬ女性が増えてるねぇ。なぁに、お袋と親父、頑張っちゃった系?』
琴葉ことは……。おかえりなさい。どこへ行っていたの?』
『お袋には関係ないだろ。ちょっと近くを寄っただけだから。すぐに出て行くよ』

 兄貴の名前は月花琴葉。自由奔放で、酒と女が大好きな、最低男だ。
 そんな奴が帰ってきて、すぐに出ていこうとしたんだが、紅音を再度見た時、口元に気持ち悪い笑みを浮かべたんだ。そして、何を思ったのか近づき始める。

 俺は必死になって守ろうとしたんだが、兄貴の力には勝てず、簡単に横へと倒されてしまった。

『お嬢ちゃん、綺麗な顔立ちをしているね。僕のお嫁さんにならないかい?』
『…………』
『つれないねぇ』

 紅音はいつものように無言を貫き、首を横に振る。その事に対し、兄貴は追求せず、その場から立ち去った。その際、手にはしっかりと現金が握られていて、今回戻ってきたのは、お金目的なんだとわかったんだ。

 そんな兄貴がいる事に、すごい嫌悪感が襲ってきた俺は、倒された体勢から動けず、兄貴の去っていった方向を、ただただ見ているしか出来なかった。
 そんな時、紅音が初めて俺に向かってきて頭を撫でてくれたんだよ。何が起きたのかわからず、見ているしか出来なかった。

『あかっ──』
『琴平、あの人。すっごく、悪い人じゃない』

 その時初めて、紅音の声を聞く事が出来た。
 高音の女性らしい声。優しく、柔らかい声。耳に自然と入ってくる、温かみのある声。
 初めて紅音が話しかけてきてくれた事に喜び、思わず抱きしめてしまった。
 両親も紅音が話した事に驚き、それと同時に母は目に涙を浮かべ、父は俺達二人の頭を、大きく頼もしい手で撫でてくれた。

 兄貴が来た事は予想外だったが、その時は現金だけを取っていたため、気にしない事したんだよ。紅音も『すっごく、悪い人、では無い』と言い続けていたしな。

 それからまた平和な日々を過ごした。
 家族全員でご飯を食べ、野菜を作り、沢山話した。
 紅音も、兄貴が来た日を境に話すようになってな。最初はたどたどしかったが、慣れていくと普通に話せるようになったんだ。

 でも、どうしてだろうな。なんで、平和な日々は長くは続かないんだろう。本当にあの日は、そう思ったよ。
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