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安倍晴明

容態

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 鼠姿に戻った闇命君を肩に乗せ、井戸へと向かう。
 もう一般的な起床時間になったのか、村の人達がさっきより増えてる。野菜を持っていたり、洗濯物を抱えて話したりと。子供達は、楽しく追いかけっこをしているな、ぶつからないように気をつけよう。

 そのまま井戸へ向かうと、琴平と紅音の後ろ姿を確認する事が出来た。

「来たか」
「遅いぞ、優夏」
「ごめんね」

 二人と合流成功。なんとなく、安心だ。めっちゃ安心。もう、何が来ても怖くない。琴平と紅音がいるなら俺はなんでも出来る。

「怪我は大丈夫?」
「問題ない」
「見ていたが普通に歩けている。固定はしているが、今は問題ないように見えた」
「琴平が言うなら大丈夫なのか」

 それでも琴平は心配みたいだな。紅音に大丈夫か聞いているし、紅音の腕を掴み支えている。いちゃつきやがって、この野郎。

『中は確認したの?』
「はい。確認したところ、今はまだ件の姿を確認する事が出来ませんでした。おそらく、転生には数日かかると思われます」
『まぁ、死んだ次の日に転生はないだろうね。他に何か変わった事は無かった?』
「中は以前、闇命様と入った時と変わらずだったかと。件の死体はなくなっておられましたが……」
『そっか。もう少し待つ必要があるって事だね。なら、その間に漆家の方を見よう。件が生き返ったら悪行罰示神を行う』

 え、悪行罰示神? それって確か、陰陽師が負かせた妖怪を自身の式神にするってやつだったよね。

 ま、まさか……。

「闇命君、もしかして……」
『そのもしかしてだよ。僕は、件を式神にする』

 い、いやいやいやいやいやいやいやいや!!!!!
 それやばくない?! 件の式神なんて見た事ないよ?! というか、出来るの?!

『出来るか出来ないかは分からない。そもそも、今まで件を式神にしようなんて思った人はいないだろうし。式神にする時の危険性と、式神に出来た時の利用価値が比例していない。正直、僕もしたくない』
「したくないのにやるの?」
『これからの保管方法が面倒臭いのと、今の僕達なら利用方法がある。やってもいいかなって思っただけだよ』

 今の僕達なら利用方法があるの?
 件は予言。式神になったとしてもそれは変わらないだろう。予言が、今の俺達に使える利用方法という事。つまり──

「…………件の予言で、靖哉達の行動を先読みするとか?」
『たまには勘が鋭くなるね。普段からそれなら嬉しいんだけどさ』
「悪かったね……。確かに、件なら靖哉や道満の行動が分かるかもしれない。でも、闇命君が言っていた通り、式神にする前に死の予言をされたらどうするの?」
『そうならないために考えるんだよ。無策で行く訳がないでしょ』
「そうだな……」

 いちいち回りくどい言い方をさぁ……。まぁ、良いんだけどさ。慣れたから。

 あれ、後ろから誰かが走って来ている足音が聞こえた。なんだ?

「村長。一体何をあんなに慌てている」

 琴平がキョトンとしたような顔を浮かべて、俺の後ろを見ながら呟いている。

 村長?

 後ろを振り向くと──なんか怖い!!?!
 銀髪を乱れさせ、険しい顔で全速力してくる!!! 逃げたい逃げたい逃げたい!!!

「ま、待って欲しい!!」
「ひぇっ?!」

 琴平の後ろに隠れようとした俺の腕を掴みやがった!! 逃がさないようになのか結構キツめに……。い、痛いよ……。

「貴様!! その汚らわしい手で闇命様に触れるな! この無礼者!!」
「今はそれどころでは無いのです!! 魔魅様の容態が急変したのですよ。貴方、何か知りませんか?!」

 …………え。

 ☆

 村長の言葉を聞き、急いで漆家の陰陽寮へと走る。
 見た目は安倍家とさほど変わらない。大きな屋敷だ。

 今は周りを楽しむ余裕が無い。とりあえず、大きな正面玄関から中へと入り、村長が口で案内しながら魔魅ちゃんの所へと向かった。

 無駄に長い廊下を走り、他の歩行中の陰陽師や巫女にぶつかりそうになりながらも、走る足を止めずに走り続けていると「そこの右の襖になります!」と後ろから聞こえた。

 それでやっと足を止め、指された襖を見る。

「はぁ、はぁ。し、失礼します」

 全速力で走ったから息をすぐに整える事は出来ん。でも、そんなの気にする時間はない。
 早く、魔魅ちゃんの容態を確認しないと。

 襖を開けて中に入ると、そこまで大きくない部屋の中に雨燕さんと、真ん中には布団の中で横になっている魔魅ちゃんの姿。壁側には、二人の様子を見ている百目が立っていた。

「魔魅ちゃん!! な、なんでこんなに顔が赤いの? 熱?」

 うわっ、おでこがすごく熱い。どうしたんだろう。なんでいきなりこんなに高熱が……。

『呪いから解き放たれた事により、それが逆に魔魅の体を苦しめているんだろうね』
「な、なんで? 逆に体が良くなるんじゃ……」

 隣に立っている闇命君は、険しい顔を浮かべながら彼女を見下ろし、顎に手を当てながら言う。
 闇命君がここまで難しい顔をするなんて、この子の体はそんなに酷いのか? いや、酷いのはわかるけど……。ま、まずは熱をどうにかしないと。

「こ、琴平! 琴平の氷柱女房で魔魅ちゃんの熱を下げる事出来ない?」
「出来なくはないが、調整が難しい。もしかすると、冷たすぎて逆に悪化させてしまう可能性がある」
「なら、他に何か居ない?」
「…………陰陽助様。貴方の懐にある小刀をお借り出来ないですか?」

 え、なんでいきなり雨燕さんに小刀の要求? 今、関係ないよね?

「…………構わん」
「ありがとうございます」

 雨燕さんは素直に、袖の中に手を入れ小刀を取り出し琴平に手渡した。すると、小刀を一撫でしながら、琴平は魔魅へと近づいていく。

「琴平?」
「傷つける訳では無いから安心しろ」

 琴平の周りに、冷気が漂い始めた。
 彼の息が白くなり、小刀を持っている右手は水色へと変わる。

「これが、琴平の一技之長だ。属性は氷。小刀が必要だったのは、発動条件として、武器が必要だからだ」
「氷……。そうか、絶妙な調整が必要だから、あえて陰陽術は使わず、一技之長を利用したって訳か」

 琴平は、冷たくなったであろう小刀を魔魅ちゃんのおでこへと添えるように、乗せた。
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