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安倍晴明

裏切り

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「………ん、あれ。ここは?」

 次に目を覚ますと、和室にひかれている布団の上で眠っていた。
 部屋の中が暗い。そっか、夜なのか今。

 うっ、体が重たい、だるい。インフルになった感じだなぁ。関節の痛みや頭痛とかはないけど。

「闇命君? 琴平?」

 部屋には俺が一人……。え、寂しい!!! ちょ、誰か。誰かいないの?! だーれーかー!!!!!

「────廊下から声?」

 襖に耳をつけ外の会話を聞いてみる。えっと、多分、琴平と雨燕さんかな。なんの話しているんだろう。

『知っていたのか、琴平よ。闇命の体について』
『はい』
『なぜ言わなかった』
『闇命様が隠しておられていましたので』
『お前は誰の元で、このような立ち位置でいられると思っている。安倍家を今仕切っておるのは、陰陽頭である伸憲滋政しんけんしげまさ様だ。闇命ではない』

 おっと。あのじーさんの名前って伸憲滋政って言うのか。立派な名前。

『ですが、俺が従えているのは闇命様です。貴方達ではありません』
『誰が親のいない主を拾ったと思っている、生意気な』
『確かに、親がなくなってしまった俺と紅音を拾っていただけたことには感謝しております。ですので、今は安倍家の為に働かせていただいております。ただ、闇命様の意志を優先しているのみ、害は与えてなどおりません』

 親がいない? それに、紅音とって。二人は昔からずっと一緒に居たという事?

『今回闇命がやったことは知っておるな。あやつは、蘆屋道満の僚属りょうぞくを庇ったのだ。追放されてもおかしくは無い』

 ────え。

 闇命君が、庇った? 僚属の意味はよく分からないけど、靖哉で間違いないよな。あの場でいたのは、蘆屋道満と靖哉だ。そして、道満の僚属、つまり部下を庇ったって事でいいはず。それを指す人物って、靖哉しかいない。

『もし、闇命様を追放するのであれば、少なからず三人がいなくなります。我々はいつでも、どこに行こうと闇命様をお守りする所存です』

 琴平の力強い言葉と、それに伴う強い意志。そこまで琴平は、闇命君を慕っているという事か。

 二人の間に何があったのだろう。ここまで他人に慕われるのにも必ず理由があるはず。天才だからという理由だけで、ここまでの信頼関係を築く事など出来る訳が無い。それに、闇命君自身、琴平達の事は心から信頼しているし。それは伝わってくる。

『そのような事を許すと思うか?』
『許されなくとも、我々は闇命様と共に行きます。何をされても──』

 …………どうしよう、出るに出られない。今出たら駄目だよなぁ。空気が読めない人と思われる。でも、今何時か聞きたい。夜中なのかどうなのか。
 いや、今聞く事じゃないね。とりあえず布団にくるまるかぁ。眠くないけど……。

「ん? あ、闇命君、やっほ。どこにいたの?」

 足元には、鼠姿の闇命君が俺を見上げていた。こう見ると可愛いんだよなぁ。

「あれ? 闇命君どうしたの? なんで黙ったままなの? ほらほら、肩に乗っていいよ~」

 手に乗せて、そのまま肩に乗せようとしたんだけど、何故か移ってくれない。それに、何その澄んだ瞳。なんで話さないの。

「え、け、毛ずくろい?」

 いきなり手の上で毛ずくろいまで始めた。ど、どどどどうしたの。頭打った? やばいやばい。どうしたの闇命君?!?!

 と、ととととととりあえず琴平に連絡ぅぅうう!!!!

 襖を開き、まだ廊下で雨燕さんと話していた琴平に突っ込み、手の上に居る闇命君を突きつけた。

「こ、ここここ、琴平ぃぃいい!!! 闇命君が!! 闇命君の瞳がこんなに澄んでいるよぉぉおおお?! それに、け、けけけけ、毛ずくろいをぉぉぉおおおおおおお!!!!」

 取り乱しすぎて上手く伝えられん!! いや、でも! これは一大事だよ!! だって、闇命君が本物の鼠のように可愛くっ──あれ?

 …………琴平の肩に乗っている鼠はだれ?

『へぇ。君は、その鼠が僕のように見えたんだ。そんな、両手で顔を洗っているような鼠が僕のように見えるんだね。しかも、それの方が澄んだ瞳をしていると?』

 あ、れ?? なんだろう。俺が持っている鼠からではなく、琴平の肩に乗っている鼠から声が聞こえ……る?

『優夏? 何か言う事ないの?』

 鼠の背後に見える、闇命君の涼しい笑み。その笑みはものすごく黒くて──怖い。

「ご、ごめんなさぁぁぁぁぁあああああいいいいい!!!!!!!」
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