翔君とおさんぽ

桜桃-サクランボ-

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晩夏

正しい道

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 リビングに行くと、静華が美波の隣で顔を赤くし訴えている姿があった。

「ふふっ、良いじゃない。若いんだから~!!」

「違います違います!! そういう関係じゃないですから!」

 奏多が来たことに気づいていない。
 これはどうやって声をかけるのが正解なのか悩んでいると、翔が駆け出し美波の膝に手を置いた。

「あら、翔、甘えたいの?」

 翔が来たことで、静華は奏多がやっと襖付近に立っていることに気づき、数回瞬き。

「あっ…………」

 何とか誤魔化そうと頬をポリポリしていると、静華の顔は林檎のように真っ赤になり「勘違いしないでよね!!」と、大きな声でツンデレ発言。
 これは、何を言っても暴走するだけだなと思った奏多は何も言わず「はいはい」とだけ返す。

 中に入り、テーブルを挟み座る。
 顔を上げ、翔の頭を撫でている美波を見た。

「今日が翔のお迎えの日だったんですね、美波おばさん」

「そうそう! すっかりお世話になったねぇ~」

 元気に言ったのは、翔の母親で、美鈴の妹である人物、日向美波ひなたみな
 茶髪を後ろでお団子にしているのが特徴的の、元気な女性。

 翔の活発さは美波から遺伝したと、美鈴は言っていた。

「今日は、お姉ちゃんいないのかな?」

「今は畑仕事に行っていると思いますよ」

「あぁ、なるほど。連絡もしないで来ちゃったからなぁ~。少しここで待たせてもらってもいいかな?」

 奏多は、ここが自分の家ではないため、静華に判断を仰ぐ。
 すぐに、頷き、「飲み物を準備しますね」と、立ちあがった。

 すぐに冷たい麦茶をお盆に乗せ戻ってくる。
 配ると、先に手を伸ばしたのは翔だった。

 すぐに両手で持ち、喉に麦茶を流し込む。
 プハッと息を吐き、笑顔で「おいしい」と静華に言った。

「それなら良かった」

 ふふっと笑い、麦茶を一口飲み喉を潤す。
 コトンとテーブルに置くと、美波と目が合った。

「そう言えば、静華ちゃん。小説の方はどう? 順調?」

 聞かれた瞬間に、静華は気まずくなり目を伏せ俯く。
 様子が変わってしまった彼女に、美波は眉を下げ、コップから手を放した。

「もしかして、小説、うまくいっていないの?」

 聞かれても、すぐに答える事が出来ない。

 静華は、膝の上に置いている手に力を籠め、拳を握る。
 奏多は静華を横目で見て、代わりに口を開いた。

「今は、休憩中らしいです」

「あら、そうなの?」

「みたいです。詳しくはわかりませんが、執筆から一度手を放しているみたいです」

 ――――そうか。奏多には詳しく話していないんだっけ。そう言えば、お母さんにも話していない。

 静華は、負けて帰ってきた自分の弱さを認めたくなくて、知られたくなくて、誰にも都会での出来事を話してはいない。
 話したいとも思わなかったが、静華を守ろうとしてくれた奏多と、心配そうに自身を見る翔と美波を目に、口が微かに開く。

 弥狐からの、心に残っている言葉。
 静華は、何と思われても構わないと、眉を吊り上げ話しだした。

 自分が上京して、どのような経験をしてきたか。
 どのような生活をしてきたのか、執筆が出来なくなってしまった理由など。

 包み隠さず話す、そう静華は決めた。

「私、都会では――……」

 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・

 包み隠さず話している時、奏多も美波も、何も言わず聞くことに徹していた。
 途中、翔が口を開き何かを言いかけたが、それを美波が塞ぎ、最後まで話し終わる。

「……――と。これが、私が今まで経験してきた事です。辛くて、苦しくて。最後まで頑張れず、逃げ帰ってきてしまったんです……」

「ははっ…………」と、から笑いを零し、視線を下げる。

 覚悟を決め話したはいいものの、やはり三人からの反応が怖い。

 弱い自分が悪い、工夫すれば執筆だって続けられたはず。
 もっと効率よく仕事をすればいい、もっと周りにとけ込めるように努力すればいい。

 今までの自分を否定する言葉が、頭を過ぎる。
 今更考えても仕方がない、二人からそんな言葉を投げかけられても仕方がない。

 どのように言われても受け入れる。そう心に決め、二人の言葉を待った。

 数秒の沈黙、美波と奏多は顔を合わせ、眉を釣りあげた。

「それは、戻ってきて正解よ静華ちゃん!!」

「あぁ、逆に、よく五年も続けられたな。静華は我慢強いが、もっと早くに帰ってきても良かったんだぞ」

 二人から放たれた言葉は、どっちも静華を思っているような言葉だった。
 顔を上げ二人を見ると、怒っているような表情を浮かべている。

「まったく。都会には確かに華があるけど、判断を間違えるとブラック企業に入ってしまう恐れがあるのよねぇ。それで心を壊してしまう人もいる。本当に許せない!!」

「俺は都会に関しては全く知識がありませんが、静華の置かれた状況には納得が出来ません。なぜ、そんな外道な事が出来るのか。本当に同じ人間か? 今の話を一枚のイラストにして、鬱憤を晴らしてやりたいものですね」

 二人の、怒気の込められた言葉。
 自分のことじゃないのに本気で怒っている。

「静華ちゃん、貴方の判断は間違えてないわよ。帰ってきて正解! そんな所にいたって、体と心を壊すだけ。田舎は何もないけど、自然が広がっていて素敵な場所よ? これからずっとここにいましょうよ!」

 静華の手を握り、真剣な表情で訴える。
 それでも怒りは収まらないみたいで、目線を逸らし今もブツブツと呟いている。

 唖然としていると、奏多が横から近づき、静華の顔を覗き込んだ。

「静華、戻ってきてくれてありがとう。メール、送ってよかった」

 優しく微笑まれ、静華の目尻が熱くなる。

 ――――なんで、私は包み隠さず言ったんだよ? 奏多への嫉妬心も伝えた。なのに、なんでそんな、本気で嬉しそうに笑いながら言っているの?
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