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晩夏
第一歩
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片づけていた奏多だったが、背中に突き刺さる視線に手を止める。
振り返ると、手に小説を持っている静華と目が合った。
「どうした?」
「いや、なんで、ここに私が書いた小説があるのかなって。私、印刷していないんだけど」
静華は、パソコンで小説を書いていた。
だから、紙で保管されているなどありえない。
しかも、しっかりと本の形になり、表紙まである。
ここまで静華はやっていない。
「お前、ネットのサイトに公開していただろ。それを印刷して、保管していたんだ」
「な、なんで!?」
「面白いからだ。それと――――おっ、やっと見つけた」
机の上に置かれていたパソコンのモニターは、いつの間にか電源が付いており、狐が一匹、映し出されていた。
「これって…………」
「お前の小説の挿絵を描いてみたんだ。これは誰にも公開していないから安心してくれ」
一匹の狐が体を縮め、眠っているような絵。
――――この小説は狐が一匹、田舎を散歩するという話。途中、雨を防ぐため洞窟で寝る描写があったな。
立ちあがり、モニターに近づき顔を寄せる。
可愛い狐の眠りの顔、ほっこりと心が温かくなる。
それだけでなく、胸に広がる何かを感じ、目を細めた。
「――――素敵」
「ありがとう。だが、これは完成じゃないんだ」
「え、これで完成じゃないの?」
これだけでも完璧に近く、後はどこを直すのか見当もつかない。
静華が奏多を見ていると、マウスを動かし始め、絵を描くアプリを起動。
次に、近くに置かれていたタッチペンに手を伸ばし、狐の目をさした。
「ここなんだよ」
「え、目は閉じていていいんだよ?」
「いや、ここは完全に閉じていない、だろ?」
奏多から横目で視線を送られ、静華は小説をパラパラとめくる。
すると、途中、狐が寝ているページを見つけた。
描写を読んでいると、奏多の言っている意味がやっと分かった。
「――――”狐は雨音を聞きながら、その場にくるまり雨の滴る景色を楽しんだ”。ここかな」
「そう。それって、寝ている描写ではなく、休んでいる描写だろ? 景色を楽しむという事は、目を開けているはず。だから、目の色とかを確認してから完成させようと思ったんだ。描写を探しても、目の色は書かれていなかったからな」
こんな一文で、ここまで汲み取って考えて描いてくれたんだと、感心してしまった。
だが、同時に申し訳ないという気持ちが沸き上がり、本をぎゅっと抱きしめる。
「…………ごめん。当初の私が書きたかった事は、今の私にはわからない」
小説をパタンと閉じ、顔を俯かせ呟く。
素直に答えると、奏多は何か考えるように顎に手を当て、窓の外を見た。
窓の外は青空が広がり、緑が風に揺れ踊っている。
雲が気持ちよさそうに流れ、鳥が自由に羽ばたいていた。
奏多の瞳には、自然が映り込み、同時に口角が上がった。
「それなら――……」
「え?」
目を輝かせながら静華を見た奏多は、満面な笑みで、今まで言わなかった言葉を発した。
「また、書けばいいだろう。今のお前が、小説を」
「……………………へ?」
・
・
・
・
・
・
・
今、静華は奏多と共に実家に戻り、奏多が持っていたノートパソコンを開き執筆画面の前に座らされていた。
「あ、あの、奏多さん? これは…………」
「今のお前は、一人だと書かないからな。俺が見張っていてやるよ」
「そんな、無理やり…………」
後ろから逃げられないようにされ、冷や汗を流しながら膝に手を置く。
その手を、奏多は優しく掴み、強制的にキーボードに乗せた。
「ちょっ――……」
キーボードに乗せられた手。
仕事の時も、この感覚は味わっていた。
とても不快で、触りたくない。そう思っていた時もある。
もう見たくない、触りたくない。
でも、今は違った。
今、静華の頭にあるのは、仕事の時の自分ではなく、夢を追いかけていた自分の背中。
寝る時間すら取る事が出来ない程の苦痛の日々ではなく、寝る暇を惜しんでまで書き続けていた自分の姿。
――――書きたい、物語を作りたい。でも、今の私には…………。
唇を噛み葛藤していると、奏多が口を開く。
「静華、好きなら書け。まずは、そこからじゃないのか?」
顔を覗き込まれ、黒い瞳が迷っている静華の表情を映し込む。
吸い込まれそうな瞳に見惚れ、何も言えない。
静寂が続く中、廊下の方からトタトタと、足音が聞こえ始めた。
その足音は二人分。
バンッと襖が開くと、翔ともう一人。見覚えのある女性が立っていた。
「こんにちっ――……」
腰まで長い茶髪を後ろで団子で結び、七分丈のズボンにTシャツ。
動きやすい服装を身にまとっている女性は、二人の体勢を見て口に手を当て言葉を止めた。
今、静華と奏多は、男女の距離にしては近い。
静華の手を奏多が握り、後ろから抱き着いているように見えてしまう体勢。
頬を染めた女性の反応を見て、静華の顔色は一気に悪くなる。
奏多は目を丸くして「あっ」と、呆けた声を零した。
「じゃ、邪魔したわねぇぇえええ!!」
「邪魔じゃないです!! 勘違いしないでください美波おばさん!!!」
奏多を振り払い、静華は廊下の奥へと走り出してしまった美波と呼んだ女性を追いかける。
残された奏多は呆然とし、頭をガシガシと掻いた。
「別に、勘違いしてくれてもいいんだけどな……」
そんな心の声を漏らすと、下から視線。
向くと、翔が見上げてきており、驚きのあまり肩が飛び跳ねた。
「どっ!? う、したんだ、翔」
何とか平常を意識し、その場にしゃがむ。
ジィ~と見つめられ、冷や汗が流れ出る。
「えーと…………ん?」
見ると、翔の手には一冊の本が握られていた。
「それは…………」
「きつね!! ヤコだよ!」
バッと、翔は奏多に小説を見せつけた。
受け取り、表紙を見る。
狐が白い背景の中、振り返り立ち尽くしている姿の表紙。
これは、静華が一番好きだった小説であることを思い出し、微笑む。
「…………なぁ、翔。翔は、狐が好きか?」
「うん! ヤコ、好き!」
両手をバッと広げ、満面な笑みを浮かべた。
だが、茶色の瞳はまだ悲し気に揺れており、「また、遊びたい」と零す。
頭を撫でてあげ、翔の手を掴み廊下へと出る。
もう、静華達の姿はない。
「やれやれ、翔を迎えに来たんじゃないのかよ、美波おばさん」
振り返ると、手に小説を持っている静華と目が合った。
「どうした?」
「いや、なんで、ここに私が書いた小説があるのかなって。私、印刷していないんだけど」
静華は、パソコンで小説を書いていた。
だから、紙で保管されているなどありえない。
しかも、しっかりと本の形になり、表紙まである。
ここまで静華はやっていない。
「お前、ネットのサイトに公開していただろ。それを印刷して、保管していたんだ」
「な、なんで!?」
「面白いからだ。それと――――おっ、やっと見つけた」
机の上に置かれていたパソコンのモニターは、いつの間にか電源が付いており、狐が一匹、映し出されていた。
「これって…………」
「お前の小説の挿絵を描いてみたんだ。これは誰にも公開していないから安心してくれ」
一匹の狐が体を縮め、眠っているような絵。
――――この小説は狐が一匹、田舎を散歩するという話。途中、雨を防ぐため洞窟で寝る描写があったな。
立ちあがり、モニターに近づき顔を寄せる。
可愛い狐の眠りの顔、ほっこりと心が温かくなる。
それだけでなく、胸に広がる何かを感じ、目を細めた。
「――――素敵」
「ありがとう。だが、これは完成じゃないんだ」
「え、これで完成じゃないの?」
これだけでも完璧に近く、後はどこを直すのか見当もつかない。
静華が奏多を見ていると、マウスを動かし始め、絵を描くアプリを起動。
次に、近くに置かれていたタッチペンに手を伸ばし、狐の目をさした。
「ここなんだよ」
「え、目は閉じていていいんだよ?」
「いや、ここは完全に閉じていない、だろ?」
奏多から横目で視線を送られ、静華は小説をパラパラとめくる。
すると、途中、狐が寝ているページを見つけた。
描写を読んでいると、奏多の言っている意味がやっと分かった。
「――――”狐は雨音を聞きながら、その場にくるまり雨の滴る景色を楽しんだ”。ここかな」
「そう。それって、寝ている描写ではなく、休んでいる描写だろ? 景色を楽しむという事は、目を開けているはず。だから、目の色とかを確認してから完成させようと思ったんだ。描写を探しても、目の色は書かれていなかったからな」
こんな一文で、ここまで汲み取って考えて描いてくれたんだと、感心してしまった。
だが、同時に申し訳ないという気持ちが沸き上がり、本をぎゅっと抱きしめる。
「…………ごめん。当初の私が書きたかった事は、今の私にはわからない」
小説をパタンと閉じ、顔を俯かせ呟く。
素直に答えると、奏多は何か考えるように顎に手を当て、窓の外を見た。
窓の外は青空が広がり、緑が風に揺れ踊っている。
雲が気持ちよさそうに流れ、鳥が自由に羽ばたいていた。
奏多の瞳には、自然が映り込み、同時に口角が上がった。
「それなら――……」
「え?」
目を輝かせながら静華を見た奏多は、満面な笑みで、今まで言わなかった言葉を発した。
「また、書けばいいだろう。今のお前が、小説を」
「……………………へ?」
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今、静華は奏多と共に実家に戻り、奏多が持っていたノートパソコンを開き執筆画面の前に座らされていた。
「あ、あの、奏多さん? これは…………」
「今のお前は、一人だと書かないからな。俺が見張っていてやるよ」
「そんな、無理やり…………」
後ろから逃げられないようにされ、冷や汗を流しながら膝に手を置く。
その手を、奏多は優しく掴み、強制的にキーボードに乗せた。
「ちょっ――……」
キーボードに乗せられた手。
仕事の時も、この感覚は味わっていた。
とても不快で、触りたくない。そう思っていた時もある。
もう見たくない、触りたくない。
でも、今は違った。
今、静華の頭にあるのは、仕事の時の自分ではなく、夢を追いかけていた自分の背中。
寝る時間すら取る事が出来ない程の苦痛の日々ではなく、寝る暇を惜しんでまで書き続けていた自分の姿。
――――書きたい、物語を作りたい。でも、今の私には…………。
唇を噛み葛藤していると、奏多が口を開く。
「静華、好きなら書け。まずは、そこからじゃないのか?」
顔を覗き込まれ、黒い瞳が迷っている静華の表情を映し込む。
吸い込まれそうな瞳に見惚れ、何も言えない。
静寂が続く中、廊下の方からトタトタと、足音が聞こえ始めた。
その足音は二人分。
バンッと襖が開くと、翔ともう一人。見覚えのある女性が立っていた。
「こんにちっ――……」
腰まで長い茶髪を後ろで団子で結び、七分丈のズボンにTシャツ。
動きやすい服装を身にまとっている女性は、二人の体勢を見て口に手を当て言葉を止めた。
今、静華と奏多は、男女の距離にしては近い。
静華の手を奏多が握り、後ろから抱き着いているように見えてしまう体勢。
頬を染めた女性の反応を見て、静華の顔色は一気に悪くなる。
奏多は目を丸くして「あっ」と、呆けた声を零した。
「じゃ、邪魔したわねぇぇえええ!!」
「邪魔じゃないです!! 勘違いしないでください美波おばさん!!!」
奏多を振り払い、静華は廊下の奥へと走り出してしまった美波と呼んだ女性を追いかける。
残された奏多は呆然とし、頭をガシガシと掻いた。
「別に、勘違いしてくれてもいいんだけどな……」
そんな心の声を漏らすと、下から視線。
向くと、翔が見上げてきており、驚きのあまり肩が飛び跳ねた。
「どっ!? う、したんだ、翔」
何とか平常を意識し、その場にしゃがむ。
ジィ~と見つめられ、冷や汗が流れ出る。
「えーと…………ん?」
見ると、翔の手には一冊の本が握られていた。
「それは…………」
「きつね!! ヤコだよ!」
バッと、翔は奏多に小説を見せつけた。
受け取り、表紙を見る。
狐が白い背景の中、振り返り立ち尽くしている姿の表紙。
これは、静華が一番好きだった小説であることを思い出し、微笑む。
「…………なぁ、翔。翔は、狐が好きか?」
「うん! ヤコ、好き!」
両手をバッと広げ、満面な笑みを浮かべた。
だが、茶色の瞳はまだ悲し気に揺れており、「また、遊びたい」と零す。
頭を撫でてあげ、翔の手を掴み廊下へと出る。
もう、静華達の姿はない。
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