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晩夏

イラスト

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 次の日、静華は太陽の光で目を覚ました。

 隣には、泣いて目を腫らしている翔の姿。
 今も戯言ように弥狐の名前を口にしている。

 頭を撫でてあげ、静華は起こさないように自身にかけられていた布団から抜け、洗面台へと向かった。

 鏡を覗き込むと、目元が赤く腫れており、泣いたことがまるわかり。
「うわぁ」と苦笑いが自然と零れてしまう。

 何とか隠したいが、思いっきり泣いてしまったため、隠すのは難しい。
 今日は家の中で待機していようと、心に決めた。

 そんな時、玄関の方から奏多の声が聞こえた。

 声につられ向かうと、美鈴と共に買い物袋を持って中に入る二人の姿。
 目が合い、笑みを向けられた。

「あら、起きたのね」

「うん、おはよう」

「おはよう。翔君はまだ寝ているかしら」

「うん、まだ寝てたよ」

 美鈴から買い物袋を受け取り、中を確認。
 しっかりとグリーンピースが入っており、自然と眉を顰める。

 奏多が靴を脱いでいる時、買い物袋の中に一冊の本が入っていることに気づいた。

「奏多、本買ったの?」

「ん? あ、あぁ。もっとイラストの質を上げたくてな」

「質?」

「そうだ。あとは、今描いているのはアニメ塗りだけだから、他の塗り方もしてみたいと思ってな。損は絶対にしないし。相手の望む絵柄で渡すために、もっと勉強をしようと思ったんだ」

 言いながら、袋から出したのは様々な塗り方のコツが書かれている本。

「へぇ、凄いねぇ。私じゃまったくわからないや」

 中をペラペラと見てみるが、静華では全く分からない。

「まぁ、これは専門的な知識を持っている人を狙って書いている資料本だからな。上級者向けだ」

「へぇ…………」

 ――――すごいなぁ、ここまで突き詰めて自分の可能性を広げてさ……。

 凄いと思う反面、やっぱり悔しい気持ちは静華の中にある。
 自分も、頑張れば小説家としての道を今も頑張って目指していたのだろうかと、考えても意味は無いが、頭をよぎる。

 胸が痛くなり、顔を俯かせた。
 だが、同時に、それだけ小説は、静華の中では大きな存在となっているということも理解する。

「――――なぁ、静華」

「ん?」

「今から、俺の家に来ないか?」

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 奏多の家に辿り着くと、静華はその場に立ち止まり唖然。

 田舎道を真っすぐ進み、途中の曲がり角で左折。
 森に挟まれた道を進むと、自然に囲まれた場所に無理やり作られたであろうボロイ小屋を発見した。

「え、確か、奏多の家、こんな所じゃない、よね?」

「まぁ、そうだな。ここは俺の仕事場だ。最近ではここで過ごしているから、家と言ってもいいんだけど」

「えっ」

「だが、実家はしっかりとある、安心しろ」

「そ、そうなんだ……」

 平然と言っている奏多だが、こんな所で生活をしているなんてと、どうしても驚きを隠しきれない。

「あ、雨、風、凌げるの?」

「さすがにそこまでボロくないぞ。見た目よりはしっかりとしているし、時々雨漏りする程度だ。それも決まった場所だし、バケツとかを置いておけば問題はない」

 言いながら立て付けが悪そうなドアを横にスライドさせ、中に入るように促す。

 見た目がイケメンで、女性など選り取りみどりにも関わらず今も独身を貫いている原因は、このずぼらな性格がありそうだなと、静華は内心思ってしまった。

「入らないのか?」

「…………入ります」

 ――――こんな所に女性一人を連れ込もうとしている神経も、彼女が出来ない原因だろうなぁ。

 静華は言われた通り玄関を潜ると、中も驚きの光景が広がり、今回は興奮してしまった。

「わぁ! すごい!!」

 机は窓側に置かれており、パソコンとイラストを描くためのタブレットが乗せられている。
 下には、インターネットを繋げる機械。

 他にも、本が床に積まれているが、一応人が通れる場所は確保されている。
 机の後ろに置いているベッドも、整頓されていた。

「汚いような、綺麗なような」

「今日は、締め切り前より遥かに綺麗だぞ。締め切り前は、足の踏み場すらないからな」

「…………本当に、頑張っているんだね」

「まぁな。イラストの依頼がなくなると、食っていけねぇし」

 ――――イラストで生計を立てているくらい稼いでいるんだっけ。

 そう思うと、尊敬の気持ちが現れ、自然と笑みがこぼれる。
 物珍しそうに周りを見回していると、一つの小説が目に入り、詰まれている本の隣に座った。

「この本…………」

 拾い上げると、タイトルが『きつねさんのおさんぽ』と書かれていた。

 中を開くと、見覚えのある書き方、構想、雰囲気。
 最初しか開いていないが、結末までもう覚えている、わかる。

「これ、私が書いた小説じゃない?」

「ん? あぁ、そうだぞ」

 なんともないように返事をした奏多に、静華は固まる。

 なぜ、こんな所に本であるのだろう。
 なぜ、奏多が持っているのだろう。

 もう、訳が分からないことが多すぎて、ただただ片づけている奏多を見るしか出来なかった。
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