上 下
43 / 48
盛夏

しおりを挟む
 家に帰ると、美鈴が玄関で三人の帰りを待っていた。
 静華達を見つけると、すぐに駆けだした。

「静華!! どうしたの? け、怪我?」

 静華が奏多に背負われていることに疑問を抱き問いかけるが、誰も答えない。
 皆、目線を下げ、赤く腫れてしまった目を伏せる。

 何が起きたのか理解出来ず困惑していると、三人の後ろから九尾が姿を現した。

『主が、静華の少女の母親か?』

「あ、なたは?」

『ワシは、あやかしの長である、九尾じゃよ。よろしくたのむぞ』

 酒瓶を片手にへらへらと挨拶をする九尾に、美鈴は何も言えない。
 どう声をかければいいのかわからないでいると、奏多がやっと口を開いた。

「今、ここで話すより、家の中でゆっくり話しませんか?」

 ※

 静華は翔と共に布団に入り、泣き疲れたのかすぐに寝た。
 奏多は自身の家に帰ると言ったが、美鈴が心配だからと引き止め、リビングで九尾の隣に座る。

『突然来てしまって申し訳ないのぉ~。しかも、こんな夜更けに』

「いえ、来てくださりありがとうございます。お話しする事が出来て、光栄です」

 テーブルを囲い、美鈴が深々と頭を下げる。
 今は九尾の存在をしっかりと理解し、会話を交わしていた。

 そんな堅苦しい事は言わなくても良いと、九尾は空気を変えるため酒瓶をテーブルに置き、ケラケラと笑った。

『それにしても、こんな温かい家庭に弥狐はお世話になっておったか。羨ましいのぉ~』

 周りを見回したり、酒を飲んだりと。
 沈んでいる空気には似合わない声色で、楽しんでいる。

 隣に座っている奏多は、まだ気分が上がらず、顔を俯かせていた。

「九尾さんは、今回の件はどう思っていらっしゃいますか?」

『――――今回の件、とは?』

 ニヤニヤと、九尾はわかっているくせに聞き返していた。
 美鈴は「あー、こういう感じの人か」と爽やかな笑みを浮かべ、すぐに対応した。

「弥狐君は、貴方が拾ったのでしょう? 言うなれば大事な子供。子供を失い、悲しくはないのでしょうか」

『おー、そこまでズバズバ言うか。すぐに対応してきのぉ~』

「人に合わせる事は得意ですので」

 フフッと笑い、大人の余裕を見せる。
 九尾は面白いというように酒を飲み、「プハッ」とテーブルに置いた。

『確かに、悲しい気持ちはあるぞ。弥狐は世話焼きだったからのぉ~。よく、ワシの世話をしてくれておったんじゃ』

 目線を落し、儚げな笑みを浮かべる。
 今までは気丈に振舞っていただけなのかと思った矢先、すぐに表情を引き締め、顔を上げた。

『じゃが、こうなる事はわかっておった。必ず、奴はワシから離れて行く、独り立ちをすると。その時が来ただけじゃよ』

 今の言葉が本心か、それとも気丈に振舞っている言葉なのか、美鈴ではわからない。
 なんと声をかければいいか考えていると、ずっと黙っていた奏多が口を開いた。

「あの、独り立ちという言い方には、語弊があるのでは…………?」

『いや、ないぞ。今回、弥狐は死んだわけではないからな』

「――――え。ど、どういうことですか?」

 目を丸くし、隣に座る九尾を凝視。
 その顔が面白かったのか、口を押え笑った。

『ククッ。まぁ、そう思っても仕方の無い事じゃ』

 唖然としている奏多は、流れるように頭を撫でられる。
 直ぐハッとなり、手をどかした。

「どういう意味か、教えていただけませんか?」

『……どけられた』

「質問に答えてください」

『むぅ、こっちはこっちで、素直じゃないのぉ~』

 唇を尖らせつつも、表情をコロコロと変え、今度はケラケラと笑う。
 冷たく見ていると、九尾は目を合わせることなく天井を見上げた。

『今、弥狐は旅に出ているんじゃよ。様々な場所を巡っておるのじゃ、一人でな。ワシは、またここに戻ってきた時、拾ってやろうと思っておるよ』

 幻想、夢、創造。

 どんな捕らえ方でも出来る言葉に、奏多は眉を顰めた。
 だが、美鈴は九尾と同じく天井を見上げたかと思うと、微笑みを浮かべクスクスと笑った。

「そうね。弥狐君はしっかり者だもの、今もどこかで誰かと遊び、誰かのために動いているのでしょう」

『そうじゃなぁ~。今回の件で、呪いはもう消えた。人間に触れても問題はない体になっておるはずじゃ。好きな者を助けて解放されたんじゃ、喜ばしい事じゃろう』

 二人がそんな話をしているが、奏多はまだわからず首を傾げている。
 また、九尾が頭を撫でようとしてきたため、すぐに手を掴み、返した。

「子ども扱いしないでください」

『しているつもりはないのじゃがのぉ~』

 口元を引きつらせ、九尾は酒を飲む。
 だが、酒瓶の中は空になっており、肩を落としてしまった。

『まぁ、そのうち分かる時が来るじゃろう。今は、いっぱい悲しみ、泣くが良い。それもまた、弥狐がぬしらを大事にしていたという証拠じゃ』

 目を伏せ、諭すように言った九尾の言葉に、奏多は目を開き固まった。
 膝の上に置いていた手に力が込められ、拳が作られる。

「――――大事な、友達だ。俺の大事な奴を前に進ませた、大事な、奴なんだ」

 俯きながら出た言葉に、九尾は満足したように口角を上げた。

『そう思ってくれておるのなら、それだけで幸せじゃよ。ワシも、弥狐もな』

 また頭を撫でるが、今回だけは、奏多も突っ返す事はなく九尾の手を受け入れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

皇太子殿下の秘密がバレた!隠し子発覚で離婚の危機〜夫人は妊娠中なのに不倫相手と二重生活していました

window
恋愛
皇太子マイロ・ルスワル・フェルサンヌ殿下と皇后ルナ・ホセファン・メンテイル夫人は仲が睦まじく日々幸福な結婚生活を送っていました。 お互いに深く愛し合っていて喧嘩もしたことがないくらいで国民からも評判のいい夫婦です。 先日、ルナ夫人は妊娠したことが分かりマイロ殿下と舞い上がるような気分で大変に喜びました。 しかしある日ルナ夫人はマイロ殿下のとんでもない秘密を知ってしまった。 それをマイロ殿下に問いただす覚悟を決める。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

旦那様に離婚を突きつけられて身を引きましたが妊娠していました。

ゆらゆらぎ
恋愛
ある日、平民出身である侯爵夫人カトリーナは辺境へ行って二ヶ月間会っていない夫、ランドロフから執事を通して離縁届を突きつけられる。元の身分の差を考え気持ちを残しながらも大人しく身を引いたカトリーナ。 実家に戻り、兄の隣国行きについていくことになったが隣国アスファルタ王国に向かう旅の途中、急激に体調を崩したカトリーナは医師の診察を受けることに。

侯爵令嬢として婚約破棄を言い渡されたけど、実は私、他国の第2皇女ですよ!

みこと
恋愛
「オリヴィア!貴様はエマ・オルソン子爵令嬢に悪質な虐めをしていたな。そのような者は俺様の妃として相応しくない。よって貴様との婚約の破棄をここに宣言する!!」 王立貴族学園の創立記念パーティーの最中、壇上から声高らかに宣言したのは、エリアス・セデール。ここ、セデール王国の王太子殿下。 王太子の婚約者である私はカールソン侯爵家の長女である。今のところ はあ、これからどうなることやら。 ゆるゆる設定ですどうかご容赦くださいm(_ _)m

処理中です...