翔君とおさんぽ

桜桃-サクランボ-

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盛夏

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 家に帰ると、美鈴が玄関で三人の帰りを待っていた。
 静華達を見つけると、すぐに駆けだした。

「静華!! どうしたの? け、怪我?」

 静華が奏多に背負われていることに疑問を抱き問いかけるが、誰も答えない。
 皆、目線を下げ、赤く腫れてしまった目を伏せる。

 何が起きたのか理解出来ず困惑していると、三人の後ろから九尾が姿を現した。

『主が、静華の少女の母親か?』

「あ、なたは?」

『ワシは、あやかしの長である、九尾じゃよ。よろしくたのむぞ』

 酒瓶を片手にへらへらと挨拶をする九尾に、美鈴は何も言えない。
 どう声をかければいいのかわからないでいると、奏多がやっと口を開いた。

「今、ここで話すより、家の中でゆっくり話しませんか?」

 ※

 静華は翔と共に布団に入り、泣き疲れたのかすぐに寝た。
 奏多は自身の家に帰ると言ったが、美鈴が心配だからと引き止め、リビングで九尾の隣に座る。

『突然来てしまって申し訳ないのぉ~。しかも、こんな夜更けに』

「いえ、来てくださりありがとうございます。お話しする事が出来て、光栄です」

 テーブルを囲い、美鈴が深々と頭を下げる。
 今は九尾の存在をしっかりと理解し、会話を交わしていた。

 そんな堅苦しい事は言わなくても良いと、九尾は空気を変えるため酒瓶をテーブルに置き、ケラケラと笑った。

『それにしても、こんな温かい家庭に弥狐はお世話になっておったか。羨ましいのぉ~』

 周りを見回したり、酒を飲んだりと。
 沈んでいる空気には似合わない声色で、楽しんでいる。

 隣に座っている奏多は、まだ気分が上がらず、顔を俯かせていた。

「九尾さんは、今回の件はどう思っていらっしゃいますか?」

『――――今回の件、とは?』

 ニヤニヤと、九尾はわかっているくせに聞き返していた。
 美鈴は「あー、こういう感じの人か」と爽やかな笑みを浮かべ、すぐに対応した。

「弥狐君は、貴方が拾ったのでしょう? 言うなれば大事な子供。子供を失い、悲しくはないのでしょうか」

『おー、そこまでズバズバ言うか。すぐに対応してきのぉ~』

「人に合わせる事は得意ですので」

 フフッと笑い、大人の余裕を見せる。
 九尾は面白いというように酒を飲み、「プハッ」とテーブルに置いた。

『確かに、悲しい気持ちはあるぞ。弥狐は世話焼きだったからのぉ~。よく、ワシの世話をしてくれておったんじゃ』

 目線を落し、儚げな笑みを浮かべる。
 今までは気丈に振舞っていただけなのかと思った矢先、すぐに表情を引き締め、顔を上げた。

『じゃが、こうなる事はわかっておった。必ず、奴はワシから離れて行く、独り立ちをすると。その時が来ただけじゃよ』

 今の言葉が本心か、それとも気丈に振舞っている言葉なのか、美鈴ではわからない。
 なんと声をかければいいか考えていると、ずっと黙っていた奏多が口を開いた。

「あの、独り立ちという言い方には、語弊があるのでは…………?」

『いや、ないぞ。今回、弥狐は死んだわけではないからな』

「――――え。ど、どういうことですか?」

 目を丸くし、隣に座る九尾を凝視。
 その顔が面白かったのか、口を押え笑った。

『ククッ。まぁ、そう思っても仕方の無い事じゃ』

 唖然としている奏多は、流れるように頭を撫でられる。
 直ぐハッとなり、手をどかした。

「どういう意味か、教えていただけませんか?」

『……どけられた』

「質問に答えてください」

『むぅ、こっちはこっちで、素直じゃないのぉ~』

 唇を尖らせつつも、表情をコロコロと変え、今度はケラケラと笑う。
 冷たく見ていると、九尾は目を合わせることなく天井を見上げた。

『今、弥狐は旅に出ているんじゃよ。様々な場所を巡っておるのじゃ、一人でな。ワシは、またここに戻ってきた時、拾ってやろうと思っておるよ』

 幻想、夢、創造。

 どんな捕らえ方でも出来る言葉に、奏多は眉を顰めた。
 だが、美鈴は九尾と同じく天井を見上げたかと思うと、微笑みを浮かべクスクスと笑った。

「そうね。弥狐君はしっかり者だもの、今もどこかで誰かと遊び、誰かのために動いているのでしょう」

『そうじゃなぁ~。今回の件で、呪いはもう消えた。人間に触れても問題はない体になっておるはずじゃ。好きな者を助けて解放されたんじゃ、喜ばしい事じゃろう』

 二人がそんな話をしているが、奏多はまだわからず首を傾げている。
 また、九尾が頭を撫でようとしてきたため、すぐに手を掴み、返した。

「子ども扱いしないでください」

『しているつもりはないのじゃがのぉ~』

 口元を引きつらせ、九尾は酒を飲む。
 だが、酒瓶の中は空になっており、肩を落としてしまった。

『まぁ、そのうち分かる時が来るじゃろう。今は、いっぱい悲しみ、泣くが良い。それもまた、弥狐がぬしらを大事にしていたという証拠じゃ』

 目を伏せ、諭すように言った九尾の言葉に、奏多は目を開き固まった。
 膝の上に置いていた手に力が込められ、拳が作られる。

「――――大事な、友達だ。俺の大事な奴を前に進ませた、大事な、奴なんだ」

 俯きながら出た言葉に、九尾は満足したように口角を上げた。

『そう思ってくれておるのなら、それだけで幸せじゃよ。ワシも、弥狐もな』

 また頭を撫でるが、今回だけは、奏多も突っ返す事はなく九尾の手を受け入れた。
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