42 / 48
盛夏
涙
しおりを挟む
『翔!!!』
――――ガシッ!!
伸ばした手は、翔と同じ小さな手に掴まれた。
「っ?! ヤコ!!」
『翔、我の手を掴め! 直ぐ離れるぞ!』
言われた通り掴む。
その時、弥狐の背後に天狗が立っていることに気づき、翔は目を大きく開いた。
「後ろ!!」
翔の言葉に悔しげに振り返る。
今は何も出来ない。何かすれば、翔は奈落の底。
それだけでなく、時間もない。
翔は、自身を掴んでいる弥狐の手を見た。
「光り…………、ヤコ!!」
翔は思い出した。
弥狐が人間に触れてはいけないことを。
弥狐の手が光っている。
翔の手を掴んでいる手が薄くなる。
時間もなければ、どうする事も出来ない。
だが、せめて、翔だけは守りたい。
強く願うが意味は無いと言うように、天狗は葉を持っている手を振り上げた。
もう駄目か――そう思うと、どこからか石が飛んできて、天狗の頭に当たる。
だが、全く気にしていない。
虫に刺された感覚なのか、左手で掻いて顔を横に向けた。
そこには、石を抱えている静華と、右手に石を持っている奏多の姿。
先程投げたのは奏多で、石は静華が痛む足など気にせず集めた物。
「弥狐! 早く翔を引き上げてくれ!」
言いながら手に持っていた石を投げる。
天狗からすれば、当たっても特に気にするほどでは無い。
気にしなくてもいいが、やられる一方では癪に障る。
簡単に殺せる方から殺してしまおう。
そう思い、天狗は弥狐に向けていた葉を、静華達に向けた。
――――こっちに意識が向いた。
意識が自分に向けば、それでいい。
そうすれば、翔を弥狐が助けてくれる。
それは、奏多も同じ。
絶対に引かない、そう思わせる強い瞳は天狗に注がれ続ける。
『逃げろ!!』
弥狐が叫ぶが、二人は動かない。
葉は大きく振り下ろされ、突風が吹き荒れる。
辺りに落ちている葉や土、石などが舞い上がり、強い風は静華達を襲う。
もろに食らってしまえば、普通の人間である静華達ではタダでは済まない。
それをわかっているが、もう逃げられない。
咄嗟に奏多は、静華を護ろうと前に出る。
意味は無い、だが、護らずには居られなかった。
「奏多!!!!」
静華の声が空に響き渡る。瞬間――……
――――それは、ワシが許さんぞ、天狗よ。
何処からともなく低く、それでいてマイペースな声が風に乗り聞こえた。
同時に、静華達に放たれた突風は何が起きたのか。急に勢いが落ち、そよ風程度になる。
なにが起きたのか理解出来ないでいると、天狗の背後に黒い霧が現れ、白い手が伸び天狗の頭を掴んだ。
「な、なに……?」
黒い霧から、徐々に一人の青年が姿を現す。
肩、銀髪、狐の面。
深緑色の着物に、下駄。
カランと地面に足を付け、銀髪を揺らし立つ男性。
赤い瞳を光らせ、白い八重歯を見せ笑う。
『人間社会で暴れれば、罰を食らわす。そなたは、罪を犯した。ワシが、罪をしっかりと償わせてやるから、安心するんじゃぞ?』
姿を現したのは、あやかしの中の長、九尾だった。
声が静華と出会った時と比べると深く、表情とは裏腹に、地を這うように怒気が乗せられている。
天狗の頭を掴んでいる手に力を籠め動きを封じ、地面に異空間への入り口を作りだした。
『せいぜい、罪を犯した自身を恨み、後悔するがよい』
手をパッと離すと、吸い込まれるように異空間へと沈んで行く。
悲痛の叫びと共に完全に沈み、空間は閉じられた。
すべてが終わると、弥狐もやっと翔を引き上げる。
「ヤコ! 手が…………」
翔の叫び声に奏多は駆け出し、九尾の横を通り弥狐に走る。
静華も駆けだしたかったが、九尾の事も気になり、隣で止まった。
見ると、弥狐の身体が淡い光に包まれ始めていた。
まるで、弥狐を違う場所へと送るような光り。
その場にいる全員、もう察してしまった。
弥狐が人間に触れては駄目な理由。
それは、体が消えてしまうからなんだと。
「いやだ!! ヤコ!! まだあそぶの! いやだ!!」
泣きじゃくりながら何度も何度も、喉が避けそうな程に「いやだ」と叫ぶ。
奏多も涙を滲ませ、どうすればいいのかと必死に考える。
「――あの、どうする事も出来ないんですか!? 弥狐君を救う事は出来ないんですか!?」
静華が九尾に聞くが、首を横に振られてしまう。
涙を浮かべ、「お願いします、助けて!」と、九尾の服を掴み、縋りつく。
「弥狐君は、私の閉じ込めていた思いを解放してくれたの。翔君とも沢山遊んでくれた。私に色んなものを見せてくれた。なのに、私は何もしていない。これから、沢山恩返しがしたいの。だから、お願い、助けてよ!!!」
静華の涙は、地面に落ち、弾かれる。
九尾の手は横に垂らしたままで、静華に伸ばそうとしない。
遠くを見て、口を開かない。
そんな中、弥狐の明るい声が三人の鼓膜を揺らし、涙を止めた。
『我、主らと出会えてよかった』
翔も、奏多、静華も。
全員、涙を浮かべながら弥狐を見た。
弥狐の表情は、後悔も何もない、清々しい笑み。
もう、しがらみに囚われる事もなく、解放される。
そう思わせるような、澄んでいる微笑み。
『静華、素直になったみたいで良かった。翔も、皆を導ける才能を開花させておる。奏多は、今までと変わらないまま、自身の道を進んでほしい』
言うと、弥狐は両手を広げた。
『これで最後だ、翔。人間の温もりを、感じさせてはくれぬか?』
涙が溢れ、止まらない。
でも、翔は両手で目元を擦り、涙を止める。
まだ、完全に止まっていないが、唇を噛み、駆けだす。
両手を広げ、弥狐に抱き着いた。
――――ありがとう、翔。君のおかげで、我は人間が好きなままでいれる。
その言葉を最後に、翔の腕の中にあった温もりは、光と共に消えてしまい、そのまま地面へと落ちた。
「~~~~~う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!」
翔は、地面に倒れ込みながら、声を上げ泣いた。
自身を抱きしめながら、星空に届くくらいの声量で、悲しみを溢れ出す。
奏多も手で顔を覆い、静華も大粒の涙を零し、泣き続ける。
その場で唯一冷静なのは九尾、ただ一人。赤色の瞳で星空を見上げた。
『弥狐よ。またどこかで会おう。またどこかで、ワシが拾ってやるからな』
――――ガシッ!!
伸ばした手は、翔と同じ小さな手に掴まれた。
「っ?! ヤコ!!」
『翔、我の手を掴め! 直ぐ離れるぞ!』
言われた通り掴む。
その時、弥狐の背後に天狗が立っていることに気づき、翔は目を大きく開いた。
「後ろ!!」
翔の言葉に悔しげに振り返る。
今は何も出来ない。何かすれば、翔は奈落の底。
それだけでなく、時間もない。
翔は、自身を掴んでいる弥狐の手を見た。
「光り…………、ヤコ!!」
翔は思い出した。
弥狐が人間に触れてはいけないことを。
弥狐の手が光っている。
翔の手を掴んでいる手が薄くなる。
時間もなければ、どうする事も出来ない。
だが、せめて、翔だけは守りたい。
強く願うが意味は無いと言うように、天狗は葉を持っている手を振り上げた。
もう駄目か――そう思うと、どこからか石が飛んできて、天狗の頭に当たる。
だが、全く気にしていない。
虫に刺された感覚なのか、左手で掻いて顔を横に向けた。
そこには、石を抱えている静華と、右手に石を持っている奏多の姿。
先程投げたのは奏多で、石は静華が痛む足など気にせず集めた物。
「弥狐! 早く翔を引き上げてくれ!」
言いながら手に持っていた石を投げる。
天狗からすれば、当たっても特に気にするほどでは無い。
気にしなくてもいいが、やられる一方では癪に障る。
簡単に殺せる方から殺してしまおう。
そう思い、天狗は弥狐に向けていた葉を、静華達に向けた。
――――こっちに意識が向いた。
意識が自分に向けば、それでいい。
そうすれば、翔を弥狐が助けてくれる。
それは、奏多も同じ。
絶対に引かない、そう思わせる強い瞳は天狗に注がれ続ける。
『逃げろ!!』
弥狐が叫ぶが、二人は動かない。
葉は大きく振り下ろされ、突風が吹き荒れる。
辺りに落ちている葉や土、石などが舞い上がり、強い風は静華達を襲う。
もろに食らってしまえば、普通の人間である静華達ではタダでは済まない。
それをわかっているが、もう逃げられない。
咄嗟に奏多は、静華を護ろうと前に出る。
意味は無い、だが、護らずには居られなかった。
「奏多!!!!」
静華の声が空に響き渡る。瞬間――……
――――それは、ワシが許さんぞ、天狗よ。
何処からともなく低く、それでいてマイペースな声が風に乗り聞こえた。
同時に、静華達に放たれた突風は何が起きたのか。急に勢いが落ち、そよ風程度になる。
なにが起きたのか理解出来ないでいると、天狗の背後に黒い霧が現れ、白い手が伸び天狗の頭を掴んだ。
「な、なに……?」
黒い霧から、徐々に一人の青年が姿を現す。
肩、銀髪、狐の面。
深緑色の着物に、下駄。
カランと地面に足を付け、銀髪を揺らし立つ男性。
赤い瞳を光らせ、白い八重歯を見せ笑う。
『人間社会で暴れれば、罰を食らわす。そなたは、罪を犯した。ワシが、罪をしっかりと償わせてやるから、安心するんじゃぞ?』
姿を現したのは、あやかしの中の長、九尾だった。
声が静華と出会った時と比べると深く、表情とは裏腹に、地を這うように怒気が乗せられている。
天狗の頭を掴んでいる手に力を籠め動きを封じ、地面に異空間への入り口を作りだした。
『せいぜい、罪を犯した自身を恨み、後悔するがよい』
手をパッと離すと、吸い込まれるように異空間へと沈んで行く。
悲痛の叫びと共に完全に沈み、空間は閉じられた。
すべてが終わると、弥狐もやっと翔を引き上げる。
「ヤコ! 手が…………」
翔の叫び声に奏多は駆け出し、九尾の横を通り弥狐に走る。
静華も駆けだしたかったが、九尾の事も気になり、隣で止まった。
見ると、弥狐の身体が淡い光に包まれ始めていた。
まるで、弥狐を違う場所へと送るような光り。
その場にいる全員、もう察してしまった。
弥狐が人間に触れては駄目な理由。
それは、体が消えてしまうからなんだと。
「いやだ!! ヤコ!! まだあそぶの! いやだ!!」
泣きじゃくりながら何度も何度も、喉が避けそうな程に「いやだ」と叫ぶ。
奏多も涙を滲ませ、どうすればいいのかと必死に考える。
「――あの、どうする事も出来ないんですか!? 弥狐君を救う事は出来ないんですか!?」
静華が九尾に聞くが、首を横に振られてしまう。
涙を浮かべ、「お願いします、助けて!」と、九尾の服を掴み、縋りつく。
「弥狐君は、私の閉じ込めていた思いを解放してくれたの。翔君とも沢山遊んでくれた。私に色んなものを見せてくれた。なのに、私は何もしていない。これから、沢山恩返しがしたいの。だから、お願い、助けてよ!!!」
静華の涙は、地面に落ち、弾かれる。
九尾の手は横に垂らしたままで、静華に伸ばそうとしない。
遠くを見て、口を開かない。
そんな中、弥狐の明るい声が三人の鼓膜を揺らし、涙を止めた。
『我、主らと出会えてよかった』
翔も、奏多、静華も。
全員、涙を浮かべながら弥狐を見た。
弥狐の表情は、後悔も何もない、清々しい笑み。
もう、しがらみに囚われる事もなく、解放される。
そう思わせるような、澄んでいる微笑み。
『静華、素直になったみたいで良かった。翔も、皆を導ける才能を開花させておる。奏多は、今までと変わらないまま、自身の道を進んでほしい』
言うと、弥狐は両手を広げた。
『これで最後だ、翔。人間の温もりを、感じさせてはくれぬか?』
涙が溢れ、止まらない。
でも、翔は両手で目元を擦り、涙を止める。
まだ、完全に止まっていないが、唇を噛み、駆けだす。
両手を広げ、弥狐に抱き着いた。
――――ありがとう、翔。君のおかげで、我は人間が好きなままでいれる。
その言葉を最後に、翔の腕の中にあった温もりは、光と共に消えてしまい、そのまま地面へと落ちた。
「~~~~~う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!」
翔は、地面に倒れ込みながら、声を上げ泣いた。
自身を抱きしめながら、星空に届くくらいの声量で、悲しみを溢れ出す。
奏多も手で顔を覆い、静華も大粒の涙を零し、泣き続ける。
その場で唯一冷静なのは九尾、ただ一人。赤色の瞳で星空を見上げた。
『弥狐よ。またどこかで会おう。またどこかで、ワシが拾ってやるからな』
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定

【完結】お姉様の婚約者
七瀬菜々
恋愛
姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。
残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。
サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。
誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。
けれど私の心は晴れやかだった。
だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。
ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

覚悟はありますか?
翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。
「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」
ご都合主義な創作作品です。
異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。
恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる