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盛夏

天狗

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 ――――まさか、崖に繋がっているなんて……。
 
 左右を見ても同じ道が続いているだけで、走っても体力が削られるだけだろう。
 逃げ道を自分達で塞いでしまった。

 ただ、立ち尽くしているだけでは、化け物達が迫ってくる。
 今も、背後から嫌な気配が近づいてきているのがわかる。

 怖いが、試さなければ、見なければ。
 静華は、狐の窓を作り、森の中を見る。

 邪悪な空気が立ち上り、ただならぬ空気を感じる。
 翔も同じく狐の窓から覗き見ると、恐怖で顔を青くしてしまった。

 だが、狐の窓から目を離さず、左右を見る。
 何かを探す仕草。
 
 奏多は静華に振り返る。

「どうする」

「どうすれば、良いんだろう…………」

 ――――聞かれても、私にはこの事態を対処する術はない。

 もう、諦めるしかないのか。
 でも、諦めたくない。

 何か、何かないか。
 静華が目を閉じ考えていると、翔が「あっ!!」と、大きな声を出し指を何もない空間に差した。

 奏多と静華も見るが、なにもない。
 今度は静華が狐の窓を作って穴を覗き込むと、一人の少年が森を見据える姿が映った。

 銀髪を揺らし、朱色の瞳を森に向けている少年。
 白い狩衣を揺らすと、チリンと鈴の音が鳴る。

 視線が、静華に向けられる。
 目が合うと、今まで忘れていた記憶が一気に、走馬灯のように流れ始めた。

 翔と共にかけっこをしている記憶。
 共に庭で遊んでいた記憶。
 お祭りを共に楽しんだ記憶。
 あやかしの世界を案内してくれた記憶。

 すべて、大事な記憶。
 それを、なぜか今日一日、忘れていた。

「――――弥狐君!!!」

 名前を呼ぶと、なぜか肩を震わせ笑われてしまった。

 ――――え、笑われている? この状況で?

 狐の窓を離すと、姿が消える。
 まだ、狐の窓を通さなければ見る事が出来ないらしい。

 奏多を見ると、困惑の表情を浮かべている。
 姿を見ていないから、弥狐の記憶が戻っていない。

「私、もう大丈夫だから下ろして。そして、狐の窓を作って」

「え、え?」

 静華が暴れると、「わかったわかった」と優しく下ろしてくれた。
 すぐに狐の窓のやり方を教えてあげ、覗かせる。

 すると、目を大きく開き、驚きの声を漏らした。

「――――弥狐」

 奏多の口からも、弥狐の名前が出た事で、思い出したことはわかった。
 この場にいる皆が思い出したことで、弥狐は体の向きを変えた。

 顔は、人間に擬態している時の姿ではなく、あやかし時の姿。

 目は細く、頬には髭のような赤い模様。
 赤い唇からは、八重歯が見え隠れしていた。

『やれやれ、まさか、一日しか持たぬとは。長の力はもう弱まってしまって、役に立たんという事だろうか?』

 頭を支え呆れているが、直ぐに笑みを浮かべ三人を見る。
 手を下ろしても良いと言うように、右手を下へと下げた。

 みんな、狐の窓を下ろし、弥狐がいる場所を向き直す。
 もう、狐の窓を作らなくても、弥狐の姿を見る事が出来た。

 ニッコリ笑顔を浮かべ、静華達を見ている弥狐に、翔は眉を吊り上げ駆けだした。

「ヤコ!!」

『翔、やはり主は忘れんかったな、少しも。だから、あの二人も思い出すのが早かったのか』

 笑みを浮かべ言っている弥狐に、翔は必死な形相で森を指さした。

「ばけもの!!」

『うん、わかっている。あれは、我らがどうにかしよう。巻き込んでしまった責任は、取らねばな』

 言うと、翔を後ろに下げ、弥狐は前に出た。
 印を結ぶように右手を動かし始める。

『――――人の負の感情に充てられた哀れなモノ達よ。我らが安らぎの場所へ送る。我の声に従い、ここから去るがよい』

 弥狐が言い切ると同時に、森の中から大量の悪霊が姿を現した。

 静華達など一切目にせず、弥狐に向かう。
 静華と奏多が「「あぶない!」」と叫ぶが、無意味な心配だった。

 弥狐の目の前には、守るように光の五芒星が現れ、悪霊達が吸い込まれていく。
 逃げようと藻掻く悪霊もいるが、意味はなく、吸い込まれる。

 翔は目を輝かせ「すげぇ!!」と大興奮。
 静華と奏多も、目の前で繰り広げられている非現実的な光景に唖然。

 立ち尽くしていると、ほとんどの悪霊が吸い込まれ、残ったのは天狗だけとなる。
 黒い翼を大きく動かし逃れようとしているが、吸い込む勢いが強く、逃げられない。

 もう少し、そう思ったのもつかの間、天狗は何を思ったのか、手に持っていた葉を大きく上下に動かした。

 ――――ブワッ!!

 突風が吹き荒れたかと思うと、翔の身体がフワッと舞い上がり、吹っ飛ばされた。

 弥狐が後ろを振り向くと、翔はもう、崖に投げ飛ばされている状態。
 下を向くと、地面が見えない程深い。

「ヒッ!」

「翔君!!

「翔!!」

 静華は咄嗟に走り出そうとするも、足に痛みが走り立ちあがる事すら出来ない。
 奏多も走り出したが、到底間に合う訳もなく、翔の体は重力に逆らうことなく落ちる。

 手を伸ばし、誰かに助けを求める。
 でも、翔の視界に映るのは星空。誰も、手を掴んでくれる人はいない。

 スローモーションのように動く光景に、涙が浮かび、空中に舞う。

 掴みたい、誰でもいい、助けて。

 そう強く思い、思わず目をぎゅっとつぶってしまった。
 このまま、翔の身体は落ちていっ――――…………


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