翔君とおさんぽ

桜桃-サクランボ-

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盛夏

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 鼓膜を揺らす声。
 聞き覚えがないはずなのに、今までずっと聞いていたような声。

 目を開き、顔を上げる。
 奏多を見上げるが、彼の表情は不安と困惑。

 奏多からの言葉ではないことは確か。
 なら、誰の声なのか。

 静華が驚き困惑していると、奏多の奥に、一人の少年が光の中に立っていた。

 銀髪が特徴的な、狐の少年。
 その少年の口元は微かに笑っており、右の人差し指を口に当てた。

『素直になれ、静華』

 声になっていない言葉。
 今の言葉は、静華にしっかりと届いた。

 心に刻まなければならない言葉。

 何故かはわからないが、またしても静華の瞳から大粒の涙が溢れ出る。
 透明な涙が流れるが、口は自然と笑ってしまい、笑い声が洩れる。

 気に触れてしまったのかと、奏多は隣に座る翔と目を合わせる。
 それでも、静華は涙を流しながら大きな声を出し笑う。

 ――――そうか、素直になっていいんだ。私、もう、一人で頑張らなくても、良いんだ。

 ひとしきり笑った後、静華は涙を拭き、眉を吊り上げ奏多を見上げた。
 差し出されていた手を力強く掴み、挑戦するかのような瞳を向ける。

「ありがとう、奏多。私、もう一人で頑張らない。一緒に、上を目指してくれる?」

 静華からの言葉に、奏多は数回瞬きした後、大きく頷いた。

「当たり前だ、阿保」

 二人の笑い声が部屋に響く。
 美鈴も、そんな二人を見て、優しく微笑み首を傾げている翔の頭を撫でた。

 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・

「ヤコ君、ねぇ。思い出してはみたけど、やっぱりわからないわ」

 空気が落ち着き、皆が冷静になった時、ヤコという存在について話し合い始めた。

「うそ、いってないもん」

 翔の、消え入りそうな言葉に、静華は笑みを浮かべ頭を撫でてあげた。

「うん、大丈夫だよ、翔君、わかってる。ヤコ、そういう名前の少年はいた。いた、気がする。私も、そう感じる」

 力強く言い切った静華に、奏多も笑みを浮かべ「おう」と頷いた。

「でも、どうすればいいかな。どこを探せば、見つける事が出来るかな」

「そうだな……。言うは易く行うは難し。どうやって探せばいいんだろうなぁ……」

 二人で首を傾げ、本気で悩む。
 そんな時、翔が何かを思い出したようで、スクッと立ちあがった。

「ひみつきち!!」

 その言葉に、奏多と静華は顔を見合せ、「「あっ!!」」とひらめき、共に立ちあがった。
 何も言わず、部屋を飛び出し、外へと走る。

 一人残された美鈴は「あらあら」と、外に出て行ってしまった三人を見送った。

 ※

 外に駆けだした三人は、翔を先頭に田舎道を走る。
 辺りはオレンジ色に染まり、太陽が沈みかけていた。

 夜が近い事を知らせる色。
 それでも、三人は躊躇することなく走り、一つの森の前で立ち止まった。

 ずっと走り続けていたため息を切らし、静華は膝に手を置き、波打つ心臓を落ち着かせる。

「そういえば、翔君の秘密基地に昨日? まで来ていたね」

「確かにそうだな。ただ、記憶がうろ覚えだ。ここにきて、何をしていたのか、思い出せない」

 頭を支え、奏多は思い出そうと歯を食いしばる。
 だが、思い出せない。霧がかかり、重要な人物が隠されている。

 本当に思い出したい人を、思い出す事が出来ない。
 記憶を漁りたくても、それを拒むように頭痛が走り不可能。

「くっそ、思い、出せねぇ……」

「私も…………」

 ――――思い出さないと、いけない。絶対に、忘れてはいけない記憶のはずなのに。

 さっき、部屋に現れた銀髪の少年、今も静華の記憶の中で霧に隠れ見えなくなる。
 完全に薄れないように頭に刻み続けるが、時間の問題。

 ――――消えてしまう、大事な人の記憶。無くなってしまう、私に勇気をくれた人の記憶が。

 嫌だ、嫌だ。
 消したくない、なくしたくない。

 嫌だと思うのに、それとは裏腹に薄れていく記憶。
 二人が頭を抱え何とか記憶を思い出そうとしている中、翔が眉を吊り上げ森の中を見た。

 拳を強く握り、茶色の瞳には燃える炎が宿る。
 ギリッと歯を食いしばり、拳を突き上げた。

「いく、絶対に、見つけるぞ、ヤコ!!」

 挑戦するかのように叫ぶ翔に、静華と奏多は顔を見合せ、頷き合った。

「そうだね、ここで話していても仕方がない。行こう」

 静華の言葉に、奏多も歩き出す。
 翔は草木をかき分け、いつものように公園へと向かった。

 道なき道を歩き、目的地に向かう。
 ブランコがポツンと設置されている、翔の秘密基地に。

 ――――キィィィ、キィィィィ

 風もないのに、ブランコが動いている。
 止まる気配はない、見えない何かが乗っている。

 それに恐怖し、静華は奏多の腕にしがみつく。
 奏多も顔を青くし、警戒を強めた。

 そんな中、翔は呼びかけた。

「ヤコ、なの?」

 聞くが、何も変化はない。
 だが、一つ、一人でに動いていたブランコが急に、止まった。

 三人で見ていると、カサカサと、今度は後ろの草木が揺れる。
 風は、変わらず吹いていない。

 これは、ヤコ、という少年の仕業なのか。
 それとも、また違うナニカの仕業なのか。

「奏多…………」

「これは、大丈夫……では、なさそうだな」

 言うと同時に、翔へと勢いよく木の棒が飛んできた。
 奏多がすぐに動き、翔の腕を引っ張り抱きかかかえる。

 飛んできた木の棒は、後ろのブランコに当たる。

 困惑している三人をあざ笑うようにケラケラ、クスクスと。至る所から笑い声が聞こえ始めた。

 ――――これは、絶対にヤコ君じゃない!!

 言い切れる。
 誰かもわからない少年の事なのに、こんな事はしないと、静華は言い切れた。

 そんな事を思っていると、突風が三人の周りに吹き荒れた。

 すぐに顔を両手で隠すが、強すぎる。
 吹っ飛ばされないようにするので精一杯。

 ――――こんなの、自然が作り出した風なわけない!!

 わかるが、何も出来ない。
 見えない何かに対し、何も出来るわけがない。

 そんな時、静華は思い出した。

 ――……

「奏多!! 少しだけ、ほんの少しだけでいいの! 私の前に立って風を遮ってもらえないかな!!」

「っ! わかった!」

 何も疑うことなく、奏多は出来る限り静華の前に立ち風を遮る。

 完全に遮る事は出来ていないが、それでも静華にとってはありがたい。

 ――――手を動かせるようになった。これで、作れる。

 静華は、奏多の背中に身を縮め、両手で狐の形を作り出す。

 右手の向きを変え、重ねた。
 中指と薬指をパッと開くと、窓のような穴が作られる。
 静華は奏多の腰辺りから顔を覗かせ、穴を覗き込んだ。

「――――な、なに、これ」

 穴を覗き込んだ先には、複数の人ではないモノたちが静華達を見て楽しんでいた。

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