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盛夏

再度

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 一度、口から出た怒りは収まらない。
 今まで沈めていた怒りがあふれ出て、口が自然と動く。

「私は今まで頑張ってきたよ!! 筋トレも、勉強も! 人付き合いだって、相手に合わせるように頑張ってきた! でも、うまく出来なかったから、一人でいた方が楽だったから。だから本を読んで過ごしていたの」

 ジワッと涙が溢れ、頬から伝う
 それでも、止まらない。感情のままに口が動き、美鈴にぶつけてしまう。

「それから私は執筆作業を頑張った。ずっと、ずっと頑張ってきた! 一人で、頑張ってきたの! それなのに、なんで奏多は、私と同じ時期に絵を描き始めて成功しているの。なんで、私は何も出来ないの。私は頑張ってきたのに、なんでこんなに、こんなに…………」

 嗚咽が漏れ、言葉を繋げる事が出来なくなった。
 それでも、静華は吐き出そうと口を開く。

「なんで、私はこんなに、惨め、なの…………」

 言葉にすると、どんどん醜いという感情が自身を蝕み、ボロボロと透明な涙が落ちる。
 体が震え、嗚咽が漏れる。

 手で目元を強く擦り、涙を止めようとするが、止まらない。

 この涙は、何の感情を洗い流そうとしているのか。
 何を思っての涙なのか。静華は今、何を思って涙をこぼしているのか。

 わからない、わからないから、止まらない。

 何も言えなくなってしまった静華に、美鈴は柔和な笑みを浮かべ、抱きしめた。

「静華、貴方は惨めじゃない。貴方は、一人で頑張り過ぎたの。だから、今度は他の人と共に、頑張っていきましょう? 頑張り方を少し工夫するの。それだけで、貴方の世界は大きく変わるわ」

 体を包み込む温もり、耳にすんなり入ってくる声、言葉。
 歪む視界で上を向くと、美鈴の笑みが映った。

「一緒に、頑張りましょう? 惨めだと思うのなら、そんな自分を変えましょう。と共に」

 美鈴が言うと、開かれていた襖から、二人分の影が顔を覗かせた。

「え、奏多に、翔君!?」

 襖から顔を覗かせたのは、半べそかいている翔と、困ったような笑みを浮かべている奏多だった。

「な、なんで、というか、え?」

 なんでここに二人がいるのか。
 なんで翔は泣いているのか。
 今まで何をしていたのか。

 聞きたい事が沢山あり過ぎて、言葉がまとまらない。

「ふふっ、言ったでしょ? 奏多君が私に教えてくれたの。それだけじゃなくて、翔君なんか、もう、何を言っているのかわからないくらいに泣きじゃくってたのよ?」

「え…………」

 ――――私を無視して、翔君が言っていたヤコって人を探しに行けばいいのに。

 なんと口を切ればいいのかわからず頭の中でグルグル考えていると、奏多が翔の手を引き部屋の中に入る。

 何を言われてしまうのか、何を思われているのか。
 二人の考えがわからない静華は、体を震えさせ怯える。

 美鈴の服を掴み、体を隠そうと小さくする。
 それでも、奏多の足は止まらない。

 美鈴の隣まで移動し、片膝を突き座った。
 翔も、よくわからないまま座り、涙を拭く。

「静華、顔を上げなくてもいい。だが、話だけは聞いてくれ」

 奏多が聞くが、静華は頷く事すらしない。
 それでも、聞いてくれていると信じて、奏多は口を開いた。

「俺は、お前の頑張りを見て、負けられないとここまでがむしゃらにやってきたんだ。お前が一人で頑張っている姿を見て、少しでもお前の力になりたくて、イラストを描き始めたんだぞ」

 ――――イラストを描き始めたきっかけ、初めて聞いたかも。でも、どういう事?

 気になってしまい、ほんの少しだけ顔を上げる。

「お前、自分が書いた小説の話をする時、凄い楽しそうだっただろ。好きという気持ちが溢れていた。だから、それを描くことが出来れば、お前の力に少しでもなれるのかなって思ったんだ」

 一拍おき、奏多は続きを話す。

「俺は、特に絵とか、小説とか。そういうのには興味なかった。お前がいなかったら、今の俺はないだろう。今の俺に、俺は満足している。それは、お前が作り上げてくれたんだ」

 チラッと顔を上げると、奏多と目が合った。
 優しく微笑まれ、静華の頬が赤く染まり、またしても顔を埋めてしまう。

「静華、もう少し俺を頼ってくれないか? 俺は、お前のおかげでここまで頑張れたんだ。お前の頑張りが、俺を作り上げたんだ。だから、今の俺が出来る事で、お前に返したい」

 眉を吊り上げ、静華に手を伸ばす。
 誘うように出された手を、静華は凝視。でも、動こうとしない。

「……」

 ――――ど、どうすればいいの。ここで、掴んでいいの? でも、掴んでしまったら甘えてしまう。奏多に、縋る形となってしまう。

 掴んでしまいそうな手を握り、止める。

 ――――駄目、絶対に、駄目。

 ここで断らないと、手を戻さないと。
 そう思い、静華は顔を上げずに断る言葉を伝えようとした。

 そんな時、誰かもわからない、でも聞いたことがあるような声が鼓膜を揺らした。


『――――何があっても、自分に素直になるんだぞ』

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