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盛夏
甘え
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部屋に戻り、布団に潜り込む。
目を閉じ何もかも忘れようとするが、頭の中には先程の会話と、最後の翔の声が響く。
『僕、嘘言ってないもん』
――――なんで、ここまで私は駄目なんだろう。なんで、あんなことを言ってしまったんだろう。
一人になって気づく。
自分がどれだけ翔にとって、酷い態度をとってしまったか。
でも、もう人と付き合うのは疲れた。
人に合わせるのは疲れた。
人に、良い顔をするのは、もう疲れた。
もう、誰とも関りたくない。
関わらなければ、嫉妬という醜い自分の感情に苛まれなくていい。
こんなに、人の言葉で悩まなくてもいい。
もう、いい顔をしなくてもいい。
人と関わるから酷い目に合う。
そうなるのなら、人となんて、他人となんて、関わりたくない。
顔を布団に埋め、痛む胸を抑える。
息苦しく、呼吸が荒くなる。
それでも、布団から顔を出さずにしていると、廊下から足音が聞こえ始めた。
翔や奏多ではない。
――――お母さんかな。
そう思った途端、襖が勝手に開かれた。
「静華、奏多君から様子がおかしいと聞いて来てみたんだけど、大丈夫?」
――――ちっ、余計な事を。
自然とそう思ってしまった自分にも、もう呆れて何も言えない。
布団から顔を出さず、返事もしないでいると、美鈴が布団の隣に座る気配を感じた。
「静華、何を考えているのか、教えてくれないかしら」
――――言ったところで、意味はない。
静華は、話す気なんてさらさらなかった。
話したところで解決しないのはわかっており、意味がない。
逆に、自分の嫌な部分を晒す事になる為、それだけは避けたかった。
口をいつまでも開かない静華に、美鈴は優し気に笑みを浮かべ、膝の上に手を置いた。
「そういえば、静華は昔からプライドが高かったわね」
――――え、何いきなり。どういう事?
話しが見えず、静華は思わず耳を傾けてしまった。
「学校では一人で過ごしていたと聞いていたわよ。それなのに、静華は私に友達と沢山遊んでいたとか報告していたわよねぇ。静華はずっと、本を読んでいた陰キャなのに」
――――グサッ
沈んでいる静華の心に、鋭利なナイフが刺さったような音が聞こえた。
――――傷つけたいだけなのなら、今すぐにいなくなってほしんだけど。
怒りが芽生え、深く布団の中に隠れる。
拒否しているような態度だが、美鈴は変わらず話を続けた。
「他にも色々あるわねぇ。凄い負けず嫌いで、嫉妬深くて。小説も、誰にも負けないと、泣きながら書いていた時もあったわねぇ」
心に複数のナイフが突き刺さる。
――――本当に、いなくなってよ!!!
怒り任せに起き上がり、美鈴の方へと怒りを向けた。
「いい加減にっ――――」
「でも、誰よりも頑張り屋さんだった」
最後の美鈴の言葉と表情で、怒り任せに出そうになった言葉が止まる。
目が合うと、微笑まれた。
「誰よりも頑張り屋さんで、誰よりも本気で向き合い、誰よりも勉強して来た。頑張ってきたから負けたくない、本気で向き合っているから嫉妬もしてしまう。沢山学んできたから、うまく書けなく悲しくて、吐き出してしまう。醜い感情なんてことはない、頑張ってきた証の感情なのよ、静華」
手を伸ばし、静華の頬に手を添える。
優しい温もりとは裏腹に、頭は冷静になって行く。
「貴方は、一人で抱え込み、努力を人に言わない。誰よりも頑張ってしまう貴方は、誰にも相談できず、何でも一人で自己完結してしまう。すべて、背負い込んでしまう。『助けて』が、言えない優しい、私の大事な娘」
頬に添えていた手が上へと上がる。
頭に乗せられ、優しく撫でられた。
「言ってもいいの、助けてって。怒ってもいいの。貴方は、それだけ努力をしているのだから。誰かに手を伸ばしてみて? 貴方の手を掴む人は、絶対にいる。信じて、貴方の優しさに救われた人達を」
手を握り、震えている静華の心を言葉で包み込む。
美鈴の言葉は、凍り付いていた静華の氷を溶かす。
それでも、まだ完全には立ち直る事は出来ない。
今までの経験、先ほど二人に言ってしまった言葉。
自分の事しか考えていないという思考に陥り、静華は俯き、畳を見る。
――――私は自分の事しか考えてない。さっきも、自分の事しか考えていないから、翔君の事を信じてあげられなかった。こんな私が、助けを求めていいわけがない。
自分の行い、思考、言葉。
全てが嫌で、全てが独りよがり。
この考えが改められることはなく、美鈴の言葉を簡単に受け入れることなど出来やしない。
そんな甘い考えを、自分は持ってはいけない。
そう思い伝えようと口を開く。
だが、それを美鈴の人差し指で止められる。
「貴方は、本当に自分に厳しいわね。それで自分を傷つけている。でも、それはまた、一種の甘えなのよ?」
――――甘え? なんで……。
美鈴の言葉がわからない。
何を伝えたいのかわからない。
もう、何もわからない静華は、何も言えない。
美鈴は手を下ろし、膝の上に乗せた。
「人と関わろうとしない事への、甘え」
「関わろうとしない事が、甘え?」
首を傾げ、同じ言葉を返す。
「人との関係を築くのは難しいわ。でも、人は、人と関わらなければ生きていけないの。それは、わかるかしら?」
美鈴からの問いかけに、静華は微かに頷いた。
「良かったわ」
一拍置き、美鈴は口を開く。
「人と関わる事でしか、人は生きていけない。でも、人との関係を維持するのは難しい。だから、貴方はその難しい事から逃げているのよ」
「そんなことないし…………」
「貴方は今まで一人で抱え込んできた。それは苦しくて辛いこと。ただ、それは、人と関わる事はせず、自分一人で出来る事しかしてこなかった証拠よ。もっと上を目指そうとしない。もっと上に行こうとしない。それは、甘えではなく、なにかしら?」
なんで、そんなことを言われなければならないのか。
静華の顔は林檎のように真っ赤になり、口を大きく開き憤慨した。
「なっ、なんでそんなこと言われないといけないの!!」
目を閉じ何もかも忘れようとするが、頭の中には先程の会話と、最後の翔の声が響く。
『僕、嘘言ってないもん』
――――なんで、ここまで私は駄目なんだろう。なんで、あんなことを言ってしまったんだろう。
一人になって気づく。
自分がどれだけ翔にとって、酷い態度をとってしまったか。
でも、もう人と付き合うのは疲れた。
人に合わせるのは疲れた。
人に、良い顔をするのは、もう疲れた。
もう、誰とも関りたくない。
関わらなければ、嫉妬という醜い自分の感情に苛まれなくていい。
こんなに、人の言葉で悩まなくてもいい。
もう、いい顔をしなくてもいい。
人と関わるから酷い目に合う。
そうなるのなら、人となんて、他人となんて、関わりたくない。
顔を布団に埋め、痛む胸を抑える。
息苦しく、呼吸が荒くなる。
それでも、布団から顔を出さずにしていると、廊下から足音が聞こえ始めた。
翔や奏多ではない。
――――お母さんかな。
そう思った途端、襖が勝手に開かれた。
「静華、奏多君から様子がおかしいと聞いて来てみたんだけど、大丈夫?」
――――ちっ、余計な事を。
自然とそう思ってしまった自分にも、もう呆れて何も言えない。
布団から顔を出さず、返事もしないでいると、美鈴が布団の隣に座る気配を感じた。
「静華、何を考えているのか、教えてくれないかしら」
――――言ったところで、意味はない。
静華は、話す気なんてさらさらなかった。
話したところで解決しないのはわかっており、意味がない。
逆に、自分の嫌な部分を晒す事になる為、それだけは避けたかった。
口をいつまでも開かない静華に、美鈴は優し気に笑みを浮かべ、膝の上に手を置いた。
「そういえば、静華は昔からプライドが高かったわね」
――――え、何いきなり。どういう事?
話しが見えず、静華は思わず耳を傾けてしまった。
「学校では一人で過ごしていたと聞いていたわよ。それなのに、静華は私に友達と沢山遊んでいたとか報告していたわよねぇ。静華はずっと、本を読んでいた陰キャなのに」
――――グサッ
沈んでいる静華の心に、鋭利なナイフが刺さったような音が聞こえた。
――――傷つけたいだけなのなら、今すぐにいなくなってほしんだけど。
怒りが芽生え、深く布団の中に隠れる。
拒否しているような態度だが、美鈴は変わらず話を続けた。
「他にも色々あるわねぇ。凄い負けず嫌いで、嫉妬深くて。小説も、誰にも負けないと、泣きながら書いていた時もあったわねぇ」
心に複数のナイフが突き刺さる。
――――本当に、いなくなってよ!!!
怒り任せに起き上がり、美鈴の方へと怒りを向けた。
「いい加減にっ――――」
「でも、誰よりも頑張り屋さんだった」
最後の美鈴の言葉と表情で、怒り任せに出そうになった言葉が止まる。
目が合うと、微笑まれた。
「誰よりも頑張り屋さんで、誰よりも本気で向き合い、誰よりも勉強して来た。頑張ってきたから負けたくない、本気で向き合っているから嫉妬もしてしまう。沢山学んできたから、うまく書けなく悲しくて、吐き出してしまう。醜い感情なんてことはない、頑張ってきた証の感情なのよ、静華」
手を伸ばし、静華の頬に手を添える。
優しい温もりとは裏腹に、頭は冷静になって行く。
「貴方は、一人で抱え込み、努力を人に言わない。誰よりも頑張ってしまう貴方は、誰にも相談できず、何でも一人で自己完結してしまう。すべて、背負い込んでしまう。『助けて』が、言えない優しい、私の大事な娘」
頬に添えていた手が上へと上がる。
頭に乗せられ、優しく撫でられた。
「言ってもいいの、助けてって。怒ってもいいの。貴方は、それだけ努力をしているのだから。誰かに手を伸ばしてみて? 貴方の手を掴む人は、絶対にいる。信じて、貴方の優しさに救われた人達を」
手を握り、震えている静華の心を言葉で包み込む。
美鈴の言葉は、凍り付いていた静華の氷を溶かす。
それでも、まだ完全には立ち直る事は出来ない。
今までの経験、先ほど二人に言ってしまった言葉。
自分の事しか考えていないという思考に陥り、静華は俯き、畳を見る。
――――私は自分の事しか考えてない。さっきも、自分の事しか考えていないから、翔君の事を信じてあげられなかった。こんな私が、助けを求めていいわけがない。
自分の行い、思考、言葉。
全てが嫌で、全てが独りよがり。
この考えが改められることはなく、美鈴の言葉を簡単に受け入れることなど出来やしない。
そんな甘い考えを、自分は持ってはいけない。
そう思い伝えようと口を開く。
だが、それを美鈴の人差し指で止められる。
「貴方は、本当に自分に厳しいわね。それで自分を傷つけている。でも、それはまた、一種の甘えなのよ?」
――――甘え? なんで……。
美鈴の言葉がわからない。
何を伝えたいのかわからない。
もう、何もわからない静華は、何も言えない。
美鈴は手を下ろし、膝の上に乗せた。
「人と関わろうとしない事への、甘え」
「関わろうとしない事が、甘え?」
首を傾げ、同じ言葉を返す。
「人との関係を築くのは難しいわ。でも、人は、人と関わらなければ生きていけないの。それは、わかるかしら?」
美鈴からの問いかけに、静華は微かに頷いた。
「良かったわ」
一拍置き、美鈴は口を開く。
「人と関わる事でしか、人は生きていけない。でも、人との関係を維持するのは難しい。だから、貴方はその難しい事から逃げているのよ」
「そんなことないし…………」
「貴方は今まで一人で抱え込んできた。それは苦しくて辛いこと。ただ、それは、人と関わる事はせず、自分一人で出来る事しかしてこなかった証拠よ。もっと上を目指そうとしない。もっと上に行こうとしない。それは、甘えではなく、なにかしら?」
なんで、そんなことを言われなければならないのか。
静華の顔は林檎のように真っ赤になり、口を大きく開き憤慨した。
「なっ、なんでそんなこと言われないといけないの!!」
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