翔君とおさんぽ

桜桃-サクランボ-

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盛夏

訴え

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 次の日、目を覚ますと静華は違和感を覚えた。

「…………なんか、変」

 体を起こし周りを見回すが、違和感の正体がわからない。

 部屋の中は綺麗で、今までの生活空間と変わらない。
 なのに、心に穴が開いたような感覚が残り、気持ち悪い。

「…………まぁ、いいか」

 胸を押さえ考えるが、結局わからず諦める。
 静華は立ちあがり、頭を掻きながら廊下に出た。

 欠伸を零しながら歩いていると、前から翔が走ってくる。

「おはよう、翔君」

「おはよう、おねえちゃん!! 今日もヤコとあそぶから、早くごはんたべようぜ!!」

 いつもの挨拶、いつもの会話。
 そんな毎日の日常の中に、違和感が浮上。
 数回瞬きを繰り返すと、疑問を口にした。

「翔君、ヤコって、誰?」

 ※

 翔が頬を膨らませ、ふてくされながらご飯を食べている。
 今日は奏多も来ており、翔の様子に首を傾げていた。

「なぁ、翔、なにかあったのか?」

 翔に聞くが、答えない。
 フンッと、顔をそっぽに向けてしまう始末。

 困ったなぁと思いながらいると、奏多は静華も気まずそうにモソモソとご飯を食べているのに目を丸くした。

「何か知っているのか? 静華」

「わからない。私は、わからないから聞いただけ…………」

「ん? 何があったか、教えてくれるか?」

 奏多の言葉に、静華は廊下で合った出来事を軽く話した。

「ヤコっていう子供が、今まで一緒に遊んでいた……か。俺もわからないな。誰だ?」

「だよね、私もわからない。でも、翔君は絶対に遊んでいたって聞かなくてさ」

 二人が見ると、今にも泣きそうな顔を浮かべながらも、ご飯を食べていた。
 美鈴に目線を向けるけど、首を振られてしまったため、美鈴もヤコという名前の子供に心当たりはないらしい。

 どうすればいいのかわからず、重い空気の中、食事が進む。

 何事もなかったかのように、静華はお皿を片付け自室に戻ろうとした。
 だが、その手を後ろから引かれ立ち止まる。

 振り向くと、そこには顔を俯かせている翔が立っていた。

「どうしたの? 翔君」

「…………」

 聞くが、翔は答えない。
 もう一度聞くが、同じ。

 一度しゃがんで顔を上げさせると、悲しげな表情が見え、ただ事ではないと察した。
 でも、どうすればいいのかわからない。

 眉を顰め、翔を見つめていると、やっと口を開いてくれた。

「うそ、いってない」

「え?」

 か細く、何を言っているのか聞き取れなかった。
 耳を近づかせ、もう一度問いかける。

「なに?」

「僕、うそ、いってない。本当に、いたもん。いっしょに、あそんでいたもん。ヤコは、僕のだいじな友達だもん!!」

 話していると徐々に声が大きくなり、興奮してきてしまった。
 気持ちが高ぶり、同時に涙が溢れ頬を伝う。

 茶色の大きな瞳が不安そうに揺れ、縋るように静華を見上げた。

 ――――そんなこと、言われても…………。

 静華の頭に”ヤコ”という人物は存在しない。
 最初に特徴を聞いて、思い出そうともした。だが、掠りも出てこない。

 イマジナリーフレンドかもしれないと思い、翔の話を流したのがいけなかったのだろうかと、今になって後悔。
 どうすれば興奮を抑えてくれるか考えた。

 そんな時、奏多が廊下の奥から現れた。

「どうした?」

「それが…………」

 静華にしがみ付いていた翔は、今度は奏多へとしがみ付く。
 静華に言ったのと同じく「嘘は言っていない」と訴える。

「どうすればいいのかわからなくて…………」

「そうだなぁ……」

 奏多もどうすればいいのか、「うーん」と悩む。

「…………ここまで翔が言うんだったら、本当にいたのかもしれないな」

「え? でも、翔君には悪いけど、イマジナリーフレンドって可能性があるじゃん? 子供って、自分の頭の中で友達相手を想像して遊ぶって聞いたことあるよ」

 奏多に言うが、首を振られてしまう。

「だが、俺達とも遊んでいたんだろう?」

 翔に聞くと、抱き着きながら大きく頷いた。

「なら、イマジナリーフレンドという線は薄い。仮に、そうだったとしても、ここまで主張する事はないだろう」

「そうかもしれないけど…………」

 ――――まさか、奏多は翔君の言う事を信じようとしているの?

 静華は困惑していた。
 奏多が翔の言葉を信じており、今からお散歩がてら手掛かりを探そうと言う話になっていく。

「ほ、本当に探すの?」

「あぁ。手がかりがなく、何も見つけられなかったのならそれまで。翔も諦めるだろう」

 ――――言葉で言っても意味はないから、実際に探して諦めさせるって事?

 それにしては、奏多の言葉には力が込められている。
 翔の言葉を信じているように思えてしまい、静華はなんとなく納得が出来ない。

 ――――私にはわからない。自分の都合のいいように言葉を発するのは、子供だろうと大人だろうと同じだと言うのに。

 会社で仕事を頼まれていた時、自分の都合のいいように言葉を吐かれ、無理やり押し付けられていた。
 人とは、自分の都合のいいように言葉を発し、騙す。

 それを実感して生きてきた静華は、子供であろうと翔の言葉は信じられなかった。

「わかった。でも、私には関係ないから、やるなら二人でやって」

「え、静華?」

 奏多に呼び止められるが、静華は廊下を進む足を止めない。
 翔も震える声で叫ぶ。

「僕、うそいってないもん!!!!!」

 涙声、必死の訴え。
 静華は下唇を噛み、耳を塞ぎ歩みを速めた。
 まるで、翔から逃げるように。自分の弱さから逃げるように。

 ――――ああぁぁ、うるさい。
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