翔君とおさんぽ

桜桃-サクランボ-

文字の大きさ
上 下
33 / 48
盛夏

悩み

しおりを挟む
 ここからは九尾もまざり、屋台を回る事になった。

 ――――ここって、お祭り……では無いのかな。

 弥狐は、お祭りに行ったことがない。
 だが、今静華達がいる場所は、お祭りという言葉以外では説明が出来ない。

 不思議に思い、翔と共に前を歩いている弥狐を見た。
 楽しそうに話している二人に割り込んでまで聞くようなことは出来ず、静華は言葉を飲み込む。

 だが、静華の心境を察した九尾が、酒瓶を揺らしながら静華に聞いた。

『何か、気になる事がありそうじゃのぉ。我慢せず、話してみるがよい』

「え、い、いえ……」

 突如、声をかけられたことにより戸惑い、思わず目を逸らしてしまう。

『まだ、我が怖いのかのぉ~』

「っ、い、いえ! そんなことはっ――……」

 悲し気に言われたため、思わず振り向き否定しようとすると、途中で言葉が詰まる。

 振り向くと、眼前には赤い瞳。
 顔を近づかせていたらしく、少しでも動けばぶつかってしまう。

 目を離せないでいると、腰に手を回され身動きすら封じ込められる。
 動かなければならないのに、動けない。

 顔が赤くなる感覚があり、恥ずかしい。

 ――――な、なんなのよ!!!

 目を閉じ離れようとすると、下から視線を感じた。
 見てみると、翔と弥狐の子供特有の大きな瞳と目が合った。

 それで頭が冷静になり、男性に顔を近づかれ、腰に手を回され動きを封じ込められている現状を把握。

 これは、傍から見たら勘違いされても仕方がない。
 顔がさっきより真っ赤に染まり、力いっぱいに九尾を押した。

「はーなーしーてーくーだーさーいー!!!!」

『いででででで!!! さすがに痛いぞ! やめてくれ!!』

 ――――なら離せよ!!!

 そんな攻防を繰り広げ、無事に解放された静華は、触れないように気を付けながら弥狐の後ろに隠れた。

『悲しいのぉ~』

『自身の行いをしっかり見つめ直してください』

 ――――弥狐君のおっしゃる通りです。

 じぃ~と、怪訝そうに見ていると、またしても落ち込んでしまった九尾。

 肩を落とし、悲痛な雰囲気を醸し出している九尾を見て、静華は本当にこの人があやかしの頂点に位置する立場の人なのか疑う。
 その視線の意味も九尾にはすぐわかり、さらに落ち込んでしまった。

『我だって、やる時はやる男なんじゃぞ……』

『そうですね。九尾様はやる時はやる男です。わかっておりますよ』

 ポンッと背中を叩き、慰めている弥狐の方がよっぽど大人に見える。
 静華は呆れつつ、翔の肩を掴んだ。

『それで、何を考えていたんじゃ、静華の少女』

 酒を飲み、気を取り直し聞いて来た九尾に、静華は「あー」と、弥狐を見た。

「ここには様々な屋台があり、提灯が飾られ、お祭りみたいな所。それなのに、弥狐君はお祭りを経験したことがないと言っていたので。それが少し気になっていました」

 素直に言うと、答えたのは弥狐ではなく、九尾だった。

『確かに、ここは人間世界では、お祭りみたいな場所ではあるのぉ』

 姿勢を整え、周りを見回した。
 静華も同じく、赤く光るお祭りの景色を見回す。

『じゃが、ここはあくまで、あやかし世界なんじゃよ。弥狐は、人間世界でのお祭りを経験したことがないんじゃ』

「見た通り、あまり変わりませんよ? 逆に、こちらの方が楽しめるような気がします」

 人は少なく周りやすい。屋台は様々、食べる系や遊ぶ系が沢山ある。
 雰囲気も綺麗で、人間社会では出せない艶やかさが醸し出されていた。

『見慣れている物と、見慣れない物。興味を持つのはどちらか、すぐにわかるじゃろう?』

「…………見慣れていない方、でしょうか?」

『そうじゃ。それに、弥狐は人間に触れる事が出来ぬ。憧れるのは無理がないじゃろう』

 ――――ないものねだりってやつかな。手に入れる事が出来ない物ほど、興味がわき、手に入れたいという気持ちが強くなる。

 そう思うと、静華は今までの自分もそんな感じだったのではないかと考え始める。

 ――――本物を見た事がない都会に憧れ、なれるかわからない作家という夢に縋って。

 今までの自身の行動を思い出し、馬鹿な事をしていたと嘲笑する。
 そんな静華を見て、九尾は狐面から覗き見える赤い瞳を細めた。

『主は何か、大きな悩みを抱えていそうじゃのぉ』

「っ、え」

 九尾に指摘され、静華は顔を上げる。
 狐面の表情は変わらないが、それでも微かに、心なしか笑っている、そう感じた。

『悩むのは悪い事ではない。大いに悩め、それが生き物には必要な事じゃ』

 ――――悩みが、必要な事?

「でも、悩みは思考を停止させます。人をマイナス思考へと引っ張ります。いい事ではないと思うのですが……」

『確かにそうかもしれぬな。じゃが、悩みがあるということは、それだけ物事に本気で向き合っているからだと思うんじゃよ。本気で向き合えない生き物は、今より前に進むことなど出来ん』

 九尾の言っている言葉の意味が理解出来ない。
 静華は首を傾げ、何とか理解しようとするが、どうしても言った通りに物事を捉える事が出来ない。

 再度問いかけようとするが、九尾が先に口を開いてしまった。

『ほれ、もうそろそろ時間じゃ。帰らんと、家の者が心配するのではないか?』

「え、今何時ですか!?」

『人間世界の計算だと、もう朝方になるじゃろうな』

 ――――え。

「や、やばいやばいやばい。絶対に怒られる。何も言わずに出てきてしまったし、絶対にお母さんに怒られる!!」

 頭を抱えその場にしゃがみ怖がっていると、翔が目を輝かせ指を差している。

 先を見ると、あるのは屋台。
 みたところ、くじ引きのようだ。

「やりたい!!!」

「……………………もう終わり!!!!!」

 弥狐にお願いして、泣きじゃくる翔をなだめながら実家へと帰った。

 案の定、お説教タイム。
 一時間以上正座をさせられ、静華は突如襲ってきた睡魔により、翔と共に次の日まで眠りについた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

覚悟はありますか?

翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。 「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」 ご都合主義な創作作品です。 異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。 恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...