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盛夏
健気
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「き、九尾の、狐?」
――――九尾の狐って、あやかしの中ではトップの存在。漫画やアニメとかでも重要人物として描くことが多い、あの、九尾の狐?
唖然としている静華を見下ろす九尾。
聞こえなかったのかと思い、もう一回自己紹介を始めた。
『聞こえなかったのかのぉ。我は――』
『安心してください、長。聞こえてはいると思います。ただ、事態が呑み込めていないだけです』
『む? そうなのか?』
『はい』
『ふむ。人間を理解するのは、やはり難しいのぉ』
あっけらかんと笑う九尾に、静華は何も言えない。
本当に、アニメとかで描かれる九尾の狐なのか。
それとも、人間の理想が強く現れてしまっただけで、実際の九尾の狐は適当なのか。
何も言えずポカンとしていると、手を下から引っ張られる。
向くと、翔が不安そうに見上げていた。
「あっ。だ、大丈夫だよ、翔君。怖くないよ」
しゃがみ、目線を合わせるが、翔から不安そうな顔は消えない。
目線をさ迷わせ、九尾を見上げている。
『おやおや、子供は感受性が高いと聞いてはおったが、まさか我の気配を感じ取っておるのかのぉ~』
――――ヒュッ
気配も何も感じないまま近付かれ、後ろから腰に手を回される。
体に触れる冷たい手、耳元に聞こえる息遣い。
恐怖と驚きで声が出ず、浅く息を吸う。
視線だけを横へ向けると、狐面が視界に入る。
目元部分はくり抜かれているらしく、赤い瞳が微かに見えた。
その赤い瞳は、静華の奥の、さらに奥を見据えているよう。
静華は息する事すら出来ない。
体を少しでも動かせば、命を刈り取られる。
「だ、だめ!!!!」
『おっと…………およ?』
翔が、九尾を離させようと手を振りかぶり、叩こうとした。
それ見た瞬間、静華の身体に水がかぶったような冷たい感覚が走り、顔を青くする。
「か、翔君! 何をしているの!?」
叫ぶのと同時に体に触れていた手が緩む。
直ぐに動き、翔の手を掴み、「やめなさい」と怒った。
だが、その時、後悔した。
翔は、涙を目元の縁にため、泣かないように我慢している。
それでも、眉を吊り上げ、力強く九尾を見上げ続けていた。
――――な、なに? なんで、そんな表情を浮かべているの?
困惑していると、翔が静華を守るように九尾と静華の間に立ち、両手を広げた。
「お、おねえちゃんを、守る!!!」
今にも涙が溢れ、泣き出しそうな翔が、大きな声で宣言。
――――体、震えてる。自分も怖いはずなのに、私を全力で守ろうとしてくれているんだ。
茶色の瞳を揺らし、九尾を見上げる翔は、誰よりも頼もしくて、静華も思わず目じりが熱くなる。
こんな小さな体で、自分より大きな男に立ち向かう翔の背中は、今の静華の心に深く突き刺さり、きゅっと締め付けられる。
健気な姿を見た九尾は、腰に酒瓶を引っかけ、狐面に手を当てた。
動き出したことで翔の肩はピクッと動く。
それでも逃げようとはせず、動かない。
『いやぁ、これは駄目じゃのぉ、健気すぎる。おじいちゃん、涙が出てしまうわ』
言いながら、九尾は狐面を外した。
その表情は、おじいちゃんなどではまったくない。
白銀が風で揺れ、キラキラと赤い提灯により光る。
つり上がっている赤い瞳は、優し気に細められていた。
肌は白く、頬には、人間に擬態していない時の弥狐みたいに、赤い模様が髭のように入っていた。
ものすごく美しく、儚い。
触れてしまえば、今にも消えてしまいそうな容姿、空気感に二人は言葉を失った。
『おやおや? さっきまでの威勢はどうしたんじゃ?』
ニヨニヨと二人を小馬鹿にするような笑みを浮かべた九尾は、さっきまでの儚さは消え去り、子供のよう。
呆けている翔は、今の言葉でハッとなり、身を引き締めた。
眉を吊り上げ、静華を守る。
そんな翔の隣に、弥狐が移動して来た。
『大丈夫だ、翔。この人は、ただ子供らしいところがあるだけで、本当に何もしない。ただ、相手が困っているのを見るのを楽しんでいる、呆れた大人なのだ』
『呆れた、大人…………。それはさすがに言い過ぎじゃろうが……』
弥狐の言葉に涙を浮かべ、九尾が唇を尖らせた。
『静華もすまぬな。この人は、絶対に人やあやかしを傷つけない。そこだけは信じてほしい』
「わ、わかった……」
それでも、警戒を解くことが出来ない。
やはり、まだ最初の雰囲気に呑まれているのだろう。
翔も同じらしく、後ろにいる静華を見上げ、不安そうに眉を下げた。
「おねえちゃん、大丈夫?」
「うん、守ってくれてありがとう、翔君」
頭を撫でると、翔は安心したように満面な笑みを浮かべ、大きな声で「うん!!」と頷いた。
『さてさて、気を許してくれたところで、何をしていたのか聞いても良いかのぉ』
また狐面で顔を隠した九尾が、問いかけた。
翔は弥狐と目を合わせ、にんまりと笑う。
「あれ!!!」
指さしたのは、ヨーヨーつりの屋台。
九尾が見ると、タコの主が手を振り『遊んで行かないか』と誘っている。
『ほう、楽しいそうじゃなぁ。やって来い』
九尾の言葉に、翔と弥狐が「『わーーーい』」と喜んだ。
――――九尾の狐って、あやかしの中ではトップの存在。漫画やアニメとかでも重要人物として描くことが多い、あの、九尾の狐?
唖然としている静華を見下ろす九尾。
聞こえなかったのかと思い、もう一回自己紹介を始めた。
『聞こえなかったのかのぉ。我は――』
『安心してください、長。聞こえてはいると思います。ただ、事態が呑み込めていないだけです』
『む? そうなのか?』
『はい』
『ふむ。人間を理解するのは、やはり難しいのぉ』
あっけらかんと笑う九尾に、静華は何も言えない。
本当に、アニメとかで描かれる九尾の狐なのか。
それとも、人間の理想が強く現れてしまっただけで、実際の九尾の狐は適当なのか。
何も言えずポカンとしていると、手を下から引っ張られる。
向くと、翔が不安そうに見上げていた。
「あっ。だ、大丈夫だよ、翔君。怖くないよ」
しゃがみ、目線を合わせるが、翔から不安そうな顔は消えない。
目線をさ迷わせ、九尾を見上げている。
『おやおや、子供は感受性が高いと聞いてはおったが、まさか我の気配を感じ取っておるのかのぉ~』
――――ヒュッ
気配も何も感じないまま近付かれ、後ろから腰に手を回される。
体に触れる冷たい手、耳元に聞こえる息遣い。
恐怖と驚きで声が出ず、浅く息を吸う。
視線だけを横へ向けると、狐面が視界に入る。
目元部分はくり抜かれているらしく、赤い瞳が微かに見えた。
その赤い瞳は、静華の奥の、さらに奥を見据えているよう。
静華は息する事すら出来ない。
体を少しでも動かせば、命を刈り取られる。
「だ、だめ!!!!」
『おっと…………およ?』
翔が、九尾を離させようと手を振りかぶり、叩こうとした。
それ見た瞬間、静華の身体に水がかぶったような冷たい感覚が走り、顔を青くする。
「か、翔君! 何をしているの!?」
叫ぶのと同時に体に触れていた手が緩む。
直ぐに動き、翔の手を掴み、「やめなさい」と怒った。
だが、その時、後悔した。
翔は、涙を目元の縁にため、泣かないように我慢している。
それでも、眉を吊り上げ、力強く九尾を見上げ続けていた。
――――な、なに? なんで、そんな表情を浮かべているの?
困惑していると、翔が静華を守るように九尾と静華の間に立ち、両手を広げた。
「お、おねえちゃんを、守る!!!」
今にも涙が溢れ、泣き出しそうな翔が、大きな声で宣言。
――――体、震えてる。自分も怖いはずなのに、私を全力で守ろうとしてくれているんだ。
茶色の瞳を揺らし、九尾を見上げる翔は、誰よりも頼もしくて、静華も思わず目じりが熱くなる。
こんな小さな体で、自分より大きな男に立ち向かう翔の背中は、今の静華の心に深く突き刺さり、きゅっと締め付けられる。
健気な姿を見た九尾は、腰に酒瓶を引っかけ、狐面に手を当てた。
動き出したことで翔の肩はピクッと動く。
それでも逃げようとはせず、動かない。
『いやぁ、これは駄目じゃのぉ、健気すぎる。おじいちゃん、涙が出てしまうわ』
言いながら、九尾は狐面を外した。
その表情は、おじいちゃんなどではまったくない。
白銀が風で揺れ、キラキラと赤い提灯により光る。
つり上がっている赤い瞳は、優し気に細められていた。
肌は白く、頬には、人間に擬態していない時の弥狐みたいに、赤い模様が髭のように入っていた。
ものすごく美しく、儚い。
触れてしまえば、今にも消えてしまいそうな容姿、空気感に二人は言葉を失った。
『おやおや? さっきまでの威勢はどうしたんじゃ?』
ニヨニヨと二人を小馬鹿にするような笑みを浮かべた九尾は、さっきまでの儚さは消え去り、子供のよう。
呆けている翔は、今の言葉でハッとなり、身を引き締めた。
眉を吊り上げ、静華を守る。
そんな翔の隣に、弥狐が移動して来た。
『大丈夫だ、翔。この人は、ただ子供らしいところがあるだけで、本当に何もしない。ただ、相手が困っているのを見るのを楽しんでいる、呆れた大人なのだ』
『呆れた、大人…………。それはさすがに言い過ぎじゃろうが……』
弥狐の言葉に涙を浮かべ、九尾が唇を尖らせた。
『静華もすまぬな。この人は、絶対に人やあやかしを傷つけない。そこだけは信じてほしい』
「わ、わかった……」
それでも、警戒を解くことが出来ない。
やはり、まだ最初の雰囲気に呑まれているのだろう。
翔も同じらしく、後ろにいる静華を見上げ、不安そうに眉を下げた。
「おねえちゃん、大丈夫?」
「うん、守ってくれてありがとう、翔君」
頭を撫でると、翔は安心したように満面な笑みを浮かべ、大きな声で「うん!!」と頷いた。
『さてさて、気を許してくれたところで、何をしていたのか聞いても良いかのぉ』
また狐面で顔を隠した九尾が、問いかけた。
翔は弥狐と目を合わせ、にんまりと笑う。
「あれ!!!」
指さしたのは、ヨーヨーつりの屋台。
九尾が見ると、タコの主が手を振り『遊んで行かないか』と誘っている。
『ほう、楽しいそうじゃなぁ。やって来い』
九尾の言葉に、翔と弥狐が「『わーーーい』」と喜んだ。
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