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盛夏

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 ――――絶対に届かなくて泣くパターンだね。

 呆れつつ、止める事はしない。
 泣いても慰めればいいかと、静華は見届ける事にした。

 翔の瞳は、獲物を目の前にした鷹。
 鋭く光り、獲物を離さない。

 弥狐は眉を吊り上げ、当たるように影ながら祈る。

 緊張の糸が伸びる中、翔は狙いを定め、思いっきり輪ゴムを引っ張り、離した。

 ――――シュッ!!

 放たれた輪ゴムは、真っすぐに狙った袋菓子へと向かう。
 このまま当たる――――そう思ったが、途中で減速。
 静華の予想通り、届かず石畳へと落ちてしまった。

 泣くか、と思い翔を見る。

 ――――あー、やっぱり……。

 今にも涙が溢れ出そうになっていた。
 まだ一回目、チャンスは五回ある。

 それでも、全く届いていないため、何回やっても意味はないだろう。
 そう思い、静華は諦めるように諭そうとした。

「かけっ──」

『翔よ、我の真似をしてみるのだ』

 静華が言うより先に、弥狐が動き出した。
 隣に移動し、自身の真似をするように伝える。

 キョトンと目を丸くしつつ、目の縁に溜まった涙を拭い、目の端を吊り上げ頷いた。
 すぐに構え直し、輪ゴムを手に取る。

『まずは――……』

 そこからは、コツなどを伝えながら見せた。
 触れる事が出来ないからうまく伝える事が出来ていないが、それでも諦めずに言葉と手つきで教え続ける。

 徐々に様になっていく翔の構え、力の込め方もわかってきた。

『うむ。あとは全力でやってみよ』

「うん」

 その場から離れると、翔は狙いを袋菓子に向ける。

 構えは言われた通りに、重心も左右均等に。
 強く輪ゴムを引っ張り、狙いを定めた。

 グググッと引っ張ると、数秒の間止め、離す。

 ――――シュッ

 先程とは勢いが違う。
 真っすぐ、狙った袋菓子へと向かい、命中。
 ガサッと音を立て、下に落ちた。

 景品としてゲットでき、馬の主は袋菓子を持ち翔へと渡した。

『はい、おめでとう』

 唖然として受け取る翔。
 隣に立つ弥狐を見て、翔はやっと事態を把握。

 目をキラキラと輝かせたかと思うと、両手を広げ大きく喜んだ。

「やっったぁぁぁぁぁあ!!!!!」

「やったね!! 翔君!」

「うん!!」

 静華と一緒に喜び、翔の頭を撫でる。

 ――――多分だけど、お菓子が取れた喜びより、出来たという気持ちの方が嬉しいんだろうなぁ。

 絶対に無理だと諦めていた静華だったが、コツ一つで出来るようになるなんてと、笑みを浮かべ二人を見た。

 翔は大喜びで袋菓子を抱きしめ、弥狐は当たり前だろうというような表情を浮かべ、腕を組んでいた。

 弥狐は、翔なら絶対に出来る。
 そう思い、コツを教えた。

 出会ったばかりのはずなのに、心から信じて疑わない。
 純粋な二人を見て、静華は素直に凄いと心のうちで思う。

 ひとしきり喜び合うと、二人はまた違う屋台を目指し始めた。

 静華も直ぐに着いて行くと、二人の向かった先には、ヨーヨーつりの屋台があった。

 ――――そう言えば、実家でやってたヨーヨーつりって勝負がついたのだろうか。

 家でも勝負をしていたが、途中奏多が焼きそばを作り出したため、それに気を取られ中断となっていた。
 その事を思い出し、静華は前を歩く二人を見た。

『へい、らっしゃい!! おっ、弥狐の餓鬼じゃねぇか』

 屋台に立っているのは、見た目は普通の人間。だが、足が八本。

 ――――た、タコ?

 足元に目を向けると、うねうねの赤い触手が動いている。

『餓鬼っていうのはやめてって言っているだろう。タコのおっちゃん』

『なら、俺の事もおっちゃんではなく、お兄さんと呼べ!』

「おっちゃんはおっちゃんだ』

『なら、餓鬼は餓鬼だ』

 弥狐の頭をガシガシと荒っぽく撫でるタコ。
 手は普通の人間なため、上半身だけで見れば仲の良いおじさんと子供。

 和やかな雰囲気に、静華は思わず笑みがこぼれる。
 翔も混ざりたいと思い、ウズウズしていた。

「行っておいで」

「うん!!」

 翔の荷物を受け取ると、弥狐の隣まで駆けだした。
 すぐに弥狐が翔に気づき、話の輪に入れる。

 すぐに馴染んでいる翔を見て、静華は羨望の眼差しを送った。

 ――――すごいなぁ、翔君。こんな、よくわからない所でもあんなにすぐ馴染むことが出来るなんて。

 静華は、まだ戸惑っている。
 人間は自分達だけで、他はみんな化け物。

 みんな優しくて、怖くない。
 そう思いたくても、やっぱり何をされるのかわからない恐怖があり、迂闊に動けない。

 そんな時、後ろから肩を叩かれた。

「ひゃぁぁぁぁぁあ!!」

 バッと後ろを振り向くと、狐の面を付けた、奏多より大きな男性が片手に酒瓶を持ち立っていた。

『見ない顔じゃと思ったら、主、人間か?』

 見た目は、狐面以外は普通の人間。
 深緑色の着物に、銀髪。

『なんじゃ、こたえられんのか? 口は、あるのぉ。なら、声を出す事が出来ないという事かのぉ?』

 下駄を履いており、カラカラと静華と距離を詰め、顔を寄せる。
 身長があり、狐面に顔を近づかれ、静華は圧により恐怖で体から力が抜けてしまった。

 その場にへたり込んでしまった静華を見て『おやぁ?』と、同じく男性もしゃがむ。
 後ろに下がり逃げようとする静華を見て、狐面の男は顎に手を当てどうしようか考える。

 すると、弥狐がやっと静華の異変に気付き、狐面の男と静華の間に割って入った。

『――おさ

『お~、弥狐ではないかぁ~。久しぶりじゃのぉ。人間世界はどうじゃったかのぉ~』

 ヘラヘラと弥狐を見上げた狐面の男。
 そんな男に弥狐は頭を抱えた。

『長……。ひとまず、名乗りましょうよ。静華と翔が怖がっております』

 弥狐が言ったことで、狐面の男はやっと静華が自分を怖がっているとわかったらしい。
 後ろでは、カタカタと体を震わせている翔も目に映る。

『おっと、怖がっておったのか。それはすまんのぉ~』

『よっこいしょ』と立ち上がり、酒瓶を傾け呑む。
 口元を拭き、高らかに自己紹介を始めた。

『驚かせてしまってすまんのぉ~。ワシは、このあやかしの世界を作った長、九尾の狐じゃ。よろしゅう頼むな、人間よ』

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