翔君とおさんぽ

桜桃-サクランボ-

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盛夏

輪ゴム鉄砲

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「な、なに、これ」

 狐の窓から覗く景色は、赤い提灯が続く石畳。
 左右にはお祭りのように屋台が続いている。

 それだけではなく、明らかに人間ではない生き物達が楽し気に、当たり前のように歩いていた。

 手には、林檎飴やわたあめ。
 子供のように思える小さな生き物は、顔にお面をつけたり、ヨーヨーで遊んでいる。

 見た事がない光景に茫然としていると、弥狐が狐の窓の中で動き出し、何かを裾から取り出した。

『窓を作り出すのも大変だろう。ちょっと待っておれ』

 視線だけで弥狐を追いかけると、真っ黒なマントに身を包んでいる人が視界に入った。

 ――――ビクッ!!

 顔は目深にかぶっている黒い帽子で見えない。
 でも、袖から見える獣のような手で、人間ではない事だけは明らか。

 言葉を失っていると、弥狐が裾から出した切符のような物を渡す。
 それを黒い人物は受け取り、確認。頷くと、切符を切るような動きを見せた。


 ――――カチッ


 切符を切った瞬間、体に痺れるような感覚が走り、思わず身震いしてしまった。
 同時に弥狐が振り向き、満面な笑みを向ける。

『もう、窓が無くてもこの景色を楽しむことが出来るぞ』

 言われた通り、翔と共に狐の窓を下ろすが、弥狐の言う通り景色は変わらない。
 人が作ったお祭りの景色とはまた違い、赤く光る道は今も静華と翔の目に映り続ける。

 動物が人間のように歩いていたり、体の一部が獣のようになっていたり。
 人間のように見える人をずっと見ていると、一瞬だけあらぬところから口みたいなものが開いたり。目がギロギロと周りを見たりと。

 今、目の前で広がっている世界は、まるで小説の世界。
 人間では無いナニカ。それは、人によって呼び方は違う。

 怪異、化け物、物の怪。
 様々な呼び方をされる。

 そんな、非現実的な世界に静華が名前をつけるのなら、そのまま、あやかしの世界。
 そんな世界に迷い込んでしまったのかと、静華は唖然としてしまった。

 後ろを振り向くが、もう田舎道はない。
 前も後ろも同じ景色。

「これは…………」

『ここは、我を拾ってくれた世界なのだ。ここには、人がいない』

「え、私や翔君が入って大丈夫なの?」

『そのための切符だ』

 ――――さっき渡していた物かな。

 狐の窓から覗き見た光景を思い出す。
 あの時に、人間である静華と翔の侵入を許可してくれたらしい。

『さぁ、楽しもうぞ』

 先程まで凛々しく、大人のような表情を浮かべていた弥狐だったが、今は子供のような無邪気な笑顔。

 朱色の瞳が輝き、赤い世界に溶け込んで行く。

 ――――このまま、弥狐君と共に行ってもいいのだろうか。

 不安に思っていると、手を翔に掴まれてしまった。
 下を向くと、茶色の大きな瞳が前を見ていて、輝かせている。

「お姉ちゃん!! 行こう!!」

 子供の割には強い力で引っ張られ、静華は転ばないように気を付けながら「待って!」と追いかける。

 静華達が動き出したことに気づき、弥狐は笑みを浮かべながら案内を始めた。

『翔!! こっちに面白いものがあるぞ!』

「行く行く!!」

 手を放そうとした翔の手を掴み直し、静華もついて行く。
 向かった先には、一つの屋台。

「これって、射的?」

 だが、台に置かれているのは輪ゴム鉄砲。
 安全面も考えての事なのだろうかと考えていると、カウンターに立っていた馬の顔をしている主が声をかけてきた。

『おやおや、君は人間かい? 弥狐に触れてはいけないよ、危ないからね』

『もうそれは伝えておるから問題ないぞ。それより、人間でも嬉しいような景品はあるか?」

『あるよぉ~』

 当たり前のように弥狐と馬の主が話す。
 体を強張らせながらゴソゴソと動き出した馬の主を見る。

 静華が見ていると、人間世界にもあるお菓子や、ぬいぐるみが棚に並び始めた。
 元々あったものは、何かの骨とか、怪しい液体とかだったから、入れ替えてくれるのは正直嬉しい。

 何が置かれるのかとワクワクしながら待ち続ける。
 それは、翔も同じ。

 歓喜の声を上げながら腕をブンブンと振り回し、早く早くと言いたげに待ち続けた。

 置かれていくのは、可愛い白い兎のぬいぐるみだったり、お菓子の詰め合わせ。
 他にもロボットや、福袋のような小袋まで。

 景品を入れ替えた馬の主は一息吐くと、輪ゴム鉄砲を翔と静華に渡した。

『どうぞ』

「あ、ありがとうございます」

 素直に受け取り、台に置かれている輪ゴムを見る。

 ――――輪ゴムは全部で六発分か。一つでも景品に当たると嬉しいなぁ。

 そんな事を思い構えようとすると、翔が輪ゴム鉄砲に四苦八苦している様子が目に入った。

「あ、翔君。これは、こう持つんだよ」

 と、翔の小さな手を掴み教えてあげる。
 その隣では、弥狐も輪ゴム鉄砲を受け取り構えていた。

 構えが形になっており、ドラマや映画を見ているような感覚になる。

 ――――持っているのは輪ゴム鉄砲なのに、本物の拳銃を持っているかのようにかっこいいなぁ。

 思わず見惚れてしまう。
 それは翔も同じで、二人で見続けた。

 そんな視線など感じていないかのように弥狐は動かない。
 狙いを定め、集中力を高める。

 数秒、間を置いたかと思うと――……

 ――――パンッ!!

 輪ゴム鉄砲から放たれた輪ゴムは、真っすぐ兎のぬいぐるみまで跳び、落ちた。。

 一発、寸分の狂い無く打ち抜いた。
 翔と静華は、あまりに綺麗だったため言葉を失い驚愕。

『――――ふぅ。ゲットだな』

『さすが弥狐だな。いつも見惚れてしまう』

 馬の主は快楽に笑い、白い兎のぬいぐるみを渡す。
 素直に受け取ったかと思うと、弥狐は翔を見てニヤリと笑った。

『ここでも勝負をするか? 翔』

 挑むように言われた翔だったが、さすがに先ほどの光景を見た後ではすぐに頷けないだろう。
 負けるのは目に見えている。

 また泣いてしまうかと思い、ひやひやしながら翔を見下ろすと、その不安は一瞬のうちに消えた。

「やる!!! 僕もまけない!!」

 元気いっぱいに言い切った翔は、静華に教えてもらった構えを取り、景品を見た。
 何を狙うか見定めているらしい。

 目をさ迷わせていると、一つに目が留まる。
 それは、輪投げの時に取れなかった、翔が大好きな袋菓子。

 静華が翔の目線を追うと、その袋菓子が目に入る。
 あれを狙うだろうなと思いながらも、あるのは一番高い棚。狙うのは難しいし、届くかもわからない。

 ――――あれは、さすがに難しんじゃないかな。

 見つめている翔は、覚悟を決めたように眉を吊り上げ、しっかりと輪ゴム鉄砲を構えだした。
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