翔君とおさんぽ

桜桃-サクランボ-

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夏めく

憎悪

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「うわぁぁぁあ!!」

『惜しかったなぁ』

 放たれた輪っかは、狙いより少しだけ右に逸れ、弾かれてしまった。
 違う景品に引っかかる事は出来たが、狙ったお菓子をゲット出来なかった翔は大泣き。

 弥狐が隣で慰めているが、声は届いていない様子。
 美鈴が翔を抱きかかえ、あやしてあげるとやっと落ち着いた。

 端の方では、焼きそば片手に立っている奏多と静華がマイペースに見ていた。

「あんなに本気にならなくても、後でみんなで食べれるのにね」

「悔しい気持ちもあるんだろうな。弥狐はゲット出来たのに、自分は出来ないって」

「へぇ、負けず嫌いなんだ」

「お前も一緒だろ」

「え?」

 ピタッと、焼きそばを食べる手が止まる。
 奏多はそのまま食べ続けながら、見上げて来る静華を横目でチラッと見た。

「だって、お前も餓鬼の頃、よく俺と勝負して負けて、泣いてたじゃん」

「なっ!! そ、そんなことないし!! 泣いてないし!」

「いやいや、泣いていただろう。かけっこも、折り紙でも。うまく作れなくて泣いて、おばさんを困らせていただろう」

 ケラケラ笑いながら言う奏多に、静華は顔を赤くして頬を膨らませる。
「もう知らない!」と、焼きそばを怒りながら頬張った。

 不貞腐れながら焼きそばを食べている静華を見て、奏多は目を細め、ボソッと呟いた。

「…………今も、負けず嫌いなところあるよな」

「え、さすがにないよ。今は…………」

 奏多の言葉は、静華に届いており、さすがに否定。
 目を逸らし、焼きそばを食べる手を止める。

 ――――本当に負けず嫌いでやる気のある人なら、今私はここにいないわけだし。

 仕事もまだ続けている。
 小説家としての道も諦めない。

 顔を俯かせてしまった静華に、奏多は片眉を上げる。

「…………なぁ、静華はまだ小説書いているのか?」

「――っ」

 いきなり小説の話題を振られ、驚くあまりすぐに答えられなかった。

「…………か、いてない、よ」

「え、そうなのか? 書いてないのか……」

 ――――な、なんでそんなに残念そうなの。私が小説を書いていようが書いていなかろうが、奏多には関係ないじゃん。

 今の会話と、奏多の表情を見て、胸の中に納まっていた黒いナニカがあふれ始める。
 静華の、胸の奥に収め蓋を閉めていた感情嫉妬心が徐々に姿を表す。

 だが、ここで出してはいけない。
 ここで、あふれ出しては楽しい空気が台無しとなる。

 そう言い聞かせ、何とか抑える。
 だが、そんな静華の心情など知らない奏多は、追い打ちをかけるように小説の話を続けた。

「俺、お前の登場人物好きだからさ」

 ――――やめて、そんな事言わないで。

「凄いキャラに力込めているだろ、お前」

 ――――やめてよ、それ以上小説についての話をしないで。

「だからさ、今度お前の小説の登場人物をかきっ――……」


 ――――お願いだから、もう……。


「――――うるさい」

 静華の口から放たれたのは、憎悪が込められた一言。
 地を這うように重く、心臓を締め付けるような強い憎しみが込められていた。

 奏多は誰の声なのか、何が起きたのか。
 すぐに理解ができず、ゆっくりと静華を見た。

 ――――これ以上小説の話をしないで。

 ――――これ以上私を惨めにしないで。

 ――――これ以上私を馬鹿にしないで。

「静華…………?」

 奏多が名前を呼ぶが、静華は答えない。
 顔を俯かせ、黒髪がさらっと落ちる。

「…………貴方は、昔からの夢を叶えていて、楽しいよね」

「え、静華?」

 これ以上は出してはいけない。
 これ以上はただの八つ当たり。

 わかっていても、一度口から出た言葉は変えられず、止まらない。

「昔からイラストを描いていてさ、私と同じ時期に夢を持ってさ。それで、今はイラストレーターとして成功している。良かったじゃん、努力が実ってさ」

「なっ、なんだよ、その言い方」

 静華の言い分に、奏多もカチンと頭にきて、言い返す。

「ずっと、絵を描いて、他には何もしなくていいなんて。羨ましいよ」

 静華の言葉は、まるで奏多を見ていない。
 努力も、苦しく、辛かったことも。

 全てから目を逸らし、身勝手に言い放つ。

「私なんて、仕事で小説すらかけない状態で。ご飯を食べる余裕も、寝る時間もない。そんな生活で、大好きな小説を読むことすら出来ない。そんな生活の中で、貴方は自分の成功を私に送ってさ」

 どす黒い感情が溢れ、思ってもない言葉が口から出る。

「私はもう、筆を折ったの。もう、書けない。私は、書いてはいけないの。もう、夢も何もない。私は、もう書けないの!!」

 顔を上げ、叫ぶように奏多へ感情のままに言葉をぶつけた。
 手に持っていた焼きそばが地面に落ち、紙皿は強く握られ皺が寄る。

 視界は涙で歪み、眉間には深い皺が刻まれていた。

 悲しいのか、怒りなのか。
 それともまた違った感情なのか。

 静華は言葉に出来ない、あふれ出る感情を抑える事が出来ず、奏多を睨み続けた。

 何か言い返したいが、奏多は静華の瞳に押され、言葉が出ない。

 静華の悲痛の叫びは、周りにいる人達にも聞こえてしまった。
 何があったと、視線を集める。

「…………ごめん」

 謝ると、静華は誤魔化すように視線を離し、その場から歩き去る。
 姿が完全に見えなくなっても、奏多はその場から動けない。

 何があったのか美鈴は、奏多へと問いかけた。

「それが、小説の話を始めたら急に…………」

「小説? 小説の事で、なんで…………」

 二人はなぜ静華があそこまで怒り出してしまったのかわからない。
 そんな時、翔と弥狐は顔を見合せ、何を思ったのか奏多達には何も言わずにその場からいなくなった。

「あ、あれ、翔君、弥狐君……?」

 美鈴が二人がいなくなった事に気づき、奏多も周りを見るが姿を確認出来ない。

「また、あの子達……」

 すぐに美鈴が探しに行こうとするが、それを奏多が止めた。

「今は、二人に任せましょう。俺も、頭を冷やすために、一度家に帰ります」

 掴んだ美鈴の手首を離し、奏多は「また明日、片づけに来ます」と言い残し、帰ってしまった。
 残された美鈴は、眉を下げ屋台を見る。

「…………せっかく、作ったのに」

 クレープの屋台の隣には、袋に入った花火が沢山、寂しそうに風で揺れていた。
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