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夏めく
しがらみ
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実家に帰り、静華は習慣となっている夜の読書を楽しんでいた。
もう、五冊以上は読み終わり、今は六冊目の途中。
でも、もう読み終わる直前。
小説を読んでいる時、次は、次は、と。
展開が気になり、勝手に妄想しながらも読み進める。
早く、続きを読ませて。早く、結末を教えて。
そのような気持ちが湧いてくる。
だが、いざ読み終わると、終わってしまったという虚しさが心を襲う。
だから、小説が読み終わりそうになると「まだ、まだ終わらないで」と願うばかり。
今日も、最後まで読んでしまい、面白かったという幸福感に包まれるのと同時に襲い掛かる虚しさに、テーブルに顔を付け項垂れた。
「あーー、読み終わってしまってしまったぁ~」
――――すごい面白かったなぁ。もっと、この世界観に没頭していたかった。
そんな事を思っていても、今読んでいる小説はシリーズものではない。
作者追いは出来るが、そうではない。
この作者が書いた、この作品が面白いのだ。
もちろん、他の作品も、同じ作者であれば雰囲気や空気感が似ている。
それでも違うのだと、静華はなぜか自問自答していた。
だが、このような事をしていても意味はない。
顔を上げ、読み終わった本の表紙を見て、紙袋に入れる。
次は何を読もうとまさぐっていると、耳に温かく優しい鈴の音が聞こえた。
顔を上げると、部屋の隅には今日出会った弥狐が、目元に布を張り付け微笑みながら立っていた。
布のせいで、せっかく綺麗な朱色の瞳が見えない。
澄んでいる空気に包まれ、この場の空気自体が浄化されるような感覚になる。
公園で翔と遊んでいた弥狐の姿とは大きく異なり、静華は動くに動けない。
――――な、なんで部屋に。というか、いつ入ったの?
疑問、困惑、焦り。
空気感が静華の思考を鈍らせる。
『いきなり来てしまってすまない。少々、気になることがあってね』
「な、なに?」
歩いているはずなのに、足音一つしない。
空気も揺れず、本当に歩いているのかわからない。
だが、確実に近付いてはいる。
怖くはない、逃げようとも思わない。
唖然としていると、弥狐はもう目の前。
静華の目には、柔和な笑みを浮かべている弥狐が映る。
目線を合わせるようにじゃがみ、顔をズイッと近づかれる。
動けずにいると、弥狐は触れない程度に手を伸ばし、頬に触れるふりをする。
『君は今、悩んでいる。しがらみに囚われている』
「し、がらみ?」
いきなり、予想もしていなかったことを言われ、思わず同じ言葉を返す。
『過去のしがらみだ。ここに来たのはいい判断。素直になるがいい。皆、主の味方になろう』
それだけ言うと、弥狐は口を静華の耳元に寄せた。
『――――何があっても、自分に素直になるのだぞ』
――――バッ!
咄嗟に顔を横に向けるが、そこにはもう誰もいない。
またしても痕跡一つ残さず、いなくなってしまった。
「…………な、何だったの……?」
※
「ふぁぁぁぁぁああ……」
「眠そうだな。小説に没頭し過ぎたのか?」
日課のお散歩していると、隣で歩いていた奏多が欠伸を漏らす静華を横目に問いかけた。
「んー、なんか、夢のようなものを見たような気がして……」
「夢のような物って、それは夢だったんじゃないか?」
「そうだと思うんだけど、リアル過ぎて……」
そんなことを話し、また欠伸を零す。
涙を拭いていると、翔が振り返った。
「今日もヤコに会いたい!」
翔が宣言した時、奏多は「はいはい」と疑いなく頷く。
だが、隣では肩をピクッと上げ、気まずそうな表情を浮かべた静華。
「どうした?」
「い、いやぁ……」
「あはは」と誤魔化しつつ、静華は翔の元に歩き出す。
隣に立ち手を繋ぎ、奏多を置いて進み続ける。
何だろうと奏多は首を傾げるが、ここで考えていても仕方がない。
二人と離れないようにしなければならないため、少し歩行を早め追いつく。
翔を先頭に歩いていると、森に囲まれた公園に辿り着いた。
ブランコには、白銀を靡かせ座っている少年、弥狐の姿。
ブラブラと足を揺らし、楽しんでいた。
「ヤコー!!」
翔が声をかけると、弥狐は気づき顔を上げた。
昨日、静華の前に現れた弥狐は目元を隠していたが、今は朱色の瞳が露わとなっている。
澄んでいる、綺麗な瞳。
その瞳には、何が映っているのか。何を映しているのか。
昨日の出来事が頭の中に蘇り、静華は弥狐と目を合わせる事が出来ない。
変な様子の静華を気にせず、翔は駆け寄り、弥狐もブランコから立ち上がる。
翔が両手を広げ抱き着こうとしたが、弥狐はひらりと躱した。
それにより、バランスを崩してしまい翔は転ぶ。
「え……」
柔らかい土の上に転んだため、怪我はない。
何故避けられたのかわからず、痛みより驚愕が勝り顔を上げ目を丸くした。
見上げて来る翔の顔を覗き込み、弥狐は笑みを浮かべた。
『我は人に触れる事が出来ぬ。悪いな、翔よ』
「――――あっ!!」
やっと思い出し、翔は立ちあがる。
「ごめんね」と謝り、二人は遊び出した。
もう、五冊以上は読み終わり、今は六冊目の途中。
でも、もう読み終わる直前。
小説を読んでいる時、次は、次は、と。
展開が気になり、勝手に妄想しながらも読み進める。
早く、続きを読ませて。早く、結末を教えて。
そのような気持ちが湧いてくる。
だが、いざ読み終わると、終わってしまったという虚しさが心を襲う。
だから、小説が読み終わりそうになると「まだ、まだ終わらないで」と願うばかり。
今日も、最後まで読んでしまい、面白かったという幸福感に包まれるのと同時に襲い掛かる虚しさに、テーブルに顔を付け項垂れた。
「あーー、読み終わってしまってしまったぁ~」
――――すごい面白かったなぁ。もっと、この世界観に没頭していたかった。
そんな事を思っていても、今読んでいる小説はシリーズものではない。
作者追いは出来るが、そうではない。
この作者が書いた、この作品が面白いのだ。
もちろん、他の作品も、同じ作者であれば雰囲気や空気感が似ている。
それでも違うのだと、静華はなぜか自問自答していた。
だが、このような事をしていても意味はない。
顔を上げ、読み終わった本の表紙を見て、紙袋に入れる。
次は何を読もうとまさぐっていると、耳に温かく優しい鈴の音が聞こえた。
顔を上げると、部屋の隅には今日出会った弥狐が、目元に布を張り付け微笑みながら立っていた。
布のせいで、せっかく綺麗な朱色の瞳が見えない。
澄んでいる空気に包まれ、この場の空気自体が浄化されるような感覚になる。
公園で翔と遊んでいた弥狐の姿とは大きく異なり、静華は動くに動けない。
――――な、なんで部屋に。というか、いつ入ったの?
疑問、困惑、焦り。
空気感が静華の思考を鈍らせる。
『いきなり来てしまってすまない。少々、気になることがあってね』
「な、なに?」
歩いているはずなのに、足音一つしない。
空気も揺れず、本当に歩いているのかわからない。
だが、確実に近付いてはいる。
怖くはない、逃げようとも思わない。
唖然としていると、弥狐はもう目の前。
静華の目には、柔和な笑みを浮かべている弥狐が映る。
目線を合わせるようにじゃがみ、顔をズイッと近づかれる。
動けずにいると、弥狐は触れない程度に手を伸ばし、頬に触れるふりをする。
『君は今、悩んでいる。しがらみに囚われている』
「し、がらみ?」
いきなり、予想もしていなかったことを言われ、思わず同じ言葉を返す。
『過去のしがらみだ。ここに来たのはいい判断。素直になるがいい。皆、主の味方になろう』
それだけ言うと、弥狐は口を静華の耳元に寄せた。
『――――何があっても、自分に素直になるのだぞ』
――――バッ!
咄嗟に顔を横に向けるが、そこにはもう誰もいない。
またしても痕跡一つ残さず、いなくなってしまった。
「…………な、何だったの……?」
※
「ふぁぁぁぁぁああ……」
「眠そうだな。小説に没頭し過ぎたのか?」
日課のお散歩していると、隣で歩いていた奏多が欠伸を漏らす静華を横目に問いかけた。
「んー、なんか、夢のようなものを見たような気がして……」
「夢のような物って、それは夢だったんじゃないか?」
「そうだと思うんだけど、リアル過ぎて……」
そんなことを話し、また欠伸を零す。
涙を拭いていると、翔が振り返った。
「今日もヤコに会いたい!」
翔が宣言した時、奏多は「はいはい」と疑いなく頷く。
だが、隣では肩をピクッと上げ、気まずそうな表情を浮かべた静華。
「どうした?」
「い、いやぁ……」
「あはは」と誤魔化しつつ、静華は翔の元に歩き出す。
隣に立ち手を繋ぎ、奏多を置いて進み続ける。
何だろうと奏多は首を傾げるが、ここで考えていても仕方がない。
二人と離れないようにしなければならないため、少し歩行を早め追いつく。
翔を先頭に歩いていると、森に囲まれた公園に辿り着いた。
ブランコには、白銀を靡かせ座っている少年、弥狐の姿。
ブラブラと足を揺らし、楽しんでいた。
「ヤコー!!」
翔が声をかけると、弥狐は気づき顔を上げた。
昨日、静華の前に現れた弥狐は目元を隠していたが、今は朱色の瞳が露わとなっている。
澄んでいる、綺麗な瞳。
その瞳には、何が映っているのか。何を映しているのか。
昨日の出来事が頭の中に蘇り、静華は弥狐と目を合わせる事が出来ない。
変な様子の静華を気にせず、翔は駆け寄り、弥狐もブランコから立ち上がる。
翔が両手を広げ抱き着こうとしたが、弥狐はひらりと躱した。
それにより、バランスを崩してしまい翔は転ぶ。
「え……」
柔らかい土の上に転んだため、怪我はない。
何故避けられたのかわからず、痛みより驚愕が勝り顔を上げ目を丸くした。
見上げて来る翔の顔を覗き込み、弥狐は笑みを浮かべた。
『我は人に触れる事が出来ぬ。悪いな、翔よ』
「――――あっ!!」
やっと思い出し、翔は立ちあがる。
「ごめんね」と謝り、二人は遊び出した。
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