翔君とおさんぽ

桜桃-サクランボ-

文字の大きさ
上 下
18 / 48
夏めく

違い

しおりを挟む
 驚き、何も言えない三人を見て、弥狐は目を細め、笑う。
 その目はなぜか悲し気で、『当然か』と言いたげだった。

 目を伏せ、静華達に背中を向けた。

『驚かせてしまってすまぬ。もう、行くな』

 肩越しに見せた笑顔は、今すぐ消えてしまいそうに儚い。

 ――――今、あの子を止めなければ、本当にいなくなる。

 人ではない、いわば化け物。
 そんな化け物が消えようと、関係ない。
 逆に、こちらに被害がなくなり安全となる。

 でも、それでも、止めなければならない。

 こんな、対局とも言える感情が静華と奏多の胸で入り混じる。
 緊張で汗が流れ、息が荒くなる。

 ――――止めないと、早く、声を出して。

「アッ…………」

 微かな声が出たのと同時に、翔が駆けだした。

「ヤコ!! 遊ぼう!!!」

 真っすぐ、目を逸らさずに弥狐を見る翔。
 その瞳には強い光が宿り、恐怖心などはない。

 弥狐は足を止め、ゆっくりと振り返る。
 翔の表情に驚き、朱色の瞳を大きく開いた。

 その場で動けないでいると、翔は駆け寄り、触れないように手を伸ばした。

「かけっこしよ!!」

 ニコッと、満面な笑みを浮かべる翔を瞳に映し、弥狐は驚きの連続。
 それは、奏多と静華も同じで、何も言えない。

 手を伸ばし続ける翔に、弥狐は数回瞬きをした後、触れないように手を伸ばし、握手するような動きを見せた。

『よいのか? 我は、人間ではないぞ?』

「うん! ヤコとあそびたい!!」

 白い歯を見せ笑う翔につられて、弥狐も戸惑いつつも笑う。

 笑い合っている二人を後ろで見ている二人は、お互い顔を見合せ安堵したように、体に入っていた力を抜いた。

「――翔」

 奏多が翔の名前を呼ぶと、二人が視線を向けた。

「…………と、えぇっと、弥狐と、呼んでもいいのか?」

『大丈夫だ。好きに呼んでくれ』

 無邪気に笑いかけて来る弥狐は、姿以外はただの子供。
 最初は人間ではないという恐怖もあり、身勝手に怖がってしまったことを二人は反省。

 静華は、翔の隣まで移動ししゃがむ。
 目を合わせ、眉を下げ謝罪した。

「さっきは、勝手に怖がってごめんね。悲しかったよね」

『問題ない、怖がるのも当然だ。よくわからんモノに怯えるのは、人間の助かりたいという気持ちが強いから。自身を守るためにも大事な感情だぞ』

 ニコッと笑う弥狐に静華は心を痛め、悲し気に顔を俯かせる。

 どこか痛いのかと勘違いした弥狐は慌てるが、触れられないため、近くにいる翔を見上げ助けを求めた。

 翔も首を傾げ、不安そうに静華に手を伸ばす。
 だが、触れる直前、奏多が翔の頭を撫でたため、伸ばされた手が止まる。

「大丈夫だ、弥狐。静華はどこも痛くはない」

『ほ、本当か? 我、何か傷つけるようなことを言ってはいないか?』

「大丈夫だ。な、静華」

 隣に座り、奏多は静華の背中を撫でた。
 すぐに頷き、潤んだ目元を拭き顔を上げる。

「ごめんね、本当に大丈夫だよ。どこも痛くないから」

 笑みを浮かべた静華だったが、弥狐は眉を下げ不安そう。
 そんな三人に割り込むように、翔が静華に抱き着き太陽のような笑顔を向けた。

「――――ふふっ、ありがとう、翔君」

 頭を撫でると、翔は「えへへ」と喜ぶ。

 それからは、翔と弥狐が触れないように遊び始めた。

 追いかけっこや木登り、ブランコなど。
 子供二人の笑い声が、今まで風の音しか聞こえない寂れた公園に広がった。

 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・

 遊び疲れた翔は、奏多の背中で今は眠っていた。

 オレンジ色の夕暮れが、田舎道を歩く二人を照らし、静華と奏多は無言のまま歩く。

 まだまだ夏は始まったばかり、気温は下がらず、暑い。
 汗が滲む中、額を手で拭い、静華は翔をおんぶしている奏多を振り返った。

「奏多、重くない?」

「まぁ、んー。翔も結構重くなってはきた。しっかり食べて、楽しく運動して。健康的に大きくなっているとわかって、重いというより安心しているよ」

「そういう事ではないんだけど。でも、良かった」

 安心したように奏多の背中で眠っている翔を見て、静華は儚げに笑う。

 頬を人差し指で撫でると、眉を顰め「んー」と呻く。
 起こしてはまずいと、すぐに手を引っ込めた。

「……起こすなよ?」

「ご、ごめん」

 ――――せっかく疲れて眠っているのに、起こすのは可哀想だ。

 すぐに手を下ろし、前を向く。

 周りは畑に囲まれており、今の時間は誰も歩いていない。
 自然が二人を包む道。都会では信じられない光景に、静華はまだ慣れない。

「――――なんか、まだ慣れないなぁ」

「慣れない? 田舎にって事か?」

「うん」

 歩けば車の音、歩けば人の声。
 自動車や工場の排気ガスにより汚染された空気は、人によっては毒。
 思いっきり空気を吸い込むことが出来ず、心が安らがない。

 だが、田舎はそんなことない。
 周りに建物は無く、不便。だけれど、自然豊かで、気持ちを休めたい場所にはちょうどいい。

「――――嫌か?」

「…………ううん。逆だよ」

 静華は足を止め、奏多の方を振り向いた。
 二人の視線が交差する。

「逆?」

「うん。私、田舎の方があっているみたい」

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

「桜の樹の下で、笑えたら」✨奨励賞受賞✨

悠里
ライト文芸
高校生になる前の春休み。自分の16歳の誕生日に、幼馴染の悠斗に告白しようと決めていた心春。 会う約束の前に、悠斗が事故で亡くなって、叶わなかった告白。 (霊など、ファンタジー要素を含みます) 安達 心春 悠斗の事が出会った時から好き 相沢 悠斗 心春の幼馴染 上宮 伊織 神社の息子  テーマは、「切ない別れ」からの「未来」です。 最後までお読み頂けたら、嬉しいです(*'ω'*) 

古屋さんバイト辞めるって

四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。 読んでくださりありがとうございました。 「古屋さんバイト辞めるって」  おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。  学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。  バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……  こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか? 表紙の画像はフリー素材サイトの https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。

マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~

Repos
ライト文芸
カフェ開業を夢見たマキノが、田舎の古民家を改装して開業する物語。 おいしいご飯がたくさん出てきます。 いろんな人に出会って、気づきがあったり、迷ったり、泣いたり。 助けられたり、恋をしたり。 愛とやさしさののあふれるお話です。 なろうにも投降中

【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください

楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。 ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。 ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……! 「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」 「エリサ、愛してる!」 ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。

『愛が揺れるお嬢さん妻』- かわいいひと -   

設樂理沙
ライト文芸
♡~好きになった人はクールビューティーなお医者様~♡ やさしくなくて、そっけなくて。なのに時々やさしくて♡ ――――― まただ、胸が締め付けられるような・・ そうか、この気持ちは恋しいってことなんだ ――――― ヤブ医者で不愛想なアイッは年下のクールビューティー。 絶対仲良くなんてなれないって思っていたのに、 遠く遠く、限りなく遠い人だったのに、 わたしにだけ意地悪で・・なのに、 気がつけば、一番近くにいたYO。 幸せあふれる瞬間・・いつもそばで感じていたい           ◇ ◇ ◇ ◇ 💛画像はAI生成画像 自作

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

処理中です...