翔君とおさんぽ

桜桃-サクランボ-

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夏めく

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 驚き、何も言えない三人を見て、弥狐は目を細め、笑う。
 その目はなぜか悲し気で、『当然か』と言いたげだった。

 目を伏せ、静華達に背中を向けた。

『驚かせてしまってすまぬ。もう、行くな』

 肩越しに見せた笑顔は、今すぐ消えてしまいそうに儚い。

 ――――今、あの子を止めなければ、本当にいなくなる。

 人ではない、いわば化け物。
 そんな化け物が消えようと、関係ない。
 逆に、こちらに被害がなくなり安全となる。

 でも、それでも、止めなければならない。

 こんな、対局とも言える感情が静華と奏多の胸で入り混じる。
 緊張で汗が流れ、息が荒くなる。

 ――――止めないと、早く、声を出して。

「アッ…………」

 微かな声が出たのと同時に、翔が駆けだした。

「ヤコ!! 遊ぼう!!!」

 真っすぐ、目を逸らさずに弥狐を見る翔。
 その瞳には強い光が宿り、恐怖心などはない。

 弥狐は足を止め、ゆっくりと振り返る。
 翔の表情に驚き、朱色の瞳を大きく開いた。

 その場で動けないでいると、翔は駆け寄り、触れないように手を伸ばした。

「かけっこしよ!!」

 ニコッと、満面な笑みを浮かべる翔を瞳に映し、弥狐は驚きの連続。
 それは、奏多と静華も同じで、何も言えない。

 手を伸ばし続ける翔に、弥狐は数回瞬きをした後、触れないように手を伸ばし、握手するような動きを見せた。

『よいのか? 我は、人間ではないぞ?』

「うん! ヤコとあそびたい!!」

 白い歯を見せ笑う翔につられて、弥狐も戸惑いつつも笑う。

 笑い合っている二人を後ろで見ている二人は、お互い顔を見合せ安堵したように、体に入っていた力を抜いた。

「――翔」

 奏多が翔の名前を呼ぶと、二人が視線を向けた。

「…………と、えぇっと、弥狐と、呼んでもいいのか?」

『大丈夫だ。好きに呼んでくれ』

 無邪気に笑いかけて来る弥狐は、姿以外はただの子供。
 最初は人間ではないという恐怖もあり、身勝手に怖がってしまったことを二人は反省。

 静華は、翔の隣まで移動ししゃがむ。
 目を合わせ、眉を下げ謝罪した。

「さっきは、勝手に怖がってごめんね。悲しかったよね」

『問題ない、怖がるのも当然だ。よくわからんモノに怯えるのは、人間の助かりたいという気持ちが強いから。自身を守るためにも大事な感情だぞ』

 ニコッと笑う弥狐に静華は心を痛め、悲し気に顔を俯かせる。

 どこか痛いのかと勘違いした弥狐は慌てるが、触れられないため、近くにいる翔を見上げ助けを求めた。

 翔も首を傾げ、不安そうに静華に手を伸ばす。
 だが、触れる直前、奏多が翔の頭を撫でたため、伸ばされた手が止まる。

「大丈夫だ、弥狐。静華はどこも痛くはない」

『ほ、本当か? 我、何か傷つけるようなことを言ってはいないか?』

「大丈夫だ。な、静華」

 隣に座り、奏多は静華の背中を撫でた。
 すぐに頷き、潤んだ目元を拭き顔を上げる。

「ごめんね、本当に大丈夫だよ。どこも痛くないから」

 笑みを浮かべた静華だったが、弥狐は眉を下げ不安そう。
 そんな三人に割り込むように、翔が静華に抱き着き太陽のような笑顔を向けた。

「――――ふふっ、ありがとう、翔君」

 頭を撫でると、翔は「えへへ」と喜ぶ。

 それからは、翔と弥狐が触れないように遊び始めた。

 追いかけっこや木登り、ブランコなど。
 子供二人の笑い声が、今まで風の音しか聞こえない寂れた公園に広がった。

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 遊び疲れた翔は、奏多の背中で今は眠っていた。

 オレンジ色の夕暮れが、田舎道を歩く二人を照らし、静華と奏多は無言のまま歩く。

 まだまだ夏は始まったばかり、気温は下がらず、暑い。
 汗が滲む中、額を手で拭い、静華は翔をおんぶしている奏多を振り返った。

「奏多、重くない?」

「まぁ、んー。翔も結構重くなってはきた。しっかり食べて、楽しく運動して。健康的に大きくなっているとわかって、重いというより安心しているよ」

「そういう事ではないんだけど。でも、良かった」

 安心したように奏多の背中で眠っている翔を見て、静華は儚げに笑う。

 頬を人差し指で撫でると、眉を顰め「んー」と呻く。
 起こしてはまずいと、すぐに手を引っ込めた。

「……起こすなよ?」

「ご、ごめん」

 ――――せっかく疲れて眠っているのに、起こすのは可哀想だ。

 すぐに手を下ろし、前を向く。

 周りは畑に囲まれており、今の時間は誰も歩いていない。
 自然が二人を包む道。都会では信じられない光景に、静華はまだ慣れない。

「――――なんか、まだ慣れないなぁ」

「慣れない? 田舎にって事か?」

「うん」

 歩けば車の音、歩けば人の声。
 自動車や工場の排気ガスにより汚染された空気は、人によっては毒。
 思いっきり空気を吸い込むことが出来ず、心が安らがない。

 だが、田舎はそんなことない。
 周りに建物は無く、不便。だけれど、自然豊かで、気持ちを休めたい場所にはちょうどいい。

「――――嫌か?」

「…………ううん。逆だよ」

 静華は足を止め、奏多の方を振り向いた。
 二人の視線が交差する。

「逆?」

「うん。私、田舎の方があっているみたい」

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