翔君とおさんぽ

桜桃-サクランボ-

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夏めく

鈴の音

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 静華が叫んだことで、美鈴が起きてしまった。
 ドタドタと走り「静華!」と、叫びながら部屋を飛び出す。

 腰を抜かし、廊下に座り込んでいる静華の肩を掴み、再度声をかけた。

「静華、静華! どうしたの、静華!」

「――――っ! お、お母さん!! き、狐、狐が入り込んでっ――……」

 廊下の先を指さし、顔を青くし美鈴に縋る。

「き、狐? 何を言っているの? ここには、静華しかいないけど…………」

「え、うそ!!」

 再度廊下を見るが、美鈴の言う通り何もない。

 ――――なんで。だって、さっき、確実に見たのに。

 さっきまでのは夢だったのか。
 でも、夢にしてはリアルすぎる。

 心霊体験をしたのかと思い、静華は美鈴と共に、同じ部屋に布団を敷き寝ることにした。

 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
「ふぁぁぁぁぁ……」

「眠そうだな、どうしたんだ?」

 今は朝の十時頃、翔のお散歩に付き合うことが日課となっている静華は、奏多と共に田舎道を歩いていた。

 日差しが強く、翔と静華は麦わら帽子、奏多はキャップをかぶっていた。

 田舎道を歩いている時、静華が眠たそうに欠伸をこぼしたため、隣を歩いていた奏多が横目で見る。

「んー……。昨日、不思議な体験をして、そこから寝ることができなくて……」

「不思議な体験? 何を体験したんだ?」

「んー……」

 静華は昨日の出来事を思い出し、唸る。
 なんと伝えればいいのかわからず、青空を見上げ言葉を考えていると、翔が急に走り出した。

「――えっ」

「っ、おい、待て! 翔!!」

 すぐさま走り出し、翔の腕を痛みがないように掴み、止めた。

「翔! だからいつも言っているだろう、いきなり走りだすっ――」

「きつね!!」

「っ、は? 狐?」

 奏多の声など聞えていないのか、翔はまた走り出そうとする。
 だが、それを許すわけにはいかないため、奏多は離さない。

「待てって、翔。狐なんて、今まで何度も見てきただろう。何をそんなに興奮しているんだ」

 その場にしゃがみ、目を合わせるように体を振り向かせるが、目線だけは道の先に向けられており、話にならない。

 奏多は眉を顰め「翔?」と、問いかける。
 静華は、そんな二人の隣に移動し、奏多を呼んだ。

「奏多、ちょっと、行ってみない? 翔君の行きたい所に」

「え、だが……」

「危ないと思った時は無理やり連れ戻せばいいし、ここまで興味が惹かれているのなら、一度行ってみてもいいかもしれないよ」

 奏多の肩を掴み諭すように言うと、少し悩んだが渋々頷いた。
 その場に立ち上がり、翔の手を掴み歩き出す。

 畑に囲まれた田舎道を進むと、急に足を止めた。
 横に体を向けたかと思うと、森の中へとズカズカ入り始めてしまった。

「えっ、おい!」

 草木で阻まれている道なき道を進み始めた翔に、奏多は戸惑いを見せる。
 ここまでの方がいいかと思った時、静華は翔の向かっている先に何があるのかを思い出した。

「この道……」

「ん? どうした、静華」

 奏多の問いかけに、静華は答えない。
 三人横並びに歩く事が出来ず、縦に並び進む。

 翔が一番前を歩き、次にすぐ何かあっても対処できるように奏多。最後は静華の順番。

 奏多は不安そうにしているが、静華が余裕そうな表情を浮かべているため、止める事は出来ず進み続けた。

 数分、草木を踏みしめ進むと、やっと開けた場所へと辿り着く事が出来た。

「――――っ、ここって」

 開けた場所を見回し、奏多は立ち尽くす。
 静華は一度来たことがある場所秘密基地なため、クスクスと笑い奏多の顔を覗き込んだ。

「ここ、翔君の秘密基地なんだって」

「え、秘密基地?」

 周りは、奏多より大きな木に囲まれた公園。
 だが、公園と呼ぶには寂れており、ブランコしかない。

 なんでこんな所に来たのか、なんでこんな所を翔が知っているのか。

 疑問が奏多の頭を埋め尽くすが、それより翔がブランコに近づきながら、周りを見回している姿に歩き出す。

「翔、なにか探しているのか?」

「ここに、きつねがいた」

 また、”狐”と口にした。
 でも、静華と奏多は翔が言っている狐を見ていないため分からない。

「ここには何もいないみたいだぞ。満足したらどうだ?」

「でも、でも……」

 眉を八の字にし、今にも泣きだしそうな表情で奏多を見上げる。
 さすがにそんな顔を向けられてしまえば、奏多はこれ以上強く言えない。

 二人の様子を見ていた静華は、本当に狐がいたのかと辺りを見回した。

 ――――狐、か。昨日から狐に縁があるなぁ。

 深夜の出来事を思い出し、一人で苦笑いを浮かべる。
 辺りを見回していると、耳に澄んだ鈴の音が入り込む。

「な、なに?」

「ん? どうした、静華」

 奏多の声は、今の静華には届かない。
 耳を澄まし、鈴の音に意識を集中する。

 ――――チリン、チリン

 風に乗り、鈴の音が近づいてくる。
 まるで、風が静華の元に何かを連れてきているような音。

 鈴音を乗せ近づいてくる風が木々を揺らし、三人を包み込む。

 地面に落ちていた葉が舞い上がり、青空へと飛ぶ。
 そんな時、ひときわ大きな鈴の音が三人の鼓膜を揺らした。

 刹那、葉を踏む音が聞こえ、三人の目の前に一人の少年が姿を現した。

 何もない所から姿を現した少年。
 銀髪を靡かせ、狩衣のような服を揺らす。

 前髪で隠れている目はどこを向いているのかわからず、口元には柔和な笑みが浮かんでいた。

 ――――待って、この少年、昨日、見た。

 静華が目を見開き驚いている時、奏多と翔も同じ表情を浮かべ少年を見る。

 静かな空間、風が少年の袖についている鈴をチリンと鳴らす。

 葉が重なる音が響く中、少年はやっと口を開いた。

『我と、遊んではくれぬか?』
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