12 / 48
夏めく
雨の日
しおりを挟む
朝、いつもより目覚めが悪い。
体が何となく重く、何となく気だるい。
ボサボサな黒髪を掻き揚げながら、静華は布団の上に座る。
今日も翔は外に出て散歩をすると言い出すのだろうかと思いながら、重たい眼を擦り、立ち上がる。
布団を畳み服を着替えると、今日はいつもより寒かった。
ブルッと体を震わせ耳を澄ますと、雨の音が聞こる。
スンスンと鼻を動かすと、雨の臭いが部屋の中に入っていた。
「あっ、今日は雨か」
――――今日は翔君とのお散歩は無しだな。
体は筋肉痛で悲鳴を上げているから、休めると思い一安心。
だが、同時に何処か残念という気持ちも微かにあり、少しばかり混乱する。
なぜ、落ち込んでいるのかわからず腕を組み考えたが、結局わからなかった。
すぐに諦め、廊下へと出る。
襖を開けると、肌寒い空気が流れ込み、思わず上着に手を伸ばした。
しっかりと羽織り、いつものようにリビングに向かった。
その途中、廊下に一人、窓に顔を押しつけ立ちすくんでいる翔の姿があった。
――――今日は外で遊べなくて落ち込んでいるのかな。
なんて声をかけようか考えながら近づき、肩に手を置いた。
「おはよう、翔君。今日はお散歩できなくて残念だとは思うけど、家の中でも遊べる……よ…………?」
ありきたりな言葉で慰めようとしたが、翔が自身の方へ顔を向けた事で止まる。
――――なんか、目、輝いてない?
落ち込んでいるのかと思いきや、どうやらそうではないらしい。
翔は、再度外を見る。
静華も同じ景色を見るため、背筋を伸ばし外を見た。
そこには、雨が地面を打ち付け水たまりを作っている。
周りに立ち並ぶ木の葉にも水滴が当たり、自然の音が鼓膜を揺らす。
――――雨音なんて、都会ではお店の音楽や人の声でかき消されていたから、しっかりと聞いたのは久しぶりかも。
そもそも、周りに耳を傾けるほどの余裕がなかった。
今、こうして雨音に耳を傾けてみると、自然の音がこんなにも心を癒す効果があるなんてと、素直に関心。
二人で外を眺めていると、美鈴の声が廊下の奥から聞こえた。
「翔君、ご飯よー!」
「はーい!!」
食欲には勝てないらしく、翔はすぐに駆けだした。
残された静華は、走る翔の背中を見て微笑む。
再度、窓の外を見た。
青空は雨雲により隠れ、太陽も今は身を潜めている。
雨音を耳にしていると、昨日までの暑さが嘘だったんじゃないかと思ってしまう。
「……………………あっ」
そんな時、何故か狐の窓が頭に浮かんだ。
何かきっかけがあったわけでも、視界に映り込んだわけでもない。
ただ、なんとなく、頭に浮かんだ。
手が勝手に動き、狐の窓を作る。
「――――”けしやうのものか、ましやうのものか正体をあらわせ”」
同じ言葉を三回、唱える。
だが、なにも景色は変わらない。
嘲笑を浮かべ、狐の窓から目を逸らそうとした時、端に何かが映る。
「っ!?」
再度、慌てて狐の窓を覗き込むが、もう何も見えない。
――――さっき、人の影が空中に見えたような気がしたけど、気のせい……だよね?
唖然としていると、美鈴の声が聞こえた。
返事をしつつも、さっき見えた人影が気になり再度外を見た。
狐の窓を作っていないため、何も見えない。
今更、狐の窓を作ったところで意味もないだろうと諦め、静華はいつものリビングへと向かった。
・
・
・
・
・
・
『あっ。見つかった、かもしれんな。へぇ、面白い』
白銀の髪、覗き見えるのは狐の耳。
笑う口元からは、きらりと光る八重歯。
口元に置いている手は小さく、だが爪は鋭い。
白い狩衣のような服を着ており、空中から静華達の平屋を見下ろしていた。
『今度、一緒に遊んでみようか』
・
・
・
・
・
雨の日の過ごし方も、翔は知っていた。
午前中は雨が降り注ぐ景色を家の中で楽しみ、午後からはボードゲームを静華と行っていた。
手加減をし、わざと負けたりして、翔が楽しむことを優先していた静華だったが、それでも楽しく笑みを浮かべていた。
――――こんな過ごし方もあるんだなぁ。
心穏やかに過ごしていると、部屋の隅に置かれている紙袋が目に入った。
二人がいるのは、使われていない空き部屋。
静華がまだ帰ってきてから入っていなかった為、紙袋の存在すら知らなかった。
チラッと、畳に突っ伏して寝ている翔を見た。
今なら動いても問題はなさそう。
膝で歩き、紙袋へと手を伸ばす。
――――何が入っているのかっ――え。
紙袋の中を覗き込んだ瞬間、静華は言葉を失った。
「これって、私が今まで読んでいた、小説だ」
体が何となく重く、何となく気だるい。
ボサボサな黒髪を掻き揚げながら、静華は布団の上に座る。
今日も翔は外に出て散歩をすると言い出すのだろうかと思いながら、重たい眼を擦り、立ち上がる。
布団を畳み服を着替えると、今日はいつもより寒かった。
ブルッと体を震わせ耳を澄ますと、雨の音が聞こる。
スンスンと鼻を動かすと、雨の臭いが部屋の中に入っていた。
「あっ、今日は雨か」
――――今日は翔君とのお散歩は無しだな。
体は筋肉痛で悲鳴を上げているから、休めると思い一安心。
だが、同時に何処か残念という気持ちも微かにあり、少しばかり混乱する。
なぜ、落ち込んでいるのかわからず腕を組み考えたが、結局わからなかった。
すぐに諦め、廊下へと出る。
襖を開けると、肌寒い空気が流れ込み、思わず上着に手を伸ばした。
しっかりと羽織り、いつものようにリビングに向かった。
その途中、廊下に一人、窓に顔を押しつけ立ちすくんでいる翔の姿があった。
――――今日は外で遊べなくて落ち込んでいるのかな。
なんて声をかけようか考えながら近づき、肩に手を置いた。
「おはよう、翔君。今日はお散歩できなくて残念だとは思うけど、家の中でも遊べる……よ…………?」
ありきたりな言葉で慰めようとしたが、翔が自身の方へ顔を向けた事で止まる。
――――なんか、目、輝いてない?
落ち込んでいるのかと思いきや、どうやらそうではないらしい。
翔は、再度外を見る。
静華も同じ景色を見るため、背筋を伸ばし外を見た。
そこには、雨が地面を打ち付け水たまりを作っている。
周りに立ち並ぶ木の葉にも水滴が当たり、自然の音が鼓膜を揺らす。
――――雨音なんて、都会ではお店の音楽や人の声でかき消されていたから、しっかりと聞いたのは久しぶりかも。
そもそも、周りに耳を傾けるほどの余裕がなかった。
今、こうして雨音に耳を傾けてみると、自然の音がこんなにも心を癒す効果があるなんてと、素直に関心。
二人で外を眺めていると、美鈴の声が廊下の奥から聞こえた。
「翔君、ご飯よー!」
「はーい!!」
食欲には勝てないらしく、翔はすぐに駆けだした。
残された静華は、走る翔の背中を見て微笑む。
再度、窓の外を見た。
青空は雨雲により隠れ、太陽も今は身を潜めている。
雨音を耳にしていると、昨日までの暑さが嘘だったんじゃないかと思ってしまう。
「……………………あっ」
そんな時、何故か狐の窓が頭に浮かんだ。
何かきっかけがあったわけでも、視界に映り込んだわけでもない。
ただ、なんとなく、頭に浮かんだ。
手が勝手に動き、狐の窓を作る。
「――――”けしやうのものか、ましやうのものか正体をあらわせ”」
同じ言葉を三回、唱える。
だが、なにも景色は変わらない。
嘲笑を浮かべ、狐の窓から目を逸らそうとした時、端に何かが映る。
「っ!?」
再度、慌てて狐の窓を覗き込むが、もう何も見えない。
――――さっき、人の影が空中に見えたような気がしたけど、気のせい……だよね?
唖然としていると、美鈴の声が聞こえた。
返事をしつつも、さっき見えた人影が気になり再度外を見た。
狐の窓を作っていないため、何も見えない。
今更、狐の窓を作ったところで意味もないだろうと諦め、静華はいつものリビングへと向かった。
・
・
・
・
・
・
『あっ。見つかった、かもしれんな。へぇ、面白い』
白銀の髪、覗き見えるのは狐の耳。
笑う口元からは、きらりと光る八重歯。
口元に置いている手は小さく、だが爪は鋭い。
白い狩衣のような服を着ており、空中から静華達の平屋を見下ろしていた。
『今度、一緒に遊んでみようか』
・
・
・
・
・
雨の日の過ごし方も、翔は知っていた。
午前中は雨が降り注ぐ景色を家の中で楽しみ、午後からはボードゲームを静華と行っていた。
手加減をし、わざと負けたりして、翔が楽しむことを優先していた静華だったが、それでも楽しく笑みを浮かべていた。
――――こんな過ごし方もあるんだなぁ。
心穏やかに過ごしていると、部屋の隅に置かれている紙袋が目に入った。
二人がいるのは、使われていない空き部屋。
静華がまだ帰ってきてから入っていなかった為、紙袋の存在すら知らなかった。
チラッと、畳に突っ伏して寝ている翔を見た。
今なら動いても問題はなさそう。
膝で歩き、紙袋へと手を伸ばす。
――――何が入っているのかっ――え。
紙袋の中を覗き込んだ瞬間、静華は言葉を失った。
「これって、私が今まで読んでいた、小説だ」
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
熱い風の果てへ
朝陽ゆりね
ライト文芸
沙良は母が遺した絵を求めてエジプトにやってきた。
カルナック神殿で一服中に池に落ちてしまう。
必死で泳いで這い上がるが、なんだか周囲の様子がおかしい。
そこで出会った青年は自らの名をラムセスと名乗る。
まさか――
そのまさかは的中する。
ここは第18王朝末期の古代エジプトだった。
※本作はすでに販売終了した作品を改稿したものです。
報酬はその笑顔で
鏡野ゆう
ライト文芸
彼女がその人と初めて会ったのは夏休みのバイト先でのことだった。
自分に正直で真っ直ぐな女子大生さんと、にこにこスマイルのパイロットさんとのお話。
『貴方は翼を失くさない』で榎本さんの部下として登場した飛行教導群のパイロット、但馬一尉のお話です。
※小説家になろう、カクヨムでも公開中※

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
十年目の結婚記念日
あさの紅茶
ライト文芸
結婚して十年目。
特別なことはなにもしない。
だけどふと思い立った妻は手紙をしたためることに……。
妻と夫の愛する気持ち。
短編です。
**********
このお話は他のサイトにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる