翔君とおさんぽ

桜桃-サクランボ-

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夏めく

雨の日

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 朝、いつもより目覚めが悪い。
 体が何となく重く、何となく気だるい。

 ボサボサな黒髪を掻き揚げながら、静華は布団の上に座る。

 今日も翔は外に出て散歩をすると言い出すのだろうかと思いながら、重たい眼を擦り、立ち上がる。

 布団を畳み服を着替えると、今日はいつもより寒かった。

 ブルッと体を震わせ耳を澄ますと、雨の音が聞こる。
 スンスンと鼻を動かすと、雨の臭いが部屋の中に入っていた。

「あっ、今日は雨か」

 ――――今日は翔君とのお散歩は無しだな。

 体は筋肉痛で悲鳴を上げているから、休めると思い一安心。
 だが、同時に何処か残念という気持ちも微かにあり、少しばかり混乱する。

 なぜ、落ち込んでいるのかわからず腕を組み考えたが、結局わからなかった。
 すぐに諦め、廊下へと出る。

 襖を開けると、肌寒い空気が流れ込み、思わず上着に手を伸ばした。
 しっかりと羽織り、いつものようにリビングに向かった。

 その途中、廊下に一人、窓に顔を押しつけ立ちすくんでいる翔の姿があった。

 ――――今日は外で遊べなくて落ち込んでいるのかな。

 なんて声をかけようか考えながら近づき、肩に手を置いた。

「おはよう、翔君。今日はお散歩できなくて残念だとは思うけど、家の中でも遊べる……よ…………?」

 ありきたりな言葉で慰めようとしたが、翔が自身の方へ顔を向けた事で止まる。

 ――――なんか、目、輝いてない?

 落ち込んでいるのかと思いきや、どうやらそうではないらしい。
 翔は、再度外を見る。

 静華も同じ景色を見るため、背筋を伸ばし外を見た。
 そこには、雨が地面を打ち付け水たまりを作っている。

 周りに立ち並ぶ木の葉にも水滴が当たり、自然の音が鼓膜を揺らす。

 ――――雨音なんて、都会ではお店の音楽や人の声でかき消されていたから、しっかりと聞いたのは久しぶりかも。

 そもそも、周りに耳を傾けるほどの余裕がなかった。
 今、こうして雨音に耳を傾けてみると、自然の音がこんなにも心を癒す効果があるなんてと、素直に関心。

 二人で外を眺めていると、美鈴の声が廊下の奥から聞こえた。

「翔君、ご飯よー!」

「はーい!!」

 食欲には勝てないらしく、翔はすぐに駆けだした。
 残された静華は、走る翔の背中を見て微笑む。

 再度、窓の外を見た。
 青空は雨雲により隠れ、太陽も今は身を潜めている。

 雨音を耳にしていると、昨日までの暑さが嘘だったんじゃないかと思ってしまう。

「……………………あっ」

 そんな時、何故か狐の窓が頭に浮かんだ。

 何かきっかけがあったわけでも、視界に映り込んだわけでもない。
 ただ、なんとなく、頭に浮かんだ。

 手が勝手に動き、狐の窓を作る。

「――――”けしやうのものか、ましやうのものか正体をあらわせ”」

 同じ言葉を三回、唱える。
 だが、なにも景色は変わらない。

 嘲笑を浮かべ、狐の窓から目を逸らそうとした時、端に何かが映る。

「っ!?」

 再度、慌てて狐の窓を覗き込むが、もう何も見えない。

 ――――さっき、人の影が空中に見えたような気がしたけど、気のせい……だよね?

 唖然としていると、美鈴の声が聞こえた。
 返事をしつつも、さっき見えた人影が気になり再度外を見た。

 狐の窓を作っていないため、何も見えない。
 今更、狐の窓を作ったところで意味もないだろうと諦め、静華はいつものリビングへと向かった。

 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・

『あっ。見つかった、かもしれんな。へぇ、面白い』

 白銀の髪、覗き見えるのは狐の耳。
 笑う口元からは、きらりと光る八重歯。

 口元に置いている手は小さく、だが爪は鋭い。
 白い狩衣のような服を着ており、空中から静華達の平屋を見下ろしていた。

『今度、一緒に遊んでみようか』

 ・
 ・
 ・
 ・
 ・

 雨の日の過ごし方も、翔は知っていた。
 午前中は雨が降り注ぐ景色を家の中で楽しみ、午後からはボードゲームを静華と行っていた。

 手加減をし、わざと負けたりして、翔が楽しむことを優先していた静華だったが、それでも楽しく笑みを浮かべていた。

 ――――こんな過ごし方もあるんだなぁ。

 心穏やかに過ごしていると、部屋の隅に置かれている紙袋が目に入った。

 二人がいるのは、使われていない空き部屋。
 静華がまだ帰ってきてから入っていなかった為、紙袋の存在すら知らなかった。

 チラッと、畳に突っ伏して寝ている翔を見た。
 今なら動いても問題はなさそう。

 膝で歩き、紙袋へと手を伸ばす。

 ――――何が入っているのかっ――え。

 紙袋の中を覗き込んだ瞬間、静華は言葉を失った。

「これって、私が今まで読んでいた、小説だ」
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