翔君とおさんぽ

桜桃-サクランボ-

文字の大きさ
上 下
11 / 48
夏めく

ホワイトシチュー

しおりを挟む
「ど、どどどど、どうしたの、翔君」

 ――――いつも突然出て来るから驚いちゃう、一言欲しいなぁ。

 バクバクと波打つ胸を押さえ問いかけると、翔は静華の手を真似して狐の窓を作ろうとしていた。

「あ、見てたんだ」

「どうやって作るの!!」

 なんとか見よう見まねで作ろうとしたが、上手くできない。

 聞かれてしまったが、教えてもいいのか悩む。
 呪文さえ教えなければ問題はないかと思い、翔の手に触れ教えてあげた。

「こんな感じだよ」

 小さな手で頑張って作った狐の窓。
 翔は目を輝かせ、興奮。色んな所を覗き込み、楽しみ始めた。

 ――――私も最初は、あんな感じで色んな所を覗き込んで楽しんでいたっけ。結局、何も見つける事が出来ず、飽きちゃったんだけど。

 翔の姿は、昔の奏多や静華に似ており、記憶をたどる事が増えた。
 怒られた過去、笑い合っている記憶、楽しかった生活。

 どれも懐かしくて、輝いていて。
 でも、学生になってからは、そんな破天荒ではいられなかった。

 授業の予習や復習、宿題もしなければならないため、先に学校に通っていた奏多と遊ぶ時間は少なくなっていた。

 それでも、奏多は少しでも遊ぶ時間を作ってくれていて、それが嬉しくて仕方がなかった。

 静華も学校に通う事になってからは、勉強を教えてもらう事も増え、また共に過ごす時間が増えた。

 奏多は人に教えるのが上手く、わかりやすい。
 だから、先生に質問するより、奏多に質問していた。

 だが、奏多も時間を作るのが難しくなり、静華との時間がまたしても減っていく。
 だから、共にいる時を大事にし、様々な話をしていた。

 自分がハマっている小説について、奏多に演説し始めてから、二人はそれぞれ小説を読んだりし、感想を伝えあった。

 それだけでは物足りなくなった静華は、自分でも小説を書き始めた。

 基礎やマナー。文章の構成やキャラの作り方など。
 小説を書くために必要な知識を一人で調べ、蓄えた。

 奏多は一人頑張っている静華の姿を見て、何かしなければならないと思い、イラストに手を伸ばす。

 挿絵や表紙に使えるようなイラストについて調べ、練習をし始めた。

 静華は執筆活動もしていたが、それと同時にインプットするため、読む方も怠らなかった。
 そんな時、都会という物に憧れ、実際に行きたいという気持ちが強くなる。

 仕事しながらでも執筆活動は進められる。
 そう軽く考えてしまい、上京を決意。

 その判断が間違いだった。

 執筆を続ける事は出来ていたが、それは最初だけ。
 本気になればなるほど焦りが芽生え、コンテストに落ちる度、泣きたくなるほどの嫉妬心や悲しみが胸に埋め尽くす。

 それに加え、徐々に増やされる仕事量。
 小説を読む時間は諦め、執筆に専念。
 それでも、徐々に執筆も出来る時間は減り、無理となる。

 毎日、仕事、仕事、仕事。

 趣味をする時間も、楽しいと思える時間も無く、ただただ仕事の日々を過ごしていた。

 ――――今更、だな。結局、私は自分に負けて、こうやって逃げているんだし。

 自身の弱さに打ちひしがれて俯いている時、翔が明るい声で静華を呼んだ。

「おねえちゃん!! あっち行こう!!」

「あ、はいはい」

 今は翔と共に散歩しているんだったと思い出し、記憶を頭の奥底にしまい込む。
 元気に走り回っている翔の元へと、駆けだした。

 ・
 ・
 ・
 ・
 ・

「今日は、お店に並べる事が出来ないお野菜を貰ってきたから、野菜たっぷりホワイトシチューよ」

 ニッコリ笑顔で美鈴は、お玉片手にテーブルを囲い、座っている二人を見下ろした。

 目の前に置かれているのは、言葉の通り、野菜たっぷりのホワイトシチュー。

 白いルーの中にはブロッコリー、にんじん、鶏肉、コーン。それだけでなく玉ねぎなどなど。
 野菜たっぷりで、翔は少々苦い顔を浮かべていた。

 ――――あっ。隠しているみたいだけど、ちゃっかりグリンピースも入ってる。

 昨日の夜にも出たグリンピースが、具材の隙間から見え隠れしていた。
 警戒を強めたが、昨日よりは量が少ない。

 ――――このくらいなら、食べられるかな。

 一口分スプーンですくいあげると、ブロッコリーとニンジンが白いルーと共に乗せられる。
 湯気が立ちこみ、キラキラと輝いていた。

 一口サイズに切られている為、食べやすく、美味しそうな香りが鼻をくすぐる。

 静華は一口パクッと食べると、口の中にホワイトシチューの味が広がり、頬が落ちるほどに美味しい。

 グリンピースも試しに食べてみたが、独特の味は濃くなく、昨日より食べやすい。
 次々食べる静華の様子を見ていた翔は、自分用に置かれたホワイトシチューを見下ろした。

「ぐぬぬ」と口を歪ませるが、勇気を出してホワイトシチューを一口分、スプーンに乗せる。
 スプーンの上には、大好きな鶏肉と、苦手なグリンピースが乗っかる。

 いつもならこれだけで嫌がり、鶏肉だけを食べ、グリンピースは残していた。

 だが、今回だけは違う。

 眉を吊り上げ、まるでボスを目の前に勇敢に立ち向かうような表情を作る。
 ゆっくり口を開いたかと思えば、グリンピースと共に口の中にホワイトシチューを放り込んだ。

 その事には美鈴も驚き「あら」と、目を微かに開く。
 静華も驚き、食べていた手を止めてしまった。

 モグモグと数回噛むと、ゴクンと呑み込む。
 そして、美鈴を見たかと思うと、満面な笑みを浮かべ「おいしい!!」と大きな声で言った。

「まぁ!! えらいわよ、翔君!! 自分でグリンピースを食べられたわね!!」

 美鈴は大げさとも言えるくらい大喜びをし、翔の頭を撫でる。
 それが嬉しかったのか「もっと食べる!」と、口にホワイトシチューを入れる。

 美味しそうに食べている翔を見て、静華も止めていた手を進め、最後の一口を放り込んだ。

「――――おいしかった」

 小さな声で呟いたはずなのだが、その言葉はしっかりと美鈴にも届いており「良かったわ」と、柔和な笑みを浮かべた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

覚悟はありますか?

翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。 「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」 ご都合主義な創作作品です。 異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。 恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...