翔君とおさんぽ

桜桃-サクランボ-

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初夏

狐の窓

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 次の日も、静華は翔と共に田舎道を散歩していた。
 今日は美鈴も仕事と言って朝から居ない。

 仕事とは、畑のお手伝いの事。

 静華の近くで取れる野菜やお米は、お店とかで使われるほど品質が良い。
 納品して、そのお金から給料を出してもらっていた。

 お金に不自由しないくらいはもらっている。
 それは、静華が一人増えたところで特に変わらない。

 それくらい、ここ付近の畑を管理している人達は、様々な所に野菜を下ろし、対価を貰っている。

 そんなことなどつゆ知らず、翔はいつもの麦わら帽子をかぶり、畑近くの田舎道を走り回っていた。

 何度か畑に突っ込みそうになっていた翔を抱きかかえ、道を正す。
 静華はいつも気を張り、体を動かす習慣もなかったため体力はすぐに無くなりへろへろ。

 それでも、仕事をしていた時より気分は下がっていない。

 ――――体力は限界で、体が重たい。けど、不思議。少し楽しいかも。

 汗を流し、翔と走り回っていた静華の口には笑みが浮かぶ。
 いつまでも付き合える。そう思っていたが――……

「~~~~~~もう、無理!! 翔君! 少し休もう!!」

 普段、通勤以外でろくに体を動かしてこなかった静華の身体は、とうとう悲鳴を上げてしまった。
 膝に手を置き、汗を流しながら駆け回っている翔を呼び止めた。

 後ろから聞こえた声に足を止め、翔は振り返る。
 静華の様子を見て、駆け寄った。

「大丈夫?」

「大丈夫、では、ないかな…………」

 ――――情けないなぁ。こんなに体力なかったっけ……。

 学生時代、静華の運動神経はそこそこだった。
 普段、本を読み漁り、運動をしていないように思われていた静華だったが、実は周りに気づかれないように筋トレなどはしていた。

 長い間、椅子に座っていても大丈夫なように。体の健康のために。

 そのため、体力は周りの人よりは多かった。

 だが、やはり運動も筋トレも出来ていない生活を五年も続けていたら筋力も落ち、子供の遊びについていけなくなってしまった。

 情けないと思いつつも、息を整え汗を拭く。
 そんな時、翔が何かを思いつき、静華の手を掴み走り出した。

「え、ちょっ! 少しは休ませてよ!!」

「おすすめのところ、ある!!」

 そう言いながら、走る足を止めない。

 ――――なんでこうなるのよぉぉぉおお!!

 静華の叫びは心の中で消え、ただ必死について行く。
 すると、思っていたより早くに目的の場所へと辿り着いた――らしい。

 足を止め、「ここ!」と指さす。

「え、ここ……?」

 田舎道を走っていると、途中で止まり隣に広がる森を指さされ困惑。

 細道はあるが、獣道。
 まさか、ここの中に入ろうとでも言うんじゃないだろうか。

 口を曲げ、げんなりしている静華などお構いなしに、翔は手を引き細道へと入ろうとする。

「え、本当にここ通るの!?」

「うん!」

 元気に返事をして、どんどん奥へと進む。
 木の枝や草が道を阻み、足は土に取られ転びそうになる。

 疲れている体にはきつい道を無理やり通らされ、いくら翔が子供だろうと怒りが芽生え始めた時だった。

 視界が晴れ、寂れた公園に辿り着いた。

「えっ、ここ、公園……?」

 辿り着いたのは、一つの遊具しかない寂れた公園。
 誰も整備していないのか、落ち葉が散乱しており、唯一ある遊具、ブランコも錆びていて危険な状態。

 周りは、静華より何倍も背の大きい木に囲まれ、日差しが遮られ涼しく感じる。
 風も柔らかく、流れている汗を拭きとってくれる。

 休むだけなら、確かにおすすめスポットかもしれない。

「よく、こんな所知っていたね」

「ここは、おにいちゃんも知らない。僕のひみつきちなんだ!!」

 えっへんと胸を張る翔を見て、先ほど芽生えた怒りは消え、逆にクスクスと笑みがこぼれる。

 ――――秘密基地、かぁ。私も小さい頃、奏多と一緒に駆け回って、色んな所に行っては怒られていたなぁ。

 奏多の方が三つ年上なのだが、そう思わせない程、小さい頃の奏多は破天荒だった。

 静華を色んな所に連れまわし、服は泥だらけで家に帰る。

 その度に母親に怒られていた。
 そんな記憶が蘇り、静華の口元は緩む。

「秘密基地かぁ。そんな所にお姉ちゃんを連れてきてくれてありがとう」

「おねえちゃんは僕のげぼく二号だからな!!」

 ――――え、下僕? どこで、そんな言葉を……。

 不思議に思い口元を引きつらせながらも、こんな子の下僕なら全然ありかなぁと、考える。

 ――――少なからず、前まで勤めていた職場の上司よりは何倍もいい。

 目を伏せ、楽しい記憶を上書きする職場での出来事。
 自分は何もせず、部下にすべての仕事をぶん投げる上司。でも、手柄は独り占め。

 そんな上司よりは、全然いい。

 地獄が蘇り気分が沈んだ時、翔が静華に近付き手を引いた。

「いたいいたい?」

「――――え」

 眉を下げ見上げて来る翔を見て、静華は目を丸くし、思わず聞き返してしまった。

「なきそう」

 翔は自分の目を指さして、言う。
 すぐに確認するため、静華は自分の目を触るが、特に涙は出ていない。

 なぜ、泣きそうと言われたのか、わからない。

「え、えっと。大丈夫だよ? 心配してくれてありがとう」

 口角を上げ笑い、翔の頭を優しく撫でる。
 逃げるようにその場から歩き、ブランコへと近づいた。

 ――――う、うわぁ。近くで見ると、結構悲惨な状態だ。

 錆が酷く、少し触っただけでも汚れが手に移る。
 塗装が剥がれ、危ない。

 ――――これは、座れないなぁ。

 そう思い、翔に近付かないように言おうと振り返るが、さっきいた場所には誰もいない。
 あれ? と思い、周りを見ていると、足元に茶髪が見えた。

 視線を下げると、ちょうど翔が塗装が剥げているブランコに触れようとしており、静華は驚きつつ体が勝手に動き翔の手を掴んだ。

「あ、ああ、危ないから触らないで!?」

「でも、いつもすわってるよ??」

「え”っ」

 よく見てみると、座る板は綺麗。
 誰かが座っている形跡はあった。

「け、怪我したことない? 大丈夫?」

「だいじょうぶだよ!! 楽しい!!」

 満面な笑みを浮かべ、ウキウキとした感じにブランコに座る。
 足を前、後ろと動かし、揺らし始めた。

 子供の力ではそこまで大きく揺らす事が出来ないが、見ているこっちはヒヤヒヤ。
 落ちないか、怪我をしないかで、静華はアワアワと一人慌てる。

 ――――大丈夫……そうかな。

 今のところは、そこまで高く揺れていないため、一安心。
 翔も楽しそうに笑っており、静華も安心した。

 いつ、何が起きてもいいように、近くで翔が満足するのを待っていると、風が吹き、静華の黒い髪も一緒に揺れる。
 顔にかかり視界が遮られてしまったため、耳へかけた。

 踊るように揺れている草木を眺めていると、心が安らぎ心地よい。

 ふと、そんな時。昔聞いた話を思い出す。

 ――――そう言えば、私が小さい頃、”狐の窓”っていうのが流行っていたなぁ。

 狐の窓という伝説が一時期、田舎では流行っていた。

 やり方は簡単、左右の手でまず狐の手を作る。
 右手をひっくり返し、甲を外側へと。
 そのまま左右の手を重ね、中指と薬指をパッと開くと穴が出来る。
 真ん中に出来た穴から先の景色を覗き込む。

 これが、狐の窓。

 覗き込んだ時にある呪文を発する事で、狐の窓の伝説は出来上がる。
 その呪文とは何だったか。

 静華は青空を隠す緑を眺めていると、耳に風と共に呪文が聞こえた。

 ――――っ、え。

 声が聞こえた気がして周りを見るが、翔以外誰もいない。
 翔が言ったのかとも思ったが、ブランコに集中している為、ありえない。

 不思議に思いながらも、手は勝手に狐の窓を作り、口は聞こえた言葉を唱えた。

「”けしやうのものか、ましやうのものか正体をあらわせ。”」

 数秒、何か起こるのか、期待せずに待っていたが案の定、景色は変わらないし、映り込む存在もない。
 風で緑が揺れているだけ。

 ――――やっぱりか。

 当たり前と思い手を下ろすと、同時に下から視線を感じた。

 見ると、翔が見上げており肩を大きく跳びあがらせ驚いた。
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