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初夏

グリンピース

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 翔と共にアリの行列を見ているけど、正直静華は暇だった。

 ただ、淡々と虫の死骸を穴に運ぶだけの光景。
 時々、翔が障害物のように枝や石を置き道を阻んでいるが、それも簡単に乗り越え穴へと向かう。

 同じ光景を見続けるのも疲れてしまう。
 欠伸を零しながらも翔に付き合っていると、意識が他の所へ逸れたのか、立ち上がった。

「やっと飽きたか」と、静華も立ちあがる。

「お姉ちゃん! あっち!」

「はいはい」

 今度は何を見つけたんだろうと奏多と共について行くと、当たり前のように畑に入ろうとしてしまった。

 流石に二人は焦り、奏多と共に駆け出し腕を掴み止めた。

「っぶねぇ…………」

「ナイスだよ、奏多!」

 あと二、三歩足を踏み出していたら、よそ様の畑に土足で入るところだった。
 すぐに翔を引き寄せ、だき抱える形で顔を合わせる。

「翔、勝手に畑に入ったら駄目と言われていただろう?」

「いいの!!」

「駄目だ。もし、入ったら、おばさんに報告しないといけなくなるが、それでもいいのか?」

 奏多から放たれた「おばさん」という言葉に、翔の頭の中には美鈴の怒った姿が浮上。
 体を震わせ、首を横に振った。

「わかったか?」

「…………あい」

 ――――相当お母さん、翔君をしごいているな。昔の私も、あんな感じだったのかなぁ。

 遠い目で二人を見ていると、奏多と目が合う。

「もうそろそろ俺は家に戻るが、静華はどうする?」

「え、もう戻るの?」

「仕事が残っているんだ。昨日今日とあまり進んでいないから、納期がちょっと危なくなっている」

 ――――仕事……か。それって、イラスト、だよね。

「そう言えば、奏多ってイラストで成功しているんだっけ」

「まぁ、成功というにはまだ早いとは思うけどな」

 茶髪をガシガシと掻き、翔を地面に下ろす。
 そんな彼を見て、静華の胸の内に醜い感情がまたしてもどよめきだす。

 心臓がドクドクとなり、表に出してはいけない感情が口から出そうになる。

 ――――成功、してるじゃん。私より、ずっと……。

「静華?」

「お姉ちゃん?」

 二人から名前を呼ばれ、直ぐに息と共に出てきそうになった感情を飲み込んだ。

「なんでもないよ。奏多は仕事頑張って、私が翔君と一緒にいるよ」

「あ、あぁ」

「こっちにおいで」と、静華は作った笑みで翔に両手を広げる。
 最初は戸惑いつつも、すぐに駆け寄り手を掴んだ。

「それじゃね」

 歩き出そうとした静華に、奏多は咄嗟に手を伸ばす。

「静華!」

「っ、ど、どうしたの?」

 呼び止められ、静華は目を丸くしつつ振り返った。

「あ、いや……。なんでもない」

 呼び止めた奏多の表情は、何故か曇っていた。
 物悲しいような、今にも泣き出してしまいそうな。
 そのような表情を浮かべている。

 聞いてもいいか迷っていると、奏多が振り返り、その場を去る。
 一瞬、呼び止めようかとも思ったが、その言葉は喉辺りで止まった。

 ――――呼び止めたところで、聞けるわけがない。

 今にも消えてしまいそうな奏多の後ろ姿から目を逸らすように、翔の手を引き反対側へと歩き出す。

 翔はちらっと後ろを見たが、何も言うことなく、静華の手を離し駆けだした。

「あっ」

「おねえちゃん!! こっち!!」

 いつもと変わらない笑みを浮かべ、静華を呼ぶ。
 手を振り、無邪気な翔に思わず頬が緩み「はいはい」と付いて行った。

 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・

 夜、翔と走り回っていた静華は、自身の体力のなさにげんなりとしていた。

「いったい……」

「明日は筋肉痛かしらねぇ」

 静華がふくらはぎに湿布を張っている時、翔は元気にオムライスを食べていた。

 今日は、ケチャップライスのオムライス。
 美鈴は料理が得意で、オムライスの卵は、半熟。
 トロトロで、口の中に甘みが広がり美味しい。

 見栄えも意識されており、レストランに出てきてもおかしくない程に綺麗。

「さて、早く食べちゃいなさいね」

「はーい」

 お皿近くに置かれていたスプーンを手に取り、卵をケチャップご飯と共に掬い上げる。

 卵で包まれていたご飯には、玉ねぎとグリーンピース。
 他にはウインナーが食べやすい大きさに刻まれ、混ぜられていた。

 ちらっと翔を見ると、案の定。
 グリーンピースだけお皿の端に避けられていた。

 静華もグリーンピースは苦手。でも、残すのはさすがにと思い、険しい顔で見つめる。
 すると、美鈴が静華の様子に気づき、優し気に微笑んだ。

「昔から貴方も、グリーンピースは苦手だったわね」

「え、い、いや…………」

「無理に食べなくてもいいわよ」

「っ、え。いいの?」

 ――――残してもいいって事? でも、なんで?

「でも、少しは食べなさいね。全てとは言わないから」

「…………はい」

 美鈴は翔のお皿を見て、グリーンピースを自身の口に放り込む。
 それでも、すべてを食べてあげる訳ではなく、一つ二つは無理やり翔の口の中に放り込んでいた。

 ――――私も、すべてを残そうとしたら、あんな感じに食べさせられるという事ね。

 無理やり口を開かれ、口の中に苦手なグリーンピースを放り込まれている翔は涙目。
 自分はあんな風に無理やり食べさせられたくはない。

 どうせ食べるのなら、自分で食べたい。
 そう思い、ケチャップライスに入っているグリーンピースを凝視。負けられないと、目を閉じ口の中へと入れこんだ。

「~~~~…………あ、あれ」

 しっかりとグリーンピースを食べたはずだが、苦みなどはなくおいしい。
 ケチャップライスの味がグリーンピースの独特な味を消しており、逆においしさを醸し出していた。

 ――――もしかして、翔君が苦手だから、出来る限り味を感じさせないようにしたのかな。

 そう思いながらも、静華は苦手なものが一つ消えた喜び、もう一口頬張る。

「うっ!」

 油断していたため、まだ味が残っていたグリーンピースに驚き、呻き声をあげ美鈴に心配されてしまった。

「まだ味が残っていたのねぇ」

「……………………やっぱり、グリーンピース、嫌い」

「あらあら。まだまだ子供ね。ふふっ」
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