翔君とおさんぽ

桜桃-サクランボ-

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初夏

嫉妬心

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「静華」

「え、なに?」

 声をかけてきた美鈴に驚きつつも、静華は顔を上げた。

「奏多君、今イラストで生計を立てているみたいなの。凄いでしょ」

「え、そうなの? お金はもらっていると聞いていたけど、生計を立てるところまで?」

「そうよ。まぁ、さすがに生活はギリギリみたいで。私も協力しているんだけどね」

 ――――そうなんだ。メールでは謙遜していたって事か。

 膝に乗せていた拳に自然と力が入り、ぎゅっと握られる。

 ――――私は、自分の夢を諦めないといけなくなったのに、奏多は成功しているんだ。

「…………静華? どうしたの?」

「――っ! な、何でもないよ。奏多、凄いね。尊敬するよ」

 静華はうまく笑えていないと自覚し、逃げるように「それじゃ、先に部屋戻るね」と団らんから一足先に抜ける。
 襖が閉まるのと同時に、奏多が戻ってきた。

「あれ、怒っていたみたいですが、何かありましたか?」

「いえ、貴方の事を話したら行ってしまったの」

「俺の事ですか?」

 美鈴はさっきの会話を伝える。
 すると、顎に手を当て、奏多は閉められた襖を見た。

「私、余計な事を言ってしまったかしら」

「――――いえ、大丈夫ですよ」

 ニコッと笑い、奏多は会釈をして「もう帰りますね。ご飯をありがとうございました」と居なくなる。

 残された美鈴は、翔と目を合わせつつ「若いっていいわねぇ~」と、頬についている米粒を取ってあげながら呟いた。

 ・
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 ・

 部屋に戻った静華は、自分の中に渦巻く感情に嫌気がさし、力が抜けたようにテーブルに顔を伏せていた。

 ――――最悪だ。奏多は何も悪く無いのに、私が出来なかっただけなのに。それなのに、嫉妬心を抱くなんて。

 心から祝福が出来ない。
 したいのに、「おめでとう」と言いたいのに。

 それなのに、喉にその言葉がつっかえて出てきてくれない。
 顔が引きつり、まともに話す事が出来ない。

 そんな自分が嫌で、誰とも今は顔を合わせたくない。

「…………今日は、もう寝ようかな」

 もう夜、いつもならまだ職場で仕事をしている時間。
 自分一人だけ残され、サービス残業をさせられている時間。

 仕事をしなくていいのは、心に余裕がある。
 それでも、習慣が体に染みついているのか、寝る気にはなれない。

 ――――仕事する前は、どうやって過ごしていたっけ。学生の時は確か……あぁ、そうだ。小説を読んで過ごしていたんだった。

 友達もおらず、一人で過ごすことが多かった静華は、空き時間を全て読書に当てていた。

 今まで読んできた中で、一番好きな小説を思い出したが、なぜか読む気にならない。

 でも、起きていても何もやる事がない。

 寝てしまいたいのに、寝れない。
 これだけでもストレスになって、自分を無意識に責めてしまう。

 ――――自分がもっとうまく仕事ができていれば

 ――――自分がもっと早く仕事ができていれば

 ――――自分がもっと周りと同じように振舞う事が出来れば

 ――――自分が、自分が。自分が――……

 考えれば考えるほど、自分の愚かさや弱い所が露わになり、目じりが熱くなる。
 昼間に沢山泣いたはずなのに、また涙が溢れそうになる。

 ――――こんなに自分が弱いなんて思わなかった。本当に馬鹿だ。

 また顔を隠し、テーブルに突っ伏する。

 力の入らない体、マイナスな事しか考えられない思考。
 成功した幼馴染を心から祝福できない、応援できない嫉妬心。

 もう、嫌だ。逃げたい、何もない所に。
 何も考えなくてもいい所に。
 自分がいない所に。

 どこに行ってもこんな思考に苛まれるなのなら、いっそのこと――……

 ――――なんか、隣から、視線が…………?

 少しだけ顔を横にそらし、視線の感じる方向を見る。
 すると、茶色の大きな光ある瞳と目が合った。

「――――え?」

 驚きすぎて言葉が出ず、顔をゆっくりと上げた。
 襖を見ると、子供一人が通れそうな隙間が開いており、そこから入ってきたのはすぐにわかった。

 そもそも、襖以外の所から入る事は出来ないのだから当たり前ではある。

 そう考えていても、今の静華は頭が働いていない。
 現状を把握するのに、少し時間かかってしまった。

「え、えっと。翔、君? どうしたの?」

 問いかけるが、翔はパジャマ姿で見上げて来るのみ。
 お互いに顔を見合わせていると、やっと翔が動き出した。
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