翔君とおさんぽ

桜桃-サクランボ-

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初夏

麦わら帽子の少年

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 メールアプリを開くと、差出人は静華の幼馴染。
 内容を読むと、静華の身体は勝手に動いた。

 会社には退職届を出し、有休消化。
 すぐにやめる事は出来なかったが、なにがなんでもやめてやると言う強い意思を見せつけた。

 弱った心にグサグサと、言葉のナイフを沢山刺される。
 心が痛み、脳が全ての言葉を拒否。
 全てを遮断し、手続きを終わらせた。

 今は、少ない荷物を持ち、電車に揺られている。
 向っている先は、自身の実家。

 ――――絶対に成功させるって言って出てきたのに、今更戻るなんて……。

 でも、もうあんな生活はしたくない。
 もう、戻りたくない。

 都会に夢を見た自分が馬鹿だった。
 後悔しても遅く、目じりが熱くなる。

 ごしっと目元を拭き、移り変わる景色を窓から覗く。

 今は梅雨が終わり、夏。
 青空が広がり、緑が風で揺れていた。

 息を吐き、視線をスマホに移す。
 そこには幼馴染からのメール。

 パソコンとスマホは連動させている為、スマホでも見る事は可能。


 件名 久しぶり

 本文
 久しぶりだな、静華。奏多だが、覚えているか?
 都会はどうだ。小説のように華やかか?

 俺の方はイラストレーターとして成長している。
 今はお小遣い程度しか稼げていないが、年々入ってくるお金も増えて、このまま進めばいい線まで行けるんじゃないかと思っている。

 静華はまだ小説を書いているか? 
 もしよかったら、お前の小説の登場人物か、表紙を書きたいと思って連絡したんだ。

 時間がある時、返事をもらえると嬉しい。
 都会の生活、頑張ってくれ。


 何度も読み直している本文、淡々としているが、確実に今の静華の心に深くまで突き刺さる文。

 ――――奏多は子供の時から絵を描いていた。私が小説を書き始めたのと同じ時に。

 そんな奏多と比べ、自分はどうだろう。
 都会への憧れだけで実家を出て、大企業に勤める事になったと喜んで。

 でも、そこはブラック企業だった。

 安い賃金で休みなく働かせる。
 管理職は、沢山の給料をもらっていると耳にしたことがあった。

 それでも、いつかは報われると、自分の好きな小説を捨て頑張ってきた。

 それは意味がなかったんだと、奏多からのメールで思い知らされてしまい、素直に喜ぶことが出来ない。
 こんな自分が嫌で、なにもうまくいかない生活に嫌気がさして。

 逃げるように実家に帰る自分。
 嫌悪感と嫉妬心で押しつぶされそうになる。

 ため息が零れ、またして視線を外へと戻す。
 実家まで、もう少し――――…………

 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・

 電車から降り、駅から外へと足を踏み出す。

 サァァァと、風が吹き荒れ、静華の長い黒髪が舞いあがる。

 手櫛で整えると、五年間離れていた田舎の景色が、静華の瞳を輝かせた。

 澄んでいる青空、緑が風で揺れ、踊っている。
 陽光が燦々と降り注ぎ、静華の額に一粒の汗が滲み出た。

 懐かしい光景に目が奪われつつ、立ち尽くしていても仕方がない。
 静華は、ポケットからイヤホンを取り出し耳に付けようとする。

 だが、その手は途中で止まった。

 ――――都会みたいにうるさいわけじゃないし、別にいいか。

 すぐにイヤホンをポケットの中に戻し、自然の音を楽しみながら歩き出す。

 キャリーケースが地面の凸凹で、カラカラと音を鳴らす。

 ――――カラカラ カラカラ

 コンクリートではない地面、青空が広がる視界、鳥の声や草木が重なる音。

 どれも、都会では意識しなければ気にもしなかった自然の音楽。

 田舎だからこそ味わう事が出来る自然の味に、静華は目を細め、口角を上げる。

 ――――なんで、出てきてしまったのだろう。

 憧れという物は恐ろしい。
 そう思いつつ田舎道を歩いていると、畑で田植えをしている老人二人にあいさつをされた。

 最初は驚きつつも、「そう言えば、小さい頃は挨拶していたな」と、すぐに会釈。

 これも、田舎の醍醐味だなと思いつつ、再度歩き出し実家へと辿り着いた。

 実家は築数十年の平屋。
 周りは緑に囲まれ、葉などが玄関口で風に乗り揺れていた。

 都会に出る前までは毎日のように見ていた光景。
 懐かしいと立ち止まっていると、見知った景色に見覚えのないがおり、思わず目を丸くした。

「…………」

「………………え?」

 麦わら帽子をかぶった、一人の子供。
 静華の来訪に、子供も目を丸くする。

 ――――な、なんでここに子供が? 近所の子? え、迷子?

 よくわからないまま思考がグルグルと回る。
 無視してもいいのかわからず見下ろし続けていると、家の中から一人の女性が姿を現した。

「あら、帰っていたのね。お帰りなさい」

「あ、お母さん」

 大きな平屋の玄関から顔を覗かせたのは、静華の母親、鈴夏美鈴りんかみすず
 肩までの黒髪を後ろで結び、白いエプロンを付けている。

 柔和な笑みを浮かべ、静華の手荷物を受け取ると中へ入るように促した。

 その時、子供の手も引く。

「翔君も、今日は中で遊ぼうか」

「うん!!」

 美鈴に手を引かれ、家の中に入る二人の姿を見て、静華は動けず唖然。

 ――――だ、誰の、子供!?

 口をワナワナと震わせ立ち尽くしていると、後ろから名前を呼ばれ振り向く。

 そこには、静華の幼馴染であり、メールを送った張本人、詩想奏多しそうかなたが立っていた。
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