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初夏
折れた筆
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「鈴夏さん、先日お願いした資料、まだ出来上がらないの?」
「あ、すいません。他に急ぎの案件がありまして…………」
「言い訳はいいわ。早く終わらせて頂戴」
「すいません…………」
パソコンのタイピング音、鳴り響く電話。
人の声が飛び交うビルの一室では、まとまりのない黒い髪を後ろで一つに結び、目に隈を作り作業をしている女性、鈴夏静華が上司から仕事を急かすように言われていた。
――――もう、今日で何連勤目だろう。一か月、二か月。丸々休みがない。
傍らにあるのは、栄養ドリンクと栄養素の高いお菓子。
普通のご飯を食べる余裕すらなく、空腹を凌ぐのでやっととなっていた。
体調は優れず、過労で体が重い。
でも、休ませてはくれない。
休もうとすれば、嫌味や罵声を投げ掛けられる。
――――こんなはずじゃなかったのに。
パソコンの画面が歪む、文字を読むのも一苦労。
キーボードを叩き仕事を進めるが、減らない仕事、増やされる案件。
涙が溢れ出て、止まらない夜もあった。
上司に掛け合っても「休む時間、君にはあるのか?」と、凄まれ、なにも言えない。
もう、諦めて仕事を終わらせるしかない。
やるしかない、手を動かすしか道は無い。
それでも、いくら手を動かしても、終わらない。
やっても、やっても、やっても――……
――――学校に通っていた時は、一人の時間が多かったけど、今よりよっぽどマシだった。
伝えたい事を上手く伝える事が出来ず、変にテンパってしまう静華は、学生時代は一人で過ごしていた。
小説を読むのが好きで、辛い時も悲しい時も、小説が自分を癒してくれる。
小説が、唯一の心の拠り所となっていた。
だからこそ、読むだけでは満足出来ず、小説を自分でも書いて楽しんでいた。
でも、今は趣味を謳歌することも、本を読むことも出来ない。
何もかもが出来なくなり、生きがいもなくなり。
ただ静華は、職場と家の往復を繰り返すのみ。
家は寝るだけ、起きている大半は職場で生活をしていた。
誰も話しを聞いてくれない、誰も庇ってくれない。
それどころか仕事を押し付け、自分は先に帰る。
――――もう、嫌だ。
実家から出て五年、大企業に勤める事が出来て。
親に報告すると、電話口で大喜びしていたのが今でも思い出せる。
悲しませたくない。
そう思うが、こんな生活を続けていたら死んでしまう。
――――死ねば、楽になるのかな。
そんな事を考えても、結局静華には勇気がなく、できやしない。
また、同じ日常を送らなければならない。
――――もう、嫌だ――……
・
・
・
・
・
――――バタン
家に着いたのは、もう一時すぎ。
次の日は朝の七時出勤。本来なら休みだが、もうそんなものは静華にはない。
ご飯を食べる気力も、お風呂に入る気力もない。
何も出来ない、重たい体を引きずり真っすぐベッドに向かう。
部屋の中は、もう何日も掃除していないため、埃が舞っている。
狭い一人暮らし用の部屋には、ゴミ袋や空の弁当が転がっていた。
そんな部屋の中にあるテーブルの上には、パソコンが置かれ、下には沢山の小説が転がっている。
――――小説、卒業してから読んでないな。
初めて読んだ本、すごく面白かったなと、ふと思う。
読むだけでなく、書くのも楽しかった。
最初は、書くだけで満足していたが、徐々に欲が沸き上がり、本を出したいと思い始めた。
そのため、コンテストに出し始める。
だが、次々とコンテストは落とされ、就職の時期に入ってしまった。
実家は田舎で、周りには何もない自然に囲まれた土地。
静華は小説の世界にある都会を目指し始め、実家を出て一人暮らしを始めた。
でも、現実は小説のようなキラキラしたようなものではなく、闇が蔓延っていた。
小説には描かれていない部分。
小説からでは分からない都会の闇、現実を見せつけられた結果となった。
――――なんでも、小説のようにハッピーエンドになればいいのに。
そう願っても、意味はない。
諦めて寝て、また明日、職場に行かないといけない。
そう思い、現実から逃げるように目を閉じる。
すると、パソコンに受信を知らせる光が灯り、薄暗い部屋が微かに照らされた。
目を閉じていてもわかり、静華は薄く目を開く。
「――――メール」
いつもなら、どうせ迷惑メールだと切り捨てる。
それでも、今回は開きたい、中を見たい。
重い体に鞭を打って、パソコンを開いた。
そこには、見覚えのある名前が書かれており、静華は思わず息を飲んだ。
「あ、すいません。他に急ぎの案件がありまして…………」
「言い訳はいいわ。早く終わらせて頂戴」
「すいません…………」
パソコンのタイピング音、鳴り響く電話。
人の声が飛び交うビルの一室では、まとまりのない黒い髪を後ろで一つに結び、目に隈を作り作業をしている女性、鈴夏静華が上司から仕事を急かすように言われていた。
――――もう、今日で何連勤目だろう。一か月、二か月。丸々休みがない。
傍らにあるのは、栄養ドリンクと栄養素の高いお菓子。
普通のご飯を食べる余裕すらなく、空腹を凌ぐのでやっととなっていた。
体調は優れず、過労で体が重い。
でも、休ませてはくれない。
休もうとすれば、嫌味や罵声を投げ掛けられる。
――――こんなはずじゃなかったのに。
パソコンの画面が歪む、文字を読むのも一苦労。
キーボードを叩き仕事を進めるが、減らない仕事、増やされる案件。
涙が溢れ出て、止まらない夜もあった。
上司に掛け合っても「休む時間、君にはあるのか?」と、凄まれ、なにも言えない。
もう、諦めて仕事を終わらせるしかない。
やるしかない、手を動かすしか道は無い。
それでも、いくら手を動かしても、終わらない。
やっても、やっても、やっても――……
――――学校に通っていた時は、一人の時間が多かったけど、今よりよっぽどマシだった。
伝えたい事を上手く伝える事が出来ず、変にテンパってしまう静華は、学生時代は一人で過ごしていた。
小説を読むのが好きで、辛い時も悲しい時も、小説が自分を癒してくれる。
小説が、唯一の心の拠り所となっていた。
だからこそ、読むだけでは満足出来ず、小説を自分でも書いて楽しんでいた。
でも、今は趣味を謳歌することも、本を読むことも出来ない。
何もかもが出来なくなり、生きがいもなくなり。
ただ静華は、職場と家の往復を繰り返すのみ。
家は寝るだけ、起きている大半は職場で生活をしていた。
誰も話しを聞いてくれない、誰も庇ってくれない。
それどころか仕事を押し付け、自分は先に帰る。
――――もう、嫌だ。
実家から出て五年、大企業に勤める事が出来て。
親に報告すると、電話口で大喜びしていたのが今でも思い出せる。
悲しませたくない。
そう思うが、こんな生活を続けていたら死んでしまう。
――――死ねば、楽になるのかな。
そんな事を考えても、結局静華には勇気がなく、できやしない。
また、同じ日常を送らなければならない。
――――もう、嫌だ――……
・
・
・
・
・
――――バタン
家に着いたのは、もう一時すぎ。
次の日は朝の七時出勤。本来なら休みだが、もうそんなものは静華にはない。
ご飯を食べる気力も、お風呂に入る気力もない。
何も出来ない、重たい体を引きずり真っすぐベッドに向かう。
部屋の中は、もう何日も掃除していないため、埃が舞っている。
狭い一人暮らし用の部屋には、ゴミ袋や空の弁当が転がっていた。
そんな部屋の中にあるテーブルの上には、パソコンが置かれ、下には沢山の小説が転がっている。
――――小説、卒業してから読んでないな。
初めて読んだ本、すごく面白かったなと、ふと思う。
読むだけでなく、書くのも楽しかった。
最初は、書くだけで満足していたが、徐々に欲が沸き上がり、本を出したいと思い始めた。
そのため、コンテストに出し始める。
だが、次々とコンテストは落とされ、就職の時期に入ってしまった。
実家は田舎で、周りには何もない自然に囲まれた土地。
静華は小説の世界にある都会を目指し始め、実家を出て一人暮らしを始めた。
でも、現実は小説のようなキラキラしたようなものではなく、闇が蔓延っていた。
小説には描かれていない部分。
小説からでは分からない都会の闇、現実を見せつけられた結果となった。
――――なんでも、小説のようにハッピーエンドになればいいのに。
そう願っても、意味はない。
諦めて寝て、また明日、職場に行かないといけない。
そう思い、現実から逃げるように目を閉じる。
すると、パソコンに受信を知らせる光が灯り、薄暗い部屋が微かに照らされた。
目を閉じていてもわかり、静華は薄く目を開く。
「――――メール」
いつもなら、どうせ迷惑メールだと切り捨てる。
それでも、今回は開きたい、中を見たい。
重い体に鞭を打って、パソコンを開いた。
そこには、見覚えのある名前が書かれており、静華は思わず息を飲んだ。
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