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旦那様と親への挨拶
5ー9
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「旦那様、何をしたのですか?」
「覚めない夢に放り込んだだけだ。華鈴が気にするようなことは無い」
旦那様は、地面に転がした女性を見下ろしております。
その藍色の瞳は、微かに揺れている。
「覚めない夢……。今は、何を見ているのでしょうか」
「華鈴が感じてきた、生活していた経験を膨張させ、見せているだけだ」
つまり、私と同じ苦しみを与えてやる、そういうことなのですね。
旦那様、恐らく気づいていないみたいですが、相当怒っておりますよ。
横に垂らしている拳は強く握られて、女性を見下ろしている藍色の瞳は、赤い炎が宿り燃えております。
「この女は、終わりだ。精神が死ぬのが先か、体が衰弱しきるのが先か。どちらにせよ、我にはもう関係ない」
旦那様は呟くと、それ以上何も言わずに振り向き、女性から離れ歩き去ろうとします。
私も、ここにいても仕方がありません。
旦那様に置いていかれないように、ついて行かなければ……。
遠くなる旦那様の後ろをついて行こうとすると後ろから、か細く私の名前を呼ぶ声が聞こえました。────ですが、私はもう、その声では振り向きません。
私は、私を捨てた母親に呼ばれたところで戻ることはしません。
今の私には、帰るべき場所があるのですから。
「さようなら、母親だった人」
もう、会うことはないと思いますが、そのまま永遠に、苦しんでいてください。
※
今は百目さんが運転している車の中です。
隣に座る旦那様は、何も発することはせず外を眺めております。
私も反対側の窓の外を眺め夜空を見上げますが、綺麗などと言う感想が出てきません。
雲はなく、夜空も綺麗に輝いているというのに、今の私には歪んで見えます。
涙を流しているわけではありません。
私達のいるこの現代が歪んでいる。
そのように見えるのです。
「…………華鈴よ」
「はい、いかが致しましたか。旦那様」
名前を呼ばれたので振り向いたのですが、旦那様は外を眺めたままです。
「華鈴は、これで良かったか?」
「え、これで、とは?」
「これは、我が思い描いていた結末では無いのだ。まさか、こうなるとは思っておらず我は今、動揺しておる」
旦那様が思い描いていた結末ではない?
では、旦那様は一体、どのような結末を思い描いていたのでしょうか。
「我は、華鈴の母親と話し、和解出来ないかと思っていたのだ」
「え、和解……ですか?」
「そうだ。沢山話し、お互いの現状を知り、過去を精算出来ればと考えた。だが、母親の言動に、我が一番に我慢できなくなってしまった。華鈴の意見を聞かずに、あのようなことをしてしまった」
旦那様の声が、今まで聞いたことがない程に暗く、沈んでいる。
後悔、しているのでしょうか。今回、してしまったことを。
「我は、我慢が出来なかった。自身の娘を大事に思わず、何も考えずあのような発言をする者を、許せんかった」
膝の上に置かれている旦那様の手が強く握られております。これは怒りか、悲しみか。
旦那様は今、何を感じて、思って考えているのでしょうか。
旦那様の纏っている空気が不安定で、何か言ってしまえば今にも崩れてしまそう。
そんな、怖い気配を感じます。
「…………私は、もう母親のことなどどうでも良いのです。今は、旦那様といる時間を大事にしたい。旦那様と楽しいことがしたい。旦那様と、沢山お話がしたいです。愛しの、自慢の旦那様と共に、これからを過ごしていきたいのです。なので、旦那様」
旦那様の震えている手に、私の手を重ねます。
「今回のことに後悔はしないでください。間違えてしまったと、責任を感じないでください。私は今、幸せなのですから」
旦那様の優しく、温かい手を私の頬に当てます。
あぁ、旦那様の手は、やはり落ち着きます。
暖かいです、優しいです。
────あ、旦那様がやっと、私の方を見てくれました。目を丸くし、私を見ています。
「華鈴?」
丸くしているその藍色の瞳、黒くなってしまった目元。
旦那様はその火傷をコンプレックスに思っているみたいなのですが、私はそう思いません。
だって、その火傷の跡には、旦那様の母親の温もりがしっかりと入っているから。
「次は、旦那様のお母様に会いに行きたいです。お許しを頂けませんか?」
微笑みながら旦那様を見つめると、キョトンとしてから数秒。
やっと肩に入っていた力を抜き、いつもの──とまではいきませんが、笑みを浮かべてくださいました。
「分かった。今度は我の母親に会いに行こうぞ。連絡しておく」
「はい! お待ちしております!」
今回は様々なことが沢山ありました。
でも、私にとっては、今回の件も大事な思い出として刻まれます。
旦那様から初めて聞いた過去、私のために本気で怒って下さった優しさ。
私の旦那様は、本当に素敵な方です。
「覚めない夢に放り込んだだけだ。華鈴が気にするようなことは無い」
旦那様は、地面に転がした女性を見下ろしております。
その藍色の瞳は、微かに揺れている。
「覚めない夢……。今は、何を見ているのでしょうか」
「華鈴が感じてきた、生活していた経験を膨張させ、見せているだけだ」
つまり、私と同じ苦しみを与えてやる、そういうことなのですね。
旦那様、恐らく気づいていないみたいですが、相当怒っておりますよ。
横に垂らしている拳は強く握られて、女性を見下ろしている藍色の瞳は、赤い炎が宿り燃えております。
「この女は、終わりだ。精神が死ぬのが先か、体が衰弱しきるのが先か。どちらにせよ、我にはもう関係ない」
旦那様は呟くと、それ以上何も言わずに振り向き、女性から離れ歩き去ろうとします。
私も、ここにいても仕方がありません。
旦那様に置いていかれないように、ついて行かなければ……。
遠くなる旦那様の後ろをついて行こうとすると後ろから、か細く私の名前を呼ぶ声が聞こえました。────ですが、私はもう、その声では振り向きません。
私は、私を捨てた母親に呼ばれたところで戻ることはしません。
今の私には、帰るべき場所があるのですから。
「さようなら、母親だった人」
もう、会うことはないと思いますが、そのまま永遠に、苦しんでいてください。
※
今は百目さんが運転している車の中です。
隣に座る旦那様は、何も発することはせず外を眺めております。
私も反対側の窓の外を眺め夜空を見上げますが、綺麗などと言う感想が出てきません。
雲はなく、夜空も綺麗に輝いているというのに、今の私には歪んで見えます。
涙を流しているわけではありません。
私達のいるこの現代が歪んでいる。
そのように見えるのです。
「…………華鈴よ」
「はい、いかが致しましたか。旦那様」
名前を呼ばれたので振り向いたのですが、旦那様は外を眺めたままです。
「華鈴は、これで良かったか?」
「え、これで、とは?」
「これは、我が思い描いていた結末では無いのだ。まさか、こうなるとは思っておらず我は今、動揺しておる」
旦那様が思い描いていた結末ではない?
では、旦那様は一体、どのような結末を思い描いていたのでしょうか。
「我は、華鈴の母親と話し、和解出来ないかと思っていたのだ」
「え、和解……ですか?」
「そうだ。沢山話し、お互いの現状を知り、過去を精算出来ればと考えた。だが、母親の言動に、我が一番に我慢できなくなってしまった。華鈴の意見を聞かずに、あのようなことをしてしまった」
旦那様の声が、今まで聞いたことがない程に暗く、沈んでいる。
後悔、しているのでしょうか。今回、してしまったことを。
「我は、我慢が出来なかった。自身の娘を大事に思わず、何も考えずあのような発言をする者を、許せんかった」
膝の上に置かれている旦那様の手が強く握られております。これは怒りか、悲しみか。
旦那様は今、何を感じて、思って考えているのでしょうか。
旦那様の纏っている空気が不安定で、何か言ってしまえば今にも崩れてしまそう。
そんな、怖い気配を感じます。
「…………私は、もう母親のことなどどうでも良いのです。今は、旦那様といる時間を大事にしたい。旦那様と楽しいことがしたい。旦那様と、沢山お話がしたいです。愛しの、自慢の旦那様と共に、これからを過ごしていきたいのです。なので、旦那様」
旦那様の震えている手に、私の手を重ねます。
「今回のことに後悔はしないでください。間違えてしまったと、責任を感じないでください。私は今、幸せなのですから」
旦那様の優しく、温かい手を私の頬に当てます。
あぁ、旦那様の手は、やはり落ち着きます。
暖かいです、優しいです。
────あ、旦那様がやっと、私の方を見てくれました。目を丸くし、私を見ています。
「華鈴?」
丸くしているその藍色の瞳、黒くなってしまった目元。
旦那様はその火傷をコンプレックスに思っているみたいなのですが、私はそう思いません。
だって、その火傷の跡には、旦那様の母親の温もりがしっかりと入っているから。
「次は、旦那様のお母様に会いに行きたいです。お許しを頂けませんか?」
微笑みながら旦那様を見つめると、キョトンとしてから数秒。
やっと肩に入っていた力を抜き、いつもの──とまではいきませんが、笑みを浮かべてくださいました。
「分かった。今度は我の母親に会いに行こうぞ。連絡しておく」
「はい! お待ちしております!」
今回は様々なことが沢山ありました。
でも、私にとっては、今回の件も大事な思い出として刻まれます。
旦那様から初めて聞いた過去、私のために本気で怒って下さった優しさ。
私の旦那様は、本当に素敵な方です。
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