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旦那様とお買い物

3ー2

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 旦那様と一緒に市場の近くまで行くと、華やかしい光景に自然と笑顔になります。

 周りの人は、今の私と同じように目を輝かせ、綺麗な着物を身に纏い、笑いながら歩いております。

 馬車の中で見るより輝いて見えて、眩しいです。

 市場には反物や装身具が置かれ、食べ物だとお団子や果物などがあるようです。

 今はお昼少し前、旦那様と一緒にお昼ご飯などを食べられるでしょうか。
 でも、旦那様は人の前では食べ物を口にしません。やはり、駄目かもしれませんね……。

 市場を一緒に見て回れるだけでも嬉しいので、どちらにしてもにやけは止まりません。

 はっ、い、いえ、駄目よ、だめだめ。
 旦那様の隣を歩くのだから、だらしない顔を浮かべてはだめなのです。
 耐えるのですよ、華鈴。

「先ほどから百面相を浮かべて、何かあったか?」

「い、いえ。嬉しかったため、だらしない顔を浮かべないようにと……」

 鞄を肘にかけ、右手で自身の頬を抑えていると、旦那様はなぜか微笑み、顔を近づかせてきましっ──へっ?!

 い、いきなりどうしたのでしょう。

「どのような顔でもぬしは美しく、愛おしいぞ。だから、我慢しなくてよい、すべてを我に見せろ」


 ドキッ


 や、やばいです。胸が締め付けられます。
 嬉しさと緊張と恥ずかしさで、息が上手く出来ません。自分の心音が脳に響いています。

 どうか、旦那様には聞こえておりませんように――……

「おや、七氏様!! 今日はどのようなものをお探しで?」

 突如、横から明るい男性の声で、旦那様を呼ぶお方が近づいてきました。

「お、狸か」

 あっ……。旦那様の手が私の頬から離れてしまいました。
 でも、左手はしっかりと握ってくださっております。

 …………むぅ、仕方がないのです、我慢しなさい華鈴。
 これ以上は私が持ちません、物足りないような気もしますが我慢です。

「あ、もしかしてお取込み中でしたか?」

 気まずそうな笑顔を浮かべながら私と旦那様を交互に見る狸さん。

 彼の頭には丸い狸の耳、太く丸い尾が緊張でなのでしょうか、カチーンと伸び切っておられます。

 その反応、声をかけるタイミングを間違えたと、そう自覚をしたのですね。
 むぅ、今回のことは仕方がないので許してあげますよ。

「大丈夫だ、気にするな。今日は特に目的がるわけではなく、嫁と共に遊びに来ただけだ。なにかおすすめなどはあるか?」

「でしたら、素敵な反物をお嬢が仕入れたらしいですよ! 奥様にお似合いなものがあるかもですので、もしよかったら!」

「ふむ、そうか、それなら見に行こう。お前さんがお嬢と呼ぶという事は、あそこか」

「あそこでございます。では、逢瀬をお楽しみください」

 腰を折り、私達を見送る狸さん。
 私は手を振ったあと、旦那様と離れないようについて行きます。

 市場の通りに入ると、人がどんどん増えて旦那様とはぐれないか怖くなってきました。

 手は繋いでおりますが、それでも不安になってしまいます……。

「さすがに、人が多くなってきたな」

「そうですね、はぐれてしまわれないか不安になります」

「そうだなぁ、我も怖いな。だから、こっちの繋ぎ方にするぞ」

 あっ、握り方、変わりました。
 指を絡める繋ぎ方、恋人繋ぎと呼ばれている繋ぎ方です。

「どうした?」

「い、いえ。その、嬉しくて……」

「はっはっ!! ぬしは我の行動一つ一つに喜びを得るなぁ」

「い、嫌ですか? 軽い女だと、思われてしまいましたか?」

 確かに、私は旦那様一つ一つの行動で喜んだり、妬いたりと。感情の起伏きふくが激しくなってしまいます。

 それを旦那様は、めんどくさいと思ってしまいましたでしょうか。

「いーや、愛されているなと思ってな。我も同じ気持ちだぞ、だから安心せい」

 っ! もう! またしても、私を喜ばせてくれます、私の旦那様は。

「お、ここだ。我がいつも世話になっている反物屋」

「ここ、ですか?」

 目の前には、色鮮やかな反物がお店を飾るように置かれています。

 薄紅色、深緑色などの一色な物もあれば、麻の葉あさのは柄や矢絣《やがすり》柄など。和風柄もたくさん取り揃えられてあります。

 見ているだけでずっとここに居れそう。
 迷惑になるからさすがにそのような事はしませんが……。

「おい、のっぺらぼう。来たぞー」

「はぁい、もうそろそろで来るかなと思いましたよ、七氏様」

 旦那様が奥に声をかけると、一人の女性が着物姿でこちらに歩いてきました。

 その人には顔がなく、黒髪を赤い簪でまとめている女性です。
 赤い着物を身に纏い、白い羽織を肩にかけております。

 顔が無くても、佇まいだけで綺麗なお方だとなんとなくわかります。
 頬が赤く染まっており、かわいいお方です。

「今日は新作が入ったと狸が言っていたが、どんなものが入ったんだ?」

「そうでしたか! わざわざ足をお運び頂きありがとうございます。もしかしてですが、隣におりますのが、いつもお話をしてくださいます奥方様ですか?」

「そうだ、自慢の嫁だぞ」

 っ!! 前触れもなく、肩を抱き寄せられました。しかも、旦那様の逞しくも美しい腕が私の肩に回されております。

 は、恥ずかしいけど、嬉しい。
 でも、やっぱり恥ずかしいです!

「ふふっ。仲良しですね、可愛い」

「そうだろう? 当たり前だ」

 二人が私を見て、そのようなお話をしております。

 そ、そんなことを本人の前で言わないでください! 恥ずかしいです!!
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