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過去:人身御供
2ー1
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私は、旦那様に嫁ぐ前、寂れた神社の巫女として活動しておりました。
巫女の活動と言っても、口寄せや浄化などといったことは出来ない。
そのため、窓口や清掃などを主に行っておりました。
特別な力を持っていなくても私がいる神社は、何としてでも守らなければならないのです。
神社の裏手にある森の中には、何百年も受け継がれた神木があるのだから。
ですが、ただ神社を守るだけでは神木を守ることは出来ません。
神木を守るためには、一年に一度、人身御供を行わなければならないのです。
人身御供というのは、神への供え物として人の体を捧げること。
その人も、誰でもいいという訳ではないのです。
”若い女性”
これが、最低条件でした。
今年はとうとう、私が生贄人に選ばれてしまったのです。
親に捨てられ、今までろくな生活を送る事が出来ていなかったので、選ばれた時も、特に思うことはありませんでした。
厄介者を排除したかったんだろうなぁ、と、何故か他人事のように考えていました。
もう、私は自身の人生に期待などしておりません。
逆に生きている事が苦しくて、辛かった。
そろそろ、潮時かなと思いました。
だから私は、生贄人になる事を決めたのです。
・
・
・
・
・
・
体を清め、布に包まれたナイフを片手に、神社の奥にある森の中、神木の前に立ちます。
今は深夜、満月が私のいる森を照らしております。
星がちりばめられている夜空に、雲が気持ちよさそうにゆっくりと漂っておりました。
このように澄んでおられる夜空の下で、私は、神に自身の命を捧げる事が出来るのですね。
神々しい、親の代まで守られてきた神木の前で、この命を捧げる。
手に持っている、白い布から覗き見える銀色のナイフを胸に突き刺し、この世を去るのです。
――――――――あともう少しで、この世ともお別れですね
人身御供の時間を知らせるように、周りを飛ぶ鳥が、夜空に綺麗な歌を鳴り響かせました。
――――――――時間です
白装束の胸元部分を少しだけはだけさせ、ナイフをくるんでいる白い布をはらりと地面に落とす。
裸足の私は、そのまま神木の目の前に立ち、見上げます。
右手を伸ばし、神木に触れてみます。
心なしか、心音が右手に伝わっているような気がして、心地よい。
『これからも天魔神社を、よろしくお願いします』
この祈りが届かぬことなどわかっております、それでも祈らずにはいられません。
私が居なくなってしまった天魔神社は、跡取りが居なくなってしまいます。
私の代で終わらせてしまう事への後ろめたさはもちろんあります。
ですが、仕方がありません。
私は神に捧げなければならないのです。
もう、決まった事なんですから。
一歩、神木から離れ、ナイフを両手で持ち、胸元に狙いを定めます。
――――――――さようなら
目を閉じると、頬を伝い落ちる涙。
気にせず、ナイフを自身の胸元に振り下ろしました――……
――――――――シュッ!!
『――――え』
私がナイフを振り下ろした瞬間、体が急に後ろに引き寄せらせ、同時に手が上空で動かなくなる。
私の腰には逞しい腕、背中には人の温もりを感じます。
お、おかしい。
ここには私しかいないはず、村の人が私を見に来るわけもありません。
『だ、れですか?』
困惑しながら問いかけると、低く、甘い囁き声が耳元に聞こえたのです。
『やっと、ぬしに触れられる』
ゾクゾクと体に甘い痺れが走り、体が若干震えました。
『クックックッ、安心するがよい。我は、ぬしの味方だ』
腰に回されていた手が私の顎を固定してきました。
強制的に後ろを振り向かされます。
そこには、黒い布で顔を隠している男性が、銀髪を風で揺らしながら立っておりました。
『ふむ、今まで遠目でしか見る事ができんかったが、やはり……。近くで見ると、より一層別嬪さんだな』
その言葉だけでは、到底理解出来ません。
『あ、あの、貴方は一体誰なのですか……?』
『我か、確かにぬしは我とは初対面だったな。これは失敬』
カッカッカッと笑うと、いきなり黒い布で隠している顔を近づかせてきます。
少しでも動けばぶつかってしまいそう。
そんな彼の後ろには、人にはあるはずのないものがゆらゆらと、ゆっくりと揺れており驚きました。
『銀色の、九本の尾?』
『そうだ。我は九尾の狐、九火七氏だ。あやかしのトップ、と言えばわかるか?』
『き、九尾の狐? なぜ、そのような有名な方が私を助けたのですか?』
『死なれたら困るからな』
『困るとは、いったい――え、手から血がっ――!!』
横に垂れていた七氏さんの右手、血が出ております。
ナイフの刃部分をそのまま掴んでいるので当然です。
さっき、私がナイフを最後まで下ろすことが出来なかったのは、七氏さんがナイフを掴んだからでした。
『あぁ、これか。心配無用、この程度で我を倒すことなどできん』
私から一歩分、後ろに下がり離れますと、七氏さんがナイフを"カラン"と落としました。
開かれた手のひらは、ぱっくりと切れてしまっており、痛々しい。
これは、縫わなければならないのでは無いでしょうか。
私が手を伸ばし、七氏さんの手を握ろうとした時、なぜか流れていた血が止まったように見えました。
『え、止まった……?』
よくよく見ても、血は完全に止まっております。
見続けていると、徐々にぱっくりと切れておりました傷が、たちまち塞がっていきました。
完全に傷が塞がると、もう血は流れる事はなく痕すら残っておりません。
私が目を丸くしながら七氏さんの腕を見ていると、なぜかクククッと笑われました。
『さっきも言ったであろう、心配無用だと。我は九尾の狐、人間ではない。巫女であるぬしならわかるだろう?』
『少しだけしか……。九本の尾をもつ狐の霊獣、またはあやかしと。そのようなものしか聞いておりません』
『むっ、もう少し細かく知っていると思っておったぞ』
私の返答を聞くと、黒い布の隙間から覗き見える口がへの字になってしまいました。
そんな顔をされても、私はこの程度しか耳にしておりませんので仕方がありませんよ。
自分で調べるという事もできる環境ではありませんでしたし……。
『まぁ、良い。ぬし、一つ我の願いを叶えてはくれぬか?』
『え、九尾の狐の、願い?』
『そうだ。ぬし、我の嫁となれ』
巫女の活動と言っても、口寄せや浄化などといったことは出来ない。
そのため、窓口や清掃などを主に行っておりました。
特別な力を持っていなくても私がいる神社は、何としてでも守らなければならないのです。
神社の裏手にある森の中には、何百年も受け継がれた神木があるのだから。
ですが、ただ神社を守るだけでは神木を守ることは出来ません。
神木を守るためには、一年に一度、人身御供を行わなければならないのです。
人身御供というのは、神への供え物として人の体を捧げること。
その人も、誰でもいいという訳ではないのです。
”若い女性”
これが、最低条件でした。
今年はとうとう、私が生贄人に選ばれてしまったのです。
親に捨てられ、今までろくな生活を送る事が出来ていなかったので、選ばれた時も、特に思うことはありませんでした。
厄介者を排除したかったんだろうなぁ、と、何故か他人事のように考えていました。
もう、私は自身の人生に期待などしておりません。
逆に生きている事が苦しくて、辛かった。
そろそろ、潮時かなと思いました。
だから私は、生贄人になる事を決めたのです。
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体を清め、布に包まれたナイフを片手に、神社の奥にある森の中、神木の前に立ちます。
今は深夜、満月が私のいる森を照らしております。
星がちりばめられている夜空に、雲が気持ちよさそうにゆっくりと漂っておりました。
このように澄んでおられる夜空の下で、私は、神に自身の命を捧げる事が出来るのですね。
神々しい、親の代まで守られてきた神木の前で、この命を捧げる。
手に持っている、白い布から覗き見える銀色のナイフを胸に突き刺し、この世を去るのです。
――――――――あともう少しで、この世ともお別れですね
人身御供の時間を知らせるように、周りを飛ぶ鳥が、夜空に綺麗な歌を鳴り響かせました。
――――――――時間です
白装束の胸元部分を少しだけはだけさせ、ナイフをくるんでいる白い布をはらりと地面に落とす。
裸足の私は、そのまま神木の目の前に立ち、見上げます。
右手を伸ばし、神木に触れてみます。
心なしか、心音が右手に伝わっているような気がして、心地よい。
『これからも天魔神社を、よろしくお願いします』
この祈りが届かぬことなどわかっております、それでも祈らずにはいられません。
私が居なくなってしまった天魔神社は、跡取りが居なくなってしまいます。
私の代で終わらせてしまう事への後ろめたさはもちろんあります。
ですが、仕方がありません。
私は神に捧げなければならないのです。
もう、決まった事なんですから。
一歩、神木から離れ、ナイフを両手で持ち、胸元に狙いを定めます。
――――――――さようなら
目を閉じると、頬を伝い落ちる涙。
気にせず、ナイフを自身の胸元に振り下ろしました――……
――――――――シュッ!!
『――――え』
私がナイフを振り下ろした瞬間、体が急に後ろに引き寄せらせ、同時に手が上空で動かなくなる。
私の腰には逞しい腕、背中には人の温もりを感じます。
お、おかしい。
ここには私しかいないはず、村の人が私を見に来るわけもありません。
『だ、れですか?』
困惑しながら問いかけると、低く、甘い囁き声が耳元に聞こえたのです。
『やっと、ぬしに触れられる』
ゾクゾクと体に甘い痺れが走り、体が若干震えました。
『クックックッ、安心するがよい。我は、ぬしの味方だ』
腰に回されていた手が私の顎を固定してきました。
強制的に後ろを振り向かされます。
そこには、黒い布で顔を隠している男性が、銀髪を風で揺らしながら立っておりました。
『ふむ、今まで遠目でしか見る事ができんかったが、やはり……。近くで見ると、より一層別嬪さんだな』
その言葉だけでは、到底理解出来ません。
『あ、あの、貴方は一体誰なのですか……?』
『我か、確かにぬしは我とは初対面だったな。これは失敬』
カッカッカッと笑うと、いきなり黒い布で隠している顔を近づかせてきます。
少しでも動けばぶつかってしまいそう。
そんな彼の後ろには、人にはあるはずのないものがゆらゆらと、ゆっくりと揺れており驚きました。
『銀色の、九本の尾?』
『そうだ。我は九尾の狐、九火七氏だ。あやかしのトップ、と言えばわかるか?』
『き、九尾の狐? なぜ、そのような有名な方が私を助けたのですか?』
『死なれたら困るからな』
『困るとは、いったい――え、手から血がっ――!!』
横に垂れていた七氏さんの右手、血が出ております。
ナイフの刃部分をそのまま掴んでいるので当然です。
さっき、私がナイフを最後まで下ろすことが出来なかったのは、七氏さんがナイフを掴んだからでした。
『あぁ、これか。心配無用、この程度で我を倒すことなどできん』
私から一歩分、後ろに下がり離れますと、七氏さんがナイフを"カラン"と落としました。
開かれた手のひらは、ぱっくりと切れてしまっており、痛々しい。
これは、縫わなければならないのでは無いでしょうか。
私が手を伸ばし、七氏さんの手を握ろうとした時、なぜか流れていた血が止まったように見えました。
『え、止まった……?』
よくよく見ても、血は完全に止まっております。
見続けていると、徐々にぱっくりと切れておりました傷が、たちまち塞がっていきました。
完全に傷が塞がると、もう血は流れる事はなく痕すら残っておりません。
私が目を丸くしながら七氏さんの腕を見ていると、なぜかクククッと笑われました。
『さっきも言ったであろう、心配無用だと。我は九尾の狐、人間ではない。巫女であるぬしならわかるだろう?』
『少しだけしか……。九本の尾をもつ狐の霊獣、またはあやかしと。そのようなものしか聞いておりません』
『むっ、もう少し細かく知っていると思っておったぞ』
私の返答を聞くと、黒い布の隙間から覗き見える口がへの字になってしまいました。
そんな顔をされても、私はこの程度しか耳にしておりませんので仕方がありませんよ。
自分で調べるという事もできる環境ではありませんでしたし……。
『まぁ、良い。ぬし、一つ我の願いを叶えてはくれぬか?』
『え、九尾の狐の、願い?』
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