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28-2 十年前の黒幕は
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「リンディも、よくモモを守ってくれたな」
クレオナルドが横に座るリンディの頭を撫でると、弟は少しだけはにかんで、けれども嬉しそうに胸を張った。
幼いころから足繫く屋敷に通うクレオナルドを、リンディは兄さまと呼び慕っている。そしてクレオナルドもまた、そんなリンディを可愛がっている。
「ほんとうに、リンディがいてくれてよかったわ」
ひとりだったなら、あんなふうに抵抗はできなかった。しかも彼の指示により、ふたりのうちひとりを撃退したのだ。
そう言うと、リンディは貴族令息のたしなみです、と得意げに腕を組んだ。
あの時、スタンリー元伯爵がやってくる前。そっと耳打ちされたのは、リンディが合図をすれば勢いよく立ち上がって、相手の顎に頭突きを食らわせる、ということだけ。
頭の回転の速い弟は、メロディナの想像の何十倍も逞しかった。
例えば、スタンリー元伯爵を煽り、手を上げさせたこと。
頬を殴られたと見せかけて、実際には素早く肩で防御する。そして倒れこみ、ポケットに隠し持っていた折り畳み式のナイフを取り出す。これは万一の時のためにコーラル家の馬車に置かれていたものだ。
殴られ痛みに悶えてるふりをしていれば、ごそごそ動いていても不審に思われないでしょう。そう言った時の満面の笑みは、父コーラル伯爵にとても良く似ていた気がする。
「それに父さまや兄さまみたいな方の一撃ならまだしも、あんなクソジジ……んんっ、鍛錬なんてしたことのないような肥えた中年の拳なんて、全然痛くなかったです」
可愛い弟の言葉遣いがおかしいような気もしたが、そこは一旦スルーしておこう。
「モモ、スタンリー元伯爵のことだが……その、コーラル伯爵からなにか聞いているか?」
「……ええ」
少し躊躇うようなクレオナルドの問いかけに、メロディナはそっと目を伏せた。
今回メロディナとリンディを攫えと指示したあの男は、違法薬物の密売を行っていた他国の貴族を頼り脱獄した。だが相手も危ない橋だとわかっていたのだろう。足がつかないよう買収できたのは傭兵くずれのたった二名。
そのまま亡命でもすればよかったものを、逆恨みをこじらせメロディナたちに手を出してしまった。
「十年前……私を攫った組織をまとめていたのも、元伯爵だったのですってね」
「モモ」
寒くて暗い荷台は絶望を煽り、悪魔のような男たちの笑い声が、幼いメロディナを恐怖の底へと引きずり込む。
そんな遠い昔の記憶がまざまざと蘇り、メロディナの身体は恐怖に震えてしまう。
だが目の前が真っ暗になりかけたとき、しっかりと抱きしめてくれたクレオナルドの腕が、メロディナを現実へと戻してくれた。
向かいに座っていたはずがいつの間にか逞しい腕の中に閉じ込められている。ハッと慌てて視線を彷徨わせたが、弟の姿はどこにも見えない。
「リンディは部屋へ戻ったから、気にするな。あの日、抱きしめられなかったから、もう少しだけ」
その言葉で、無意識に張っていた身体の強張りが解けたような気がして、ほろりと涙が零れていく。
クレオナルドの立場を考えれば、このぬくもりは手放すべきだ。そう思っているのに。
欠陥だらけのメロディナが、この人と釣り合うような人間になんて到底なれるわけがない。そう思ってさよならを告げたのに。
それでもどうしたって気持ちは断ち切れないでいる。
クレオナルドが横に座るリンディの頭を撫でると、弟は少しだけはにかんで、けれども嬉しそうに胸を張った。
幼いころから足繫く屋敷に通うクレオナルドを、リンディは兄さまと呼び慕っている。そしてクレオナルドもまた、そんなリンディを可愛がっている。
「ほんとうに、リンディがいてくれてよかったわ」
ひとりだったなら、あんなふうに抵抗はできなかった。しかも彼の指示により、ふたりのうちひとりを撃退したのだ。
そう言うと、リンディは貴族令息のたしなみです、と得意げに腕を組んだ。
あの時、スタンリー元伯爵がやってくる前。そっと耳打ちされたのは、リンディが合図をすれば勢いよく立ち上がって、相手の顎に頭突きを食らわせる、ということだけ。
頭の回転の速い弟は、メロディナの想像の何十倍も逞しかった。
例えば、スタンリー元伯爵を煽り、手を上げさせたこと。
頬を殴られたと見せかけて、実際には素早く肩で防御する。そして倒れこみ、ポケットに隠し持っていた折り畳み式のナイフを取り出す。これは万一の時のためにコーラル家の馬車に置かれていたものだ。
殴られ痛みに悶えてるふりをしていれば、ごそごそ動いていても不審に思われないでしょう。そう言った時の満面の笑みは、父コーラル伯爵にとても良く似ていた気がする。
「それに父さまや兄さまみたいな方の一撃ならまだしも、あんなクソジジ……んんっ、鍛錬なんてしたことのないような肥えた中年の拳なんて、全然痛くなかったです」
可愛い弟の言葉遣いがおかしいような気もしたが、そこは一旦スルーしておこう。
「モモ、スタンリー元伯爵のことだが……その、コーラル伯爵からなにか聞いているか?」
「……ええ」
少し躊躇うようなクレオナルドの問いかけに、メロディナはそっと目を伏せた。
今回メロディナとリンディを攫えと指示したあの男は、違法薬物の密売を行っていた他国の貴族を頼り脱獄した。だが相手も危ない橋だとわかっていたのだろう。足がつかないよう買収できたのは傭兵くずれのたった二名。
そのまま亡命でもすればよかったものを、逆恨みをこじらせメロディナたちに手を出してしまった。
「十年前……私を攫った組織をまとめていたのも、元伯爵だったのですってね」
「モモ」
寒くて暗い荷台は絶望を煽り、悪魔のような男たちの笑い声が、幼いメロディナを恐怖の底へと引きずり込む。
そんな遠い昔の記憶がまざまざと蘇り、メロディナの身体は恐怖に震えてしまう。
だが目の前が真っ暗になりかけたとき、しっかりと抱きしめてくれたクレオナルドの腕が、メロディナを現実へと戻してくれた。
向かいに座っていたはずがいつの間にか逞しい腕の中に閉じ込められている。ハッと慌てて視線を彷徨わせたが、弟の姿はどこにも見えない。
「リンディは部屋へ戻ったから、気にするな。あの日、抱きしめられなかったから、もう少しだけ」
その言葉で、無意識に張っていた身体の強張りが解けたような気がして、ほろりと涙が零れていく。
クレオナルドの立場を考えれば、このぬくもりは手放すべきだ。そう思っているのに。
欠陥だらけのメロディナが、この人と釣り合うような人間になんて到底なれるわけがない。そう思ってさよならを告げたのに。
それでもどうしたって気持ちは断ち切れないでいる。
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