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23-2 可愛い弟のお願い

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「姉さま」

 メロディナが泣きはらした日から十日ほど経ったある日のこと。
 子供らしい高く歌うような声で呼ばれたメロディナは、申し訳程度にノックした扉から顔を覗かせる弟、リンディを見つけ微笑み、おいでと手招いた。
 そんな姉の優しげな表情に、リンディは頬を赤く染め、満面の笑みでメロディナに飛びついた。

「あらあら、甘えんぼさんね。どうしたの?」

 きらきらと光を受けて輝く、白みがかったプラチナブロンドをそっと撫でる。ふんわりとした猫っ毛に、吸い寄せられそうなほど澄んだ紫水晶の瞳は、敬愛する父親譲りだ。
 まだ十歳と幼い末っ子を、メロディナたち姉妹はそれは可愛いがっている。

「姉さまあのね、一緒にお出かけしませんか? ちい姉さまのお誕生日が来月でしょう? プレゼントを探したくて」
「まぁ」

 リンディはコーラル伯爵家の後継として、領地経営の手伝いをして小遣いを得ている。
 もっとも、触れ合いの少なくなってしまう父子のお遊び程度のものなのだが、それでもこの歳で賃金を得ているなんて、どう考えてもコーラル家のお荷物でしかないメロディナよりも立派だ。

 そして今回はその貯めた給金で、姉であるベリルの誕生日プレゼントを買うつもりなのだろう。
 先のメロディナの誕生日には、可愛らしい花のブローチを贈ってくれた。小さなパールを散らしたとても綺麗なそのブローチは、当然メロディナの宝物である。

「ごめんねリンディ。今日お父様はお仕事だし、お母様も孤児院へ慰問中でしょう? ベリルちゃんもいなくて護衛の問題もあるし、私たちが勝手に外に出るなんて、いけないわ」
「でも、どうしても今日がいいんです。姉さまのことは僕がお守りします! なので、お願い姉さま。一緒にお出かけしましょう?」
「だけど……」
「姉さま、なんだか近頃とってもお寂しそうにしてるじゃないですか。だから、今日は僕が姉さまを楽しませるためにエスコートします! ……それとも、僕と一緒はいやですか……? ちい姉さまとは、仲良くお出かけしていたのに……」

 可愛い弟は抱き着いたまま瞳を潤ませ、上目遣いでメロディナを見つめてくる。
 そんな顔を向けられてしまえば、メロディナはもう首肯するしかない。
 うちの弟は世界一可愛いと頭の中で何度も呟いて、それと同時にこんな小さな子にまで心配をかけてしまっていたのかと反省をした。

「嫌なわけあるはずがないでしょう。姉さまもリンディとお出かけしたいと思っているのよ。でも姉さまはあまり街に出たことがなくて不慣れだから、今日はリンディに案内をお願いしてもいいかしら?」
「! もちろんです! では早速ご用意しましょう! 侍女に言ってきますね!」

 その返事を聞き、ぱぁっとたくさんの花が咲いたように満面に笑みをたたえたリンディは、すぐさまメロディナの膝から降り、勢いよく駆けて行ってしまった。
 走ってはだめよと背中に向かって注意をしてみたけれど、おそらく聞こえてはいないだろう。やれやれと苦笑して、それでも可愛い弟が自分のためを思って街歩きを提案してくれたという事実に、メロディナは自然と笑みが零れる。
 ここ数日、メロディナの陰鬱とした気分を表すように、しとしとと長雨が続いていた。
 だが今日はそんな雨もやっと上がり、リンディも外に出たいのだろう。メロディナとて、ずっと屋敷にこもっているわけにはいかないと理解している。

「まだ不眠がひどいけれど……リンディとお出かけしたら気が晴れて、夜も眠れるかもしれないわ」

 そう小さく呟いて、やってきた侍女と不慣れな場所でも動きやすいよう淡い緑色のワンピースドレスを選ぶ。
 キュッと絞ったウエストから裾にかけてふんわりと広がるフレアスカートはきれいめで、そのスカートを覆うように小花の刺繍を施したチュールが揺れ、とても可愛らしい。同色のリボンタイを結び、胸にはリンディから貰った、宝物のブローチをつける。
 そんな明るい服装に合うようサイドの髪を複雑に編み込み、ハーフアップに結い上げてもらうと、鬱々としていた気分が少し晴れやかになってきたように思えた。

「わぁ……! お綺麗です姉さま! ブローチもとってもお似合いで、つけてくれて嬉しいです!」
「ふふ、ありがとうリンディ。あなたもとっても素敵な紳士だわ」

 自分の用意ができ、待ちきれずメロディナの部屋に飛び込んできたリンディは、仕立ての良いブラウスにサスペンダー付きの黒い半ズボンを合わせた貴族の子供スタイルだ。フリルの襟元にはボリュームのあるレースのジャボを、大きな紫水晶のブローチで飾っている。

「本日はエスコートをお願いいたしますわ、リンディ様」
「まかせてください姉さ……コホン、メロディナ嬢。お手をどうぞ」

 ピンと背を伸ばし、リンディは小さな手を恭しく差し出してくる。
 その姿がとても微笑ましくて可愛くて、メロディナは笑いながらその手を取るのだった。
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