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23 可愛い弟

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疲労感いっぱいの身体をベッドに沈め、メロディナは、見慣れた天蓋のカーテンをぼんやりと眺めている。

 クレオナルドにもう会わないと告げると、彼はメロディナに、家には帰さないと声を荒らげた。
 きつく抱きしめられ、そして触れるだけのキスをして……。
 だがメロディナが弱々しくも抵抗し、冷たい水滴で頬を濡らすと、クレオナルドは戸惑うように腕の拘束を緩めた。
 彼は昔から、メロディナの涙にはどうしようもなく狼狽えてしまうのだ。
 いくら強い言葉を浴びせられても、激しい独占欲を露わにされても、メロディナは彼がとても優しいことを知っている。クレオナルドはいつだって、メロディナを大切に扱ってくれていたから。
 だから、無理強いなんてするはずはなかった。初めての同意なき口づけで、あれほど後悔していたのだから。

 それをわかっていて、メロディナは身勝手で、最低な女を装った。

 どうか少しでもメロディナに腹を立てて、どれだけ酷い女なのだと、未来の伴侶に相応しくないと、彼から見限ってもらえるように。

「……でも、レオが誰かと結婚するところなんて、見たくないなぁ」

 筆頭公爵家の嫡男。
 その血を絶やさぬよう、彼が独身を貫くなんて許されない。
 メロディナに結婚の意思がないと伝えれば、クレオナルドの両親だって、すぐにでもどこぞのやんごとなきご令嬢との縁談を整えるだろう。
 その姿を、誰とも知らない女性に微笑みかけるクレオナルドを、心の底から祝福することなどできるのだろうか。

「そんなの、絶対に無理よ……」

 想像しただけで胸が軋む。上手く息ができなくなる。
 自分勝手にもほどがあると、いっそ笑えてきてしまう。

「修道院にでも、行くしかないのかな……」

 それも家族が許してくれそうにない。メロディナだって、本当は寂しい。
 でも一生この家にいることもできないとも思う。
 コーラル家の跡継ぎは弟のリンディだし、妻を娶り、子ができたのに精神的に不安定な姉がずっと屋敷にいるなんて、どう考えてもおかしい。
 正直に言っても無理なら、黙って抜け出すしかないのだろうか。また、あの夜会のように?
 そんなの、無理に決まっている。

「もうわかんない……どうでもいいや……」

 うっすらと涙を滲ませて、近くにあったクッションをぎゅっと抱きしめ、身体を丸める。

 ベリルとクレオナルドたちの公開練習を観に行ったのが随分と前の事のように感じたけれど、まだたった数時間前の出来事だ。
 目を瞑ると、力強く剣を構える凛々しいクレオナルドの姿が鮮明に思い出された。

「かっこよかったなぁ……」

 両方の目尻から雫がこぼれ、頬をつたう。

 好きだと、メロディナが初めて自分の気持ちを打ち明けたその時。クレオナルドの形の良い蜂蜜色の瞳が熱くとろけたのを見て、どうしようもなく胸が締めつけられた。
 俺のものだと言われたのも嬉しかった。彼のものになりたかった。
 強い言葉とは裏腹に、傷つけまいと触れる手はどこまでも優しくて。

 彼を想うと身体の中から熱くなる。処女であったのが、遠い昔のようにすら感じてしまう。

「やだっ、な、なに……?」

 ふいに情事の残滓がとろりと零れ、ショーツを濡らした。
 いくら世間知らずのメロディナであっても、あれが子を成す行為だと気づいている。
 

 身を清めねばと思うのに、熱い湯を浴びて、彼のぬくもりを忘れてしまうのが怖かった。

「ほんと、自分勝手で嫌になる……」

『クレオナルドは紛れもなくブルドアの、この王国の剣と言われる筆頭公爵家の血筋だよ』


 ぽろぽろと溢れる涙は止まらなくて、どうすればおさまるのか、ちっともわからなかった。
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