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16‐3 私が眠るまで

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◇◆


 メロディナはクレオナルドと共に、部屋まで無言で歩く。
 彼が馬に乗ろうと足を掛けたとき、咄嗟に引き留めてしまった。まだ恐怖を感じていたのは本当。
 でも、それだけじゃない。ただ単に、メロディナがクレオナルドと離れたくなかったから。
 その感情の意味もよくわからなくて、とぼとぼと歩くメロディナは、寝衣の上に羽織った厚手のカーディガンの合わせをぎゅっと握った。

「モモの部屋、久しぶりだな」

 ふたり揃って部屋へ入ると、扉がゆっくりと音を立てて閉まる。

「そうだっけ?」
「でも、あまり変わってない」

 部屋にはほのかに明かりが灯っている。
 夜中にメロディナの目が覚めた時、真っ暗だとパニックを起こしてしまうことがあるからだ。

 クレオナルドは懐かしむようにくるりと部屋を見渡してから、気がついたようにメロディナに顔を向けた。

「ほら、もう早く寝ろよ。フラフラじゃないか」
「う、うん……」

 トン、と優しく背中を押され、のろのろとベッドへ潜り込む。
 カーディガンを脱ごうとボタンをに手をかけると、クレオナルドが明らかに視線を逸らしたのがわかった。

 自業自得とはいえ、確かに目がまわるような一日だった。ただでさえ体力のないメロディナは、もうくたくただ。
 夜会での出来事は恐ろしかった。けれど今となってはどこか他人事で、それよりもただ、クレオナルドに触れられた場所が熱い。

 こっそりと彼を窺うと、クレオナルドはベッドの横に置かれた椅子に腕を組み、腰かけている。

「あの、マントありがとう。帰りにレイウィンから受け取って」
「わかった」
「…………」
「…………」

 ほのかに照らされる明かりの中、ふとクレオナルドのくちびるに目がいってしまう。
 整った顔立ちにキュッと結ばれた薄いくちびる。そこから飛び出した、好きだ、という突然の告白。
 それを思い出し、ドキドキと心臓がうるさいほどに音を立てる。
 あの時は突然、クレオナルドが豹変してしまった気がして驚いたけれど、今は彼の心が離れて行ってしまうのが怖い。拒絶をしておいて、勝手なものだ。
 いや、こんなこと考えずに寝なければと目をきつく瞑ってみるが、一向に眠れる気がしない。

「……レオ、まだ帰らないよね?」

 ぴょっこりと寝具から顔を出すメロディナを見て、クレオナルドは眉間に皺を寄せた。

「眠るまでここにいてやるって言ってるだろ」

 そっけない言葉とは裏腹に、その声色は優しい。
 そう、クレオナルドは、いつだってメロディナに優しかった。それはずっと変わらない。
 少し泣きそうになりながら、メロディナは細い左手をクレオナルドに伸ばす。

「ねぇ、手握ってて。寝るまででいいから……ダメ?」

 さっきからドキドキと心臓がうるさい。だからか、少しだけ声が震えてしまう。

「っ、ダメなわけ、ないだろ……」

 絡め取られた指先は少しだけひんやりとしていて、火照った体には心地よかった。





 うとうとと、暗い夢の中へ落ちてしまいそうになっていたが、重なっていた大きな手のぬくもりが離れていってしまう事実に気がついて、薄く目を開けた。
 クレオナルドはメロディナが眠っていると思っているのか、音を立てずに椅子から立ち上がる。

 ──帰らないでって、言ったら困るかな。

 困るに決まってる。拒絶して、もう会いたくないと言ったのはメロディナだ。それに、あのとき言ってしまった酷い言葉も、まだ謝っていない。
 クレオナルドは目を瞑り寝たふりを続けるメロディナの頬にそっと触れて、何かを呟いて出て行ってしまった。

「レオ……?」

 なにを言ったのだろう。
 閉まった扉に向かって名前を呼ぶけれど、当然クレオナルドは戻ってこない。

 胸が苦しいのはどうして。
 クレオナルドのぬくもりが離れていってしまったことが、とても寂しい。

 知らない男の人が横に立っただけで、不快に身が震える思いがしたのに。
 クレオナルドならよかった。
 もう大丈夫だと、宥めるように抱きしめられた時には安心して、二度と離れたくないと思ってしまった。

 誰もいない図書室で、唇が触れ合ったときは驚いて、今までの二人の関係性が変わってしまうのではないかと怖かった。
 でもそれは、クレオナルドがメロディナを置いてどこか遠くへ行ってしまう気がしたからで。

 他の女の子が彼の話をするのも嫌だった。
 今まで気にしたことがなかったけれど、高い身分で見目も良いクレオナルドに、憧れのまなざしを向ける子がいないなんて、どうして思っていたの。

 ──私、レオが好きなんだわ……

 ふと、窓際に目を向ける。
 所狭しと置かれていた色とりどりの花たちは、拒絶の手紙と共に新しく飾られることはなく、そこにあったものも散ってしまった。
 きゅっとシーツにくるまってみたけれど、温まっていたはずの心と身体が、急速に凍えていく思いがする。

 この恋心を自覚するには、遅すぎたのだろうか。
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