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16 帰らないで

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「モモ!」

 騎士たちから連絡があったのだろう。屋敷に戻ると、門の前で夫人がメロディナの到着を待っていた。
 彼女を心配そうに見つめるその顔色は、今にも倒れてしまいそうなほど、青い。

「お母様、ごめんなさい、私……」
「……あなたが無事なら、それでいいのよ」

 伯爵は今回の違法薬物の件で呼ばれたらしく、姿が見えない。騎士たちを取り締まる立場なのだから当然だ。
 そのことに、メロディナは心なしか安堵しているようだった。まだ心の整理がついていない状態で、激怒しているであろう父親に会うのは勇気がいるのかもしれない。それもただ、問題を先送りにしているだけではあるが。

「モモ、お父様は今日帰ってこられるかわからないし、あなたも疲れたでしょう? もう休みなさい」
「夫人の言うとおりだ。もう家だから何も心配しなくていい。ゆっくり休め」

 ではな、とロイロのあぶみに足をかけるクレオナルドに、メロディナは慌てたように声をかけてきた。

「え……まって、レオ帰っちゃうの?」

 巻かれたマントの合わせを握り締めながら駆け寄ってくるメロディナに、クレオナルドの動きも止まる。

「そりゃ……伯爵がいないのに夜遅くに上がり込むわけには」
「レオならいいよねお母様?……まだ怖いの。お父様もいないのに、レオも帰っちゃったら……」

 ──ぐっ……可愛すぎるだろうが……!

 散々泣き腫らした目を更に潤ませて縋るメロディナに、不謹慎にもクレオナルドの胸は喜びではち切れそうになってしまう。
 そしてそんなクレオナルドに、メロディナは追い討ちをかけるのだ。

「ねぇ、眠るまで、一緒にいてくれる?」

 その言葉に、クレオナルドは喉を鳴らした。
 深い意味はないのだろう。メロディナの言うとおり、彼女が一番頼りにしているコーラル伯爵が不在だから、幼馴染みであるクレオナルドに声をかけただけなのだ。
 落ち着け、と自身に言い聞かせ、今にも零れてしまいそうなメロディナの涙をそっと拭う。すっかり化粧が落ちてしまっていたけれど、それでも彼女の可憐さは変わらない。

 最近調子がいいと言ってはいたが、心的外傷トラウマのせいであまり眠れないのだろう。
 愛しい人に頼られるのは嬉しいし、我儘なんて滅多に言わないメロディナの望みは、なんでも叶えてやりたい。
 なにより、クレオナルド自身が彼女と一緒にいることを望んでいる。

 そう思い夫人に視線を向けると、彼女は苦笑しながら執事に指示を出してくれた。

「モモがお化粧を落としている間、クレオナルド様のお相手はわたくしがいたしましょう。応接室にお通しして。ハーブティーをお願いね」
「かしこまりました」
「あなたも早く着替えていらっしゃい。よく眠れるように、あとで一緒にお茶を飲みましょうね」

 夫人が優しいまなざしを向けると、メロディナは安心したように頷いて、侍女を伴っていく。

 そうしてクレオナルドが通されたのは、通い慣れたコーラル邸の応接室。
 促されるままソファーに座るやいなや、夫人はクレオナルドに向かい、頭を下げた。
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