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07-3 フランツ・ギューロ
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◇◆
広いバルコニーに出たメロディナは、ライトアップされた庭園の美しさにほぅっとため息をついた。
「ふわぁすごく綺麗……! レオはこれを見せてくれようとしていたのかしら」
ひとりだけ先に見てしまったことへの罪悪感が込み上げてくると、悲しい気持ちになりベンチに腰を下ろした。
さっきまではとても楽しかったのに。幼馴染であるクレオナルドは、成長するにつれてどんどんと口数が少なくなり、もともと凛々しかった顔は正式に騎士に叙任されてから一層険しさを増した。
けれども踊った時にこぼれた笑顔は、メロディナと共にいる時間が楽しいのだと言ってくれているみたいで嬉しかった。
「今は遊びに来てくれても会話もそんなにないし……女の幼馴染なんて、退屈だよね」
先ほどまでの高揚感はすっかりと冷めきって、美しい景色をぼうっと目に映す。なぜこんな気持ちになっているのかわからない。ひきこもりのメロディナは、ひとりでいることに寂しさなんて感じたことはなかったのに。
その時、カチャリと扉が開く音がした。きっとクレオナルドだ。そう思い、メロディナはそちらへ顔を向ける。
「早かったね! この景色とっても……」
綺麗だと言いかけて、言葉が詰まる。そこにいたのはクレオナルドではなく、茶色い髪を後ろに丁寧に撫でつけた、若い紳士だった。当然、メロディナの知り合いではない。
「あ……ごめんなさい、パートナーかと勘違いしてしまって」
誰でも自由に出入りのできる場所だ。どうしてクレオナルドだと思ってしまったのか。急に恥ずかしくなって、メロディナは立ち上がり、視線を逸らした。
「いえ、謝るのは僕の方です。あなたのパートナーがブルドア卿だと知っていながら、彼がいない隙を見計らってこうして声を掛けたのですから」
「見計らって?」
こてん、と首をかしげると、令息は苦笑しながらメロディナとの距離を詰める。
澄んだ茶色い瞳と、愛嬌のあるそばかすが印象的だった。
「これはどうも手強いようだ。デビュタントおめでとうございますレディ。僕はフランツ。ギューロ侯爵家の長子です」
「あっ、失礼いたしました、ギューロ侯爵令息様。メロディナ・コーラルと申します」
フランツと名乗った令息はメロディナに向かって手を差し出した。挨拶に慣れていないメロディナは、とっさにそれに手を乗せてしまう。
──あら? これでよかったのかしら? ひとりだと思うと、なんだか戸惑ってしまって……指が、震えるわ……
国王との面会がつつがなく終えられたのは隣にクレオナルドがいたからだ。そのことに気が付いて、途端に心細さで指先が冷たくなる。
全く知らない男性とふたりになって大丈夫なのだろうか。少しだけ恐ろしくなり、吸い込んだ酸素が薄く感じた。
だがフランツはそんなメロディナを気にするでもなく手を握ると、そこに口付けを落とすふりをした。そんな紳士的な振る舞いに胸を撫でおろすと同時に、またしても勢いよく扉が開く。
「モモ!」
「まあお父様。どうなさったの?」
「これはコーラル伯爵、お久しぶりです。いい夜ですね」
突然割り込んできた人物に驚くでもなく、フランツは人のよさそうな笑みを浮かべて礼を尽くす。それを一瞥して、メロディナの父は彼女を隠すように前に立った。
「お前。メロディナに不埒な感情は持つな。わかったな」
「……承知しております。今夜はご令嬢にご挨拶をと伺ったまで。では僕はこれで。メロディナ嬢、ダンスはまたの機会に」
「え? ええ、それではまた」
フランツは会場に戻ったが、扉は完全に閉まることなく開いている。メロディナの父はため息をついて、扉に向かい声を掛けた。
「クレオナルド、いるんだろう。私たちはもう帰るから、お前は適当にしろ」
「モモは、俺が送っていきます」
「結構。ほら、モモ行くよ。父様がエスコートしてあげる」
「え? でもまだ」
「初めての夜会だよ。気づかないだけで、すごく疲れているはずだ。デビュタントは特別人が多いし、今日はもう帰ろう。可愛い娘のエスコートを、最後に父様にもさせて」
「それはもちろんだけど、でも……」
ちらりとクレオナルドに視線を向けた。蜂蜜色の瞳はどこか寂しげで、そんな彼にかける言葉も見つからないまま、メロディナは王城を後にした。
広いバルコニーに出たメロディナは、ライトアップされた庭園の美しさにほぅっとため息をついた。
「ふわぁすごく綺麗……! レオはこれを見せてくれようとしていたのかしら」
ひとりだけ先に見てしまったことへの罪悪感が込み上げてくると、悲しい気持ちになりベンチに腰を下ろした。
さっきまではとても楽しかったのに。幼馴染であるクレオナルドは、成長するにつれてどんどんと口数が少なくなり、もともと凛々しかった顔は正式に騎士に叙任されてから一層険しさを増した。
けれども踊った時にこぼれた笑顔は、メロディナと共にいる時間が楽しいのだと言ってくれているみたいで嬉しかった。
「今は遊びに来てくれても会話もそんなにないし……女の幼馴染なんて、退屈だよね」
先ほどまでの高揚感はすっかりと冷めきって、美しい景色をぼうっと目に映す。なぜこんな気持ちになっているのかわからない。ひきこもりのメロディナは、ひとりでいることに寂しさなんて感じたことはなかったのに。
その時、カチャリと扉が開く音がした。きっとクレオナルドだ。そう思い、メロディナはそちらへ顔を向ける。
「早かったね! この景色とっても……」
綺麗だと言いかけて、言葉が詰まる。そこにいたのはクレオナルドではなく、茶色い髪を後ろに丁寧に撫でつけた、若い紳士だった。当然、メロディナの知り合いではない。
「あ……ごめんなさい、パートナーかと勘違いしてしまって」
誰でも自由に出入りのできる場所だ。どうしてクレオナルドだと思ってしまったのか。急に恥ずかしくなって、メロディナは立ち上がり、視線を逸らした。
「いえ、謝るのは僕の方です。あなたのパートナーがブルドア卿だと知っていながら、彼がいない隙を見計らってこうして声を掛けたのですから」
「見計らって?」
こてん、と首をかしげると、令息は苦笑しながらメロディナとの距離を詰める。
澄んだ茶色い瞳と、愛嬌のあるそばかすが印象的だった。
「これはどうも手強いようだ。デビュタントおめでとうございますレディ。僕はフランツ。ギューロ侯爵家の長子です」
「あっ、失礼いたしました、ギューロ侯爵令息様。メロディナ・コーラルと申します」
フランツと名乗った令息はメロディナに向かって手を差し出した。挨拶に慣れていないメロディナは、とっさにそれに手を乗せてしまう。
──あら? これでよかったのかしら? ひとりだと思うと、なんだか戸惑ってしまって……指が、震えるわ……
国王との面会がつつがなく終えられたのは隣にクレオナルドがいたからだ。そのことに気が付いて、途端に心細さで指先が冷たくなる。
全く知らない男性とふたりになって大丈夫なのだろうか。少しだけ恐ろしくなり、吸い込んだ酸素が薄く感じた。
だがフランツはそんなメロディナを気にするでもなく手を握ると、そこに口付けを落とすふりをした。そんな紳士的な振る舞いに胸を撫でおろすと同時に、またしても勢いよく扉が開く。
「モモ!」
「まあお父様。どうなさったの?」
「これはコーラル伯爵、お久しぶりです。いい夜ですね」
突然割り込んできた人物に驚くでもなく、フランツは人のよさそうな笑みを浮かべて礼を尽くす。それを一瞥して、メロディナの父は彼女を隠すように前に立った。
「お前。メロディナに不埒な感情は持つな。わかったな」
「……承知しております。今夜はご令嬢にご挨拶をと伺ったまで。では僕はこれで。メロディナ嬢、ダンスはまたの機会に」
「え? ええ、それではまた」
フランツは会場に戻ったが、扉は完全に閉まることなく開いている。メロディナの父はため息をついて、扉に向かい声を掛けた。
「クレオナルド、いるんだろう。私たちはもう帰るから、お前は適当にしろ」
「モモは、俺が送っていきます」
「結構。ほら、モモ行くよ。父様がエスコートしてあげる」
「え? でもまだ」
「初めての夜会だよ。気づかないだけで、すごく疲れているはずだ。デビュタントは特別人が多いし、今日はもう帰ろう。可愛い娘のエスコートを、最後に父様にもさせて」
「それはもちろんだけど、でも……」
ちらりとクレオナルドに視線を向けた。蜂蜜色の瞳はどこか寂しげで、そんな彼にかける言葉も見つからないまま、メロディナは王城を後にした。
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