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05-3 ドレス

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 そんなあの日のことを思い返し、クレオナルドはぎゅっと目を瞑る。
 今日がそのデビュタント当日だ。黒塗りの豪奢な公爵家の馬車をコーラル邸の馬車回しに着けると、クレオナルドは広い玄関ホールへメロディナを迎えに入った。

「モモは?」
「ご用意はできておいでです。間もなくいらっしゃいます」

 恭しく頭を下げる家令を横目に、クレオナルドはメロディナの部屋へと続く広い階段を眺めている。
 はやる気持ちで落ち着かない。着飾ったメロディナはどんなに美しいことだろう。
 本当はクレオナルドと揃いになるようなドレスを贈りたかったのに、そこまでされるいわれはないと伯爵に一蹴されてしまった。
 初めての舞踏会、デビュタントは特別だ。少し悔しくはあるが、エスコート役を勝ち取れただけでもよしとするしかない。

 そう自分に言い聞かせていると、階上から歌うように涼やかな声が聞こえてきた。

「モ……」

 視界に彼女の姿を映した瞬間、息が止まった。彼女以外の世界が、止まって見えた。

 少しだけはにかみ、伯爵にエスコートされながら歩く愛しい人の姿を、ただただ見つめるしかない。
 階段を下りる度に揺れるドレスはAライン。すっきりとしたシルエットが、背の高い彼女のスタイルを存分に引き立てていた。
 煌めく金の髪は右側を複雑に結い上げて、ふんわりと波打ちながら左肩を流れ、胸元におろされている。デビュタントのレディを示す生花は白のカラー。それを髪に挿した姿は楚々としていて、あの花は彼女のために存在しているとさえ思えた。

 シルバーグレーのドレスは裾に向かって白のグラデーションがかかり、アクセントになるよう銀糸と金糸で繊細な刺繍が施されている。光を受けてキラキラと輝くそれは、舞踏会のシャンデリアに照らされて更なる美しさを纏うのだろう。
 ホルターネックになっているため、彼女の豊満な胸元が隠されているのが救いだった。今、社交界の若者の流行は胸元が大きく開き、スカート部分にボリュームを持たせたドレスだが、伯爵がそのようなデザインを許さなかったのだろう。

 そしてそのことに、クレオナルドは心の中で大きく安堵した。
 惜しげもなく胸元を晒すような衣装を身に着けてしまえば、邪な感情を持った男たちの目線で愛しいメロディナが穢されてしまう。そうなるとクレオナルドは、一切の躊躇を見せずに下賤な輩の目の玉を潰していかなければならない。
 いくら公爵家の嫡男といえども、そんなことをしでかせば社会的に死ぬ。伯爵は嬉々として擁護してくれるだろうが。

 流行を無視したドレスは注目を集めるに違いない。だが令嬢たちは、次回の夜会からこのデザインのドレスをこぞって身に着けることになるだろう。輝く金の髪を揺らし、月の女神と見紛うほどの美しさを放つメロディナに、嫉妬と羨望の眼差しが集まるのは当然だからだ。

「レオ! 迎えに来てくれてありがとう。わぁ~、今日のレオも、とっても素敵ね。正装姿なんて初めて見たわ。私も侍女たちがすごく綺麗にお化粧をしてくれたのだけれど、どうかしら?」

 楽しげに伯爵のエスコートで階段を下り終え、踊るように軽やかに離れたメロディナは、クレオナルドのほうへと近づいてくる。
 頬を薔薇色に染め、翠色の瞳を優しげに細める姿に見惚れたクレオナルドは、何の言葉も出なくなってしまう。

 礼節を重んじ、よく教育されているコーラル伯爵邸の使用人たちでさえ、メロディナに感嘆と称賛の言葉を贈ってやまない。彼らを窘める立場である家令のレイウィンですら、感極まり声を詰まらせているほどだ。
 それほどまでにメロディナの出で立ちは完璧に美しく、こうしてデビュタントを迎えられるまでに成長したことを心から喜んでいるのだろう。口には出さないが、心的外傷トラウマを抱え、ひきこもりがちなメロディナに、皆心を痛めていたのだ。

「…………ああ、悪くない。行くぞ。では伯爵、メロディナをお借りいたします」
「お前……はぁ、まぁいい。モモ、楽しんでおいで。父様も母様も会場にいるから安心しなさい」
「ええ、でもレオがいるから大丈夫よ、お父様。ね、レオ」
「っ! っ、ああ、陛下からお言葉をいただいてから一曲踊るだけでいい。人が多いからな。無理はするな」

 素っ気ない物言いのクレオナルドにため息をついた伯爵だったが、そんなふたりを気にせずに、メロディナはクレオナルドの腕にそっと手を添えた。
 そして全幅の信頼を寄せてくる彼女に思わず唸り声をあげてから、きりりとした表情で己を繕うクレオナルドである。

「うん。ちょっとドキドキするけど。皆が褒めてくれるから、おかしなところはないってことだよね。では行ってまいります。お父様、お母様、また後でね」

 そう言ってホールから出ると、メロディナの歩幅に合わせてゆっくりと馬車まで歩く。長年共に過ごしてきたとはいえ、互いの屋敷以外の場所へ行くのは初めてだ。

 ──デート、みたいだな……

 改めてそのことに思い至り、クレオナルドの動きが急にぎこちないものになる。

「? レオ、どうかした?」
「いや、問題ない。ほら、乗れよ」

 ぶっきらぼうにそう言って、馬車に乗るようエスコートする。公爵家の紋章が入った美しく特別な馬車に、素直なメロディナは感嘆の声を上げた。そんな自然体のメロディナを見ていると緊張も解け、ふっと頬が緩む。

 クレオナルドは自身も乗り込むと、馬車はゆっくりと月夜が照らす街路を進んでいった。
 デビュタントの舞踏会は、まもなく始まる。
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