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02 初恋は実らない

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 初恋は実らない。
 遥か遠い、東の国にそんな言葉があるらしい。

 襟足の短い艶やかな黒髪を掻き上げながら、クレオナルド・ブルドアは、蜂蜜色に耀くその鋭い双眸を更に細めた。


 初めて恋心を抱いたのは、美しい人だった。
 キラキラと輝くプラチナブロンドは柔らかそうに揺れて、淡い薄紫色の瞳が瞬いていた。

 優しげに垂れ下がった瞳の先にある泣きボクロがとても色っぽくて、笑いかけられただけで赤面したのを覚えている。

『わたくしの夫ですの』

 そう言ってよく遊びに来る母の友人に紹介されたのは、彼女の夫。つまり目の前で微笑を浮かべる美しい人は、ミルティ・コーラル伯爵その人ということになる。

 初めて胸の高鳴りを覚えた相手がまさか男性だったとは。
 クレオナルドは当時のことを思い出し、ひとり自嘲めいた笑みを浮かべた。

「おい、クレオナルド。聞いているのか」
「……もちろん、聞いております」

 うららかな春の日差しのせいだろうか。
 会議の最中にも関わらず、クレオナルドは十年も前に見た淡い紫水晶の瞳と、たった今己に向けられている同じ輝きのそれをつい重ねてしまう。
 あの頃は子どもに対する温かな眼差しだったのに、今向けられているのは、クレオナルドを目の敵にするかのような冷たい視線。

「わかりました、コーラル総司令官。次の遠征の人員配置案は至急取りまとめて団長に渡しておきます」
「よろしい。それでは皆、午後からも励むように」
「はっ」

 騎士たちの野太い声が会議室に響くと、コーラル総司令官と呼ばれた男は洗練された所作で立ち上がり、振り返ることなく部屋を後にした。

 記憶の中の彼も今も、無骨な父やクレオナルドが知る男たちとは全てが違っていた。
 優雅な身のこなし、女性と見紛うほどの美しい相貌から放たれる得も言われぬ色気と、洒落た服を着こなすスタイルにそのセンス。そして何より、夫人を見つめる視線がとても優しく愛しげで、子供ながらにドキドキしたのを覚えている。
 そんなクレオナルドの淡い恋と呼ぶにも拙い想いは、コーラル総司令官もとい伯爵が男であることと、彼が既婚者だった点からも一瞬にして打ち砕かれてしまったのだが。


「はぁ! 総司令官直々に会議に参加とは珍しい。久々に緊張した」
「キラキラしいのは相変わらずだけどな。さすが軍部のNo.2だよ。座ってるだけで威圧感が……」

 同僚たちのざわめきに、クレオナルドはハッと我に返る。
 王城、第三騎士団の会議室。

 たった今終えた定例会議には、第三騎士団長や副長のほかに、クレオナルドのような小部隊の隊長たち数十名も参加していたのだ。

「クレオナルド、総司令官はお前を指名していたが、大丈夫なのか? 荷が重いなら、他の隊長にでも」
「団長、問題ありません。俺に振られた仕事です」

 個々の能力を活かすも殺すも采配次第。いずれ人の上に立つには必要な能力である。
 父が、そしてその右腕であるコーラル総司令官が通ってきた道だ。

「そうか。ならやってみろ。相談にならいつでも乗ってやる」
「ありがとうございます」

 鼓舞するようにクレオナルドの肩を叩き、団長は副長を伴って出て行くと、部屋にはクレオナルドひとりだけになる。

「重い、なぁ」

 団長にはああ言ったが、重圧に押しつぶされそうだった。
 ふと窓の外を見ると、クレオナルドの陰鬱とした気持ちとは対照的に、隙なく整えられた庭園には春の日差しに煌めく、季節の花が揺れている。
 美しい色合いのそれを眺めては大きなため息を吐き、窓に片手をつくと、蜂蜜色の双眸をそっと閉じた。
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