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01 ある夫婦のおはなし
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あるところに、とても仲の良い夫婦がいました。
ふたりは貴族でしたが、運命的な出会いを経て愛を育み合い、神様に永遠の愛と、生涯を共にすることを誓いました。
「どうか私たちに、天使がきてくれますように」
そう何度もお祈りをして、夫婦は妻の身に子を宿すことができました。
「きっと君に似て、愛らしい子が生まれるに違いない」
「いいえ、あなたに似て、とても素直な子になるはずよ」
幸せに満ち溢れた夫婦は毎日お腹の子に語りかけ、十月十日を過ごしました。
そうして皆に見守られながら、妻はとても愛らしい女の子を出産したのです。
夫婦は泣いて喜びました。この世の全ての幸福がこの子に降り注ぎますように。そう願わずにはいられませんでした。
そしてその子が二歳になると妹も生まれ、とても穏やかな日々に感謝をしました。
「ああ神様。どうかこの子たちが誰からも愛され、健やかに過ごせますように」
夫婦の願い通り二人はすくすくと育ち、父母に似てとても美しく成長しました。
まだ小さいながらもその可憐な容姿は評判を呼び、娘と会ったこともない家からも婚約の話が舞い込みました。
「大事な娘を嫁になんてやるものか」
そう言って夫はことごとく手紙を灰に変えてしまいました。妻はそんな夫に呆れもしましたが、自分たちのように、心から愛する人と結ばれてほしいという願いは同じでした。
しかし、また新しい命が妻のお腹に宿った頃、事件が起こったのです。
その日はあいにくの雨で、視界があまり良くありませんでした。
けれども妻と上の子はずっと前から約束していた通り、街へ買い物に出掛けたのです。
「母の手を離してはいけませんよ」
「はい、お母さま」
身重の妻のお腹は大きく、少女と手を繋ぎ、馬車を降りて店へ向かってゆっくりと歩きます。
雨のおかげで人通りは多くありませんでした。久々の街に少女は逸る気持ちを抑えられず、母の手を引っ張ってしまいました。
「あっ」
「きゃっ!」
小さな悲鳴が聞こえた時には妻は石畳に突き飛ばされ、少女は見知らぬ男二人組に連れさらわれてしまったのです。
「奥様!」
「ああ! 私の愛しい子! お願いだから連れて行かないで! はやくあの子を助けて」
つんざくような妻の叫びは冷たい雨の中に響きました。
傍にいた護衛達が少女を追いかけますが、雨のせいで視界も悪く、逃げ足の速い男たちを見失ってしまいます。
「なんてこと……」
お付きの者に支えられ何とか立ち上がった妻は、呆然と娘が消えて行った街路の向こうを見るしかありません。
「うっ……」
「奥様!」
そんな時、あまりのショックで妻は産気づいてしまったのです。産み月にはまだ早く、危険な状態であると誰しもが察しました。
「奥様、お屋敷に帰らなくては! 旦那様に伝令をお出ししますから、どうかご安心を」
「でもあの子が……!」
「旦那様がなんとかしてくださいます! お嬢様だけでなく、奥様と、お腹のお子にもし万一のことがあれば……」
うずくまり涙を流す妻をなんとかその場から引き剥がし、屋敷へと戻ります。
妻は一人で歩くのも困難で、強いショックを受けた状態での出産は、とても危険でした。
「産気づいただと……! 一体何がどうなっている! 妻は、娘は無事なのか!」
使用人の制止を振り切って夫が部屋に入ると、妻は額に大粒の汗を浮かべながらその白い腕を伸ばしました。
「あなた……ごめんなさい。わたくしが一緒にいたのに、あの子が連れていかれてしまって……うっ」
「ああ愛しい人、君の過失なんてひとつもありはしないよ。あの子はきっと無事だ。誰からも愛される子だから、手荒なことはされていないはず。不安に思うことは何もないさ、私が今から迎えに行ってくるからね」
そう言って妻の指先に口づけをひとつ落とし、汗を拭き愛おしげに髪を撫でると、妻とお腹の子の無事を祈り、夫はその場を後にしました。
愛しいものたちを傷つけられ、決して許しはしないと、夫はその手のひらから血が滲むほど、拳を握りしめたのでした。
ふたりは貴族でしたが、運命的な出会いを経て愛を育み合い、神様に永遠の愛と、生涯を共にすることを誓いました。
「どうか私たちに、天使がきてくれますように」
そう何度もお祈りをして、夫婦は妻の身に子を宿すことができました。
「きっと君に似て、愛らしい子が生まれるに違いない」
「いいえ、あなたに似て、とても素直な子になるはずよ」
幸せに満ち溢れた夫婦は毎日お腹の子に語りかけ、十月十日を過ごしました。
そうして皆に見守られながら、妻はとても愛らしい女の子を出産したのです。
夫婦は泣いて喜びました。この世の全ての幸福がこの子に降り注ぎますように。そう願わずにはいられませんでした。
そしてその子が二歳になると妹も生まれ、とても穏やかな日々に感謝をしました。
「ああ神様。どうかこの子たちが誰からも愛され、健やかに過ごせますように」
夫婦の願い通り二人はすくすくと育ち、父母に似てとても美しく成長しました。
まだ小さいながらもその可憐な容姿は評判を呼び、娘と会ったこともない家からも婚約の話が舞い込みました。
「大事な娘を嫁になんてやるものか」
そう言って夫はことごとく手紙を灰に変えてしまいました。妻はそんな夫に呆れもしましたが、自分たちのように、心から愛する人と結ばれてほしいという願いは同じでした。
しかし、また新しい命が妻のお腹に宿った頃、事件が起こったのです。
その日はあいにくの雨で、視界があまり良くありませんでした。
けれども妻と上の子はずっと前から約束していた通り、街へ買い物に出掛けたのです。
「母の手を離してはいけませんよ」
「はい、お母さま」
身重の妻のお腹は大きく、少女と手を繋ぎ、馬車を降りて店へ向かってゆっくりと歩きます。
雨のおかげで人通りは多くありませんでした。久々の街に少女は逸る気持ちを抑えられず、母の手を引っ張ってしまいました。
「あっ」
「きゃっ!」
小さな悲鳴が聞こえた時には妻は石畳に突き飛ばされ、少女は見知らぬ男二人組に連れさらわれてしまったのです。
「奥様!」
「ああ! 私の愛しい子! お願いだから連れて行かないで! はやくあの子を助けて」
つんざくような妻の叫びは冷たい雨の中に響きました。
傍にいた護衛達が少女を追いかけますが、雨のせいで視界も悪く、逃げ足の速い男たちを見失ってしまいます。
「なんてこと……」
お付きの者に支えられ何とか立ち上がった妻は、呆然と娘が消えて行った街路の向こうを見るしかありません。
「うっ……」
「奥様!」
そんな時、あまりのショックで妻は産気づいてしまったのです。産み月にはまだ早く、危険な状態であると誰しもが察しました。
「奥様、お屋敷に帰らなくては! 旦那様に伝令をお出ししますから、どうかご安心を」
「でもあの子が……!」
「旦那様がなんとかしてくださいます! お嬢様だけでなく、奥様と、お腹のお子にもし万一のことがあれば……」
うずくまり涙を流す妻をなんとかその場から引き剥がし、屋敷へと戻ります。
妻は一人で歩くのも困難で、強いショックを受けた状態での出産は、とても危険でした。
「産気づいただと……! 一体何がどうなっている! 妻は、娘は無事なのか!」
使用人の制止を振り切って夫が部屋に入ると、妻は額に大粒の汗を浮かべながらその白い腕を伸ばしました。
「あなた……ごめんなさい。わたくしが一緒にいたのに、あの子が連れていかれてしまって……うっ」
「ああ愛しい人、君の過失なんてひとつもありはしないよ。あの子はきっと無事だ。誰からも愛される子だから、手荒なことはされていないはず。不安に思うことは何もないさ、私が今から迎えに行ってくるからね」
そう言って妻の指先に口づけをひとつ落とし、汗を拭き愛おしげに髪を撫でると、妻とお腹の子の無事を祈り、夫はその場を後にしました。
愛しいものたちを傷つけられ、決して許しはしないと、夫はその手のひらから血が滲むほど、拳を握りしめたのでした。
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