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番外編 王女様は癒されたい

02 酔いどれ姫様

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「姫さんのばか! これがどういう酒かわかってて飲んだんですか?!」
「28年物のオールドヴィンテージね。707年のは数がなくて、そこそこ高値がついているのよ。でも707年は不作だったから値段の割に味はいまいちだわ。まったく、お父様も子供みたいなことするわね。どうせなら当たり年だった689年にしてくれたらよかったのに」
「わかってて飲んだのかぁ……」

 ベイルは両手で顔を覆い、天を仰いだ。
 この葡萄酒はヒルデガルドの父である国王陛下から下賜されたものだ。それも、彼女との婚姻の許可をいただいたときに。
 707年が所謂はずれ年ということはベイルも知っていた。国王陛下といえども父親だ。愛娘をかっさらっていったベイルへの、祝いたいけど祝えないという複雑な感情が透けて見えて、相変わらず人間味の溢れたお方だと嬉しかったのだが。

「だってひどいじゃない。わたくしのベイルにこんな半端物よこすだなんて」

 いつの間にか巻き付けていたガウンを床に放り出したヒルデガルドが、ベイルに抱き着いて頬を膨らませている。

「ちょ、その格好であんまりくっつかないでもらえます? ていうかもう帰って……」
「どうしてよ。好きでしょこういうの?」
「いやそりゃ好きですけども! あああもうやだ酔ってんですか勘弁してくれ」
「酔ってないもん♡」
「酔っ払いほどそう言うしこんだけ飲んで酔ってないとか、もはや病気ですよ」
「もぉベイルうるさい……」

 そう言って、ヒルデガルドはカウチの背もたれにベイルを押しつけた。彼の着崩した寝衣の隙間から細く白い指を滑りこませ、素肌をいたずらに撫でる。
 止める間もなく柔らかなくちびるが合わさって、食べられてしまう。甘やかな唾液は、その中に微かにアルコールの味がした。
 ちゅ、とリップ音を立てて離れたヒルデガルドの瞳には、明らかな欲情の色が灯っている。

「この頃お互いに忙しすぎて、少しも会えていなかったでしょう? 寂しいと思っていたのは、わたくしだけだった?」
「……そんなわけないでしょう。俺も、どうしたらあなたに会えるか、ずっと考えていましたよ」

 そう言って艶やかな黒髪を梳いてやると、彼女は至極満足そうに口角を上げた。
 普段はヒルデガルドから熱烈なアプローチを受けては逃げ回っているベイルだが、彼だって男である。好いた婚約者があられもない姿でしなだれかかってくる今の状況は、端的に言ってかなり嬉しい。本来なら諸手を挙げて歓迎するところである。

 だがベイルは意外にも理知的な男なのだ。
 力が強く色々と規格外なベイルが少しでも我を忘れてしまえば、小柄なヒルデガルドなどすぐに意識不明になってしまうだろう。
 だがそれをわかっていて、ベイルの姫様は婚約者を誘惑するのだからたちが悪い。

 ベイルといえば、まだ婚約段階なのだからと体裁を気にしているのに。
 とはいえ、とっくに一線も二線も超えているのだから、今更どう取り繕おうが無駄だというのがヒルデガルド談である。

 あれこれと確かに無駄なことを考えているうちに、はだけたベイルの胸元へヒルデガルドが頬を寄せて抱き着いてきた。
 めずらしく甘えたような素振りを見せられて、ちょろいベイルの庇護欲は軽率に掻き立てられてしまう。

「よ……ってんですか? 今日はもう、寝ます?」
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