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番外編 王女様は癒されたい

01 デルモンド侯爵邸にて

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 しん、と静まり返った邸宅を、ベイル・デルモンド侯爵はゆったりと歩いている。

 まだ寝るには早い時間なのだが、連日に渡る激務を見かねた執事に、半ば強制的に風呂に押し込まれたのが数十分前のこと。
 聖騎士パラディンとして戦場を駆け回っていたベイルだ。忙しいとはいえ、まだまだ体力的に問題はない。
 だが侯爵家に仕える使用人としては、どうやら主の健康は最優先事項らしい。

「はぁ……領民の上申書確認に騎士たちの稽古、更に教会の視察と祈祷……あとはなんだったか……」

 留守の間はできる弟に領地の一切を任せていたが、帰ってきたからには目を通すべき書類もある。
 魔のものの脅威が去り、緩んでしまった王国騎士たちの尻も叩かなければならない。
 救国の戦乙女、ルーチェ率いる勇者たちを生み出したこの国に手出しをする馬鹿はいないと思いたいのだが。人外という共通の敵がいなくなった今、魔国と呼ばれた未開の地を狙う、他国の王侯貴族が湧いてくる可能性もある。

 体力はあるが時間がない。あともうひとりかふたり、自分が欲しいとぼやいて、寝室の扉に手を掛けた。の、だが。

「んなっ、はぁっ?! ちょ、なんであんたがここに……!」
「遅すぎて待ちくたびれちゃったわ、マイスウィート♡」

 扉を開けた瞬間、久方ぶりに甘いムスクの香りを吸い込んで、急激に心拍数が跳ねあがる。
 わけもわからぬまま視線をさ迷わせれば、カウチに座り、その艶かしい白い足を横に流すようにして寛ぐ、我が国の王女が。
 ここに居るはずのない人の姿に驚愕して、慌てて扉を後ろ手に閉めた。

「なっ、なななっ……! なんつー格好してんすかそんな脚出して! 俺だから良かったものの他の男だったら……いや違う、どうやってここに!」
「わたくしは正面から入ってよ。いつもより静かにだけれど。ここの使用人は本当に躾が行き届いているわね」

 だから本来なら黙って従うばかりの執事が、今日は早く部屋へ戻れと書類を取り上げてきたのか。そういえばどこか鬼気迫るものがあった気もする。いや、どうやってデルモンド家の家令を言いくるめたのかは考えてはいけない。
 ベイルは彼女の足元に転がっていたガウンを広げ、滑らかな素肌が目に入らないようぐるぐるとヒルデガルドの身体に巻きつけた。

「ちょっ! やめてよ!」
「そんなエロい服っつーより下着みたいなもんでいたら風邪ひくでしょうが!」

 いつぞやの夜を思わせるようなベビードールはいろいろとまずい。
 情熱的な深い赤色の、上質なサテン生地は手触りがよさそうだし、細い肩紐は今にもずり落ちて、豊満な胸を露わにしてしまいそうなほど頼りない。さらにはお行儀悪く寝転んでいたせいで、ただでさえ短い裾が随分と捲れ上がっている。
 反射的に彼女が脱いだであろうガウンで覆ってはみたが、当然のごとくベイルの姫様はお怒りである。

「って……ぁ、あーーーーーー!!?? こ、これ、全部飲んじまったんですか!!??」

 テーブルにグラスが置かれているなとは思っていた。ヒルデガルドの甘い香りに混ざって、強いアルコールの匂いもするなと思っていた。

「だってベイル来るのおそいんだもん」
「もんって! そんな可愛い感じで言っても無理ですよ! あんたこれ……三本全部……?」

 机の下に転がっている三本の酒瓶を並べ、そのラベルを見て泣きそうになる。
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