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番外編 ベイルの一大事

02 勘弁してくれ

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 なんということだ。ヒルデガルドは白目を剥いてしまった。
 それならば彼らには酷ではあるが、身代わりになどならずに即治療を施した方が被害が出なかったのではなかろうか。詰めが甘いというかなんというか、考えるよりもまず身体が動くところがベイルらしい。

「それで? 性的欲求が高まる以外に弊害はないの? 命に別状は? どうすれば治まるのかしら」
「えっと、はい、それ以外の作用はございませんし、命を縮める危険性もありません。ただ……ベイルは魔力量が多いので、非常に苦しいと思います。おそらく、これは魔力が一旦尽きるまで続くかと……」

 小声でティトが説明する中、ミアは随行していた騎士たちを解散させていた。王女に覆いかぶさるその婚約者の姿は、刺激が強すぎるのだ。

「そう。わかったわ。その間、発散させればいいのね」
「……っは……、いい。もう……大丈夫だ。自分で、何とかする。……おいティト、部屋まで、肩貸してくれ……」 
 
「ベイル、でもお前」

 ヒルデガルドから勢いよく離れふらついたベイルを、ティトが慌てて掴む。大粒の汗を額に浮かべた大男は、どうしたって大丈夫そうには見えない。

「安心なさいベイル、わたくしがいるわ」
「──っ」

 そう言うヒルデガルドの全身を目に映したベイルの喉元が、ごくりと音をたてて上下した。
 きゅぅっと細められた瞳は熱を帯び、色欲が灯る。だがそれに耐えるように歯を食いしばり、握りしめた手のひらに血を滲ませた。

「ベイル」

 まだ婚約段階ではあるけれど、例え子が宿ろうと問題はない。
 第一王女がどれだけベイル・デルモンド侯爵に熱をあげていたのかは誰の目から見ても明らかだったし、国の英雄に面と向かって意見する者もいない。もしいるとしたら、そんなゴミはとっとと社会的に消えていただく所存である。

「っ、だめだ、ひとりで……何とかする。来るな。あんたに……酷いこと、しちまいそうで」
「忘れたの? わたくしを好きにできるのは、あなただけなのよ、ベイル」

 できるだけ魅力的に見えるよう、瞬時に計算を開始する。
 見上げる角度、彼の身体に押し付けて潰れる胸元、回した手は当然臀部を撫であげて、潤ませた空色の瞳は色っぽく、口づけをねだるようくちびるは少しだけ開く。

「ぐぅ……」

 ベイルは獣のように低く唸り、天を仰ぎ目許を押さえてしまった。それでは渾身の誘惑ポーズが効かないではないか。
 ヒルデガルドは臀に添えた手に力を込めて、グッと引き寄せた。

「いい加減になさいベイル。ひとりでどうにかするって、そんなことわたくしが許すわけないでしょう。そのオカズにした女をどうにかして見つけ出して、八つ裂きにしてやる」
「ひっ」

 あまりの剣幕に小さく悲鳴をあげたのはティトだった。顔面を蒼白にして、カタカタと震えている。

「勘弁してくれ……女ったって、俺が反応すんの……あんたしかいないでしょうが」
「……ふんっ、どうだか」

 そう言いながらも微かに頬を染めるヒルデガルドは、満更でもないらしい。
 しかし本物がすぐ近くにいるというのに、ただの想像で完結されるのは面白くないわけで。

「ここのところ政務続きで、わたくしも溜まっているのよ。久々にふたりっきりになれる、最高の理由だとは思わない?」

 身長差があるため耳打ちはできなかったけれど、ベイルにだけ聞こえるような声で囁き、妖艶に微笑んだ。
 婚約発表をしてからお互いに目が回るほど忙しく、ゆっくり触れ合えていない。ここ、元魔国に来てもすれ違いの生活だったのだ。

「わたくしがあなたに抱かれたいって言っているのよ? ベイル」
「──っ、後悔、しないでくださいよ」

 碧眼に欲望の色を揺らめかせ、ベイルはヒルデガルドを担ぎあげた。

「ちょっ……ベイル、あなた持ち方を考えなさい!」
「ティト、すまんが後は頼む」
「このわたくしを荷物みたいに……! っきゃぁあ!」

 立つものままならない状態だったはずなのに、今やベイルはとんでもない速さで広い回廊を進む。
 肩に担がれた状態のヒルデガルドは、落ちないようにと太い首にしがみついた。発達した増帽筋が逞しすぎて振り落とされる心配は皆無だったし、安定感抜群のベイルがヒルデガルドを落とすわけないのだが。そこはただくっついていたいだけのヒルデガルドが甘えるように擦り寄った結果である。
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