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15 はやくキスして

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 本題は、独立国家を築くという荒唐無稽な話ではない。ヒルデガルドは、内心ほくそ笑んだ。

「そうですか……では、こういたしましょう。結婚のお祝いに、わたくしに大公位をくださいませ」
「しかし、我が国では女性に爵位は」
「ええ。ですから、かの土地を大公領とし、自治権をいただきたく存じます」
「──! つまり、ヒルデが……」
「はい。わたくしが公王となり、ユーグランドの属国として、かの土地をどこよりも豊かな領土にしてみせます。ベイルはわたくしの剣に、そして盾となってくれることでしょう。彼が傍にいてくれれば、なにも怖いものはございません」


 ──姫さんが作った国か。それは是非見てみたかったな。


 記憶の中にある、ベイルの言葉。
 よくある社交辞令だったのかもしれない。女では父の跡を継げないと嘆く幼いヒルデガルドに、適当に投げかけた慰めの言葉だったのかもしれない。
 けれどもそれは、ヒルデガルドを焚きつけるには十分だった。そして、それを諦めるには彼女は優秀すぎた。

 作りたいと思ったのだ。彼の隣で。民の一人ひとりが自由に輝き、幸せだと笑える国を。

 このチャンスを逃せば次はない。
 けれども懸念は無い。父王は、必ず首を縦に振るだろう。
 名君とは言い難いが、損得勘定は得意だから。

 かの土地は、いわば目の上のたんこぶだ。開発するには金がいる。国庫にはそこまで余裕が無いし、魔物が住んでいたという曰く付きの領地を欲しがる貴族はいない。

 ヒルデガルドなら、ひそかに蓄えていた私財と潤沢な侯爵家の資産を元にそれができるし、何倍にもして返す自信も手腕もある。

「属国として、かならずやお父様、ひいては王太子殿下のお力になるとお約束いたしますわ。わたくしのお話、よく考えてくださいませ。……あぁ、婚約証書をお渡ししておきますので、サインをお願いいたしますわね」

 王よりも王らしい威厳を携えて、ヒルデガルドは立ち上がる。言いたいことは全て言った。もうここに用はない。

「それでは。御前失礼いたします」

 唖然とするしかない父王に完璧な淑女の礼をして、部屋を出る。
 そうして足早に向かったのはもちろん愛しい人が眠る部屋。一秒でも早く会いたくて仕方ないのだ。
 ノックもそこそこに扉を開き、瞬時にベイル獲物をその目に捉える。彼がどこにいてもその気配を察知できるのは、拗らせた初恋のせいで異様に発達したヒルデガルドの能力だ。

「うわっ! びっくりした、おはようございます姫さん。さすが用意が早いですね」

 湯浴みを終えたところなのだろう。ベイルは腰にタオルだけ巻き付けた格好で立ち、水を飲んでいる。
 しっとりと水分を含んだ髪を後ろにかき上げる様を見せつけられて、ヒルデガルドは腰が砕けそうになってしまった。無邪気に笑う姿が可愛すぎる。猛烈にアタックを始めた数年前から、ヒルデガルドにはほとんど向けられなくなってしまった無防備で柔らかな表情。それをまた見せてくれるなんて、恋人という肩書きはなんて素晴らしいのだろう。

「俺もすぐに着替えるんで、ちょっと待って……ってだから揉むな尻を!!!」
「ちょっとだけ! ちょっとだけだからじっとしてて……!」
「だから! 言動が男なんよ!!!」

 逞しいベイルの腕の中に飛び込めば、ちょうどいい位置谷間に顔が埋まる。そのまま腕を回すと、これまたいい位置に臀部があるので仕方ない。これは神が与えたもうた奇跡なのだ。

「やめなさいってば! あんた昨日あれだけ……」
「は? どれだけ美味しいもの食べてもお腹はすくものでしょう? それにどれだけ待たされたと思ってるの。一回や二回で満足するわけなくない?」
「あんた数も数えられねぇのか……!」

 頭上で騒いでいるベイルを無視して、厚くて広い胸板に頬ずりする。力を入れていなくてもぽこぽこと浮き出ている腹のラインは艶めかしいし、何より太くてがっしりとした腰まわりが強すぎる。

「ちょっと、ダメですって本当に。せっかく綺麗にしてんのに、髪も服も乱れますよ」

 言葉とは裏腹に、ヒルデガルドを抱きしめ返す腕は力強く、耳元で囁くその声は、子宮が震えるほどの色気を帯びている。

「いいから、はやくキスして」
「……言われなくてもそのつもりでしたよ」

 ゆっくりと重なったくちびるは甘く、溶けそうになるほど、熱い。触れるだけだったそれは次第に貪るような口づけへと変わる。
 ベイルの太い指先はヒルデガルドの火照った肌を滑り、器用にドレスを脱がしていく。
 彼が触れる全てが気持ちよくて、ヒルデガルドはうっとりと目を閉じた。

 これからふたりで創りあげていく未来が楽しみで仕方がない。
 公王になると告げたら、ベイルは何と答えるのだろう。もう姫さんとは呼べませんね、なんて言って笑うのだろうか。
 彼はヒルデガルドの道を照らしてくれる、唯一のひとだから。
 いばらの道に自ら飛び込んでいくようなじゃじゃ馬の、手綱を握れるのは彼しかいない。

「んっ……は、大好きよ、ベイル。もう絶対、一生離してあげないんだから」

 そう言って、抱きしめる両腕に力を込めた。
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