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3章 -Merry Bad End‐

12' 可愛いあやめちゃん

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 ──ほんま、ちょろい女。

 抱きつぶされ泣きながら眠ってしまったあやめを置いて、藤はキッチンへと移動する。
 レンジフードのスイッチを押し、煙草に火をつけた。
 上半身は裸のまま旨そうに紫煙を燻らしていると、思わず笑いが込み上げてきてしまう。

「可愛いなぁあやめちゃん。何回て逃げるチャンスやったのに、自分から飛び込んできてしもて」

 喉の奥で笑い、もう一度深く煙を吸い込んだ。

 酒をかけられた時、怯えながら見上げてくるあやめを見て、可愛い子だと思った。
 豊満な身体つきと、たれ目がちでおっとりとした顔立ちは天然ものらしく、男好きすることは間違いないだろうと。
 ホスト、もしくは薬で金を搾り取った後で風呂屋ソープにでも落としてやればいいかと声をかけたのだが。

 ちょっと話を合わせてやっただけで、あやめは明らかに怪しさしかない藤にすぐ心を開いてしまった。純粋過ぎて笑いを堪えるに必死だった。
 良心というものを持ち合わせていない藤だったが、あまりにも無防備なあやめに気まぐれを起こし、帰してやろうと思ったのに。
 送ってやると言った藤を、あやめは顔を真っ赤にしながら引き留めた。

 男を知らないという身体は存外に良く、一心に藤を求めるあやめの姿に、少しだけ絆されてしまったのは確かだ。他を知らない無垢な身体を、自分好みにあれこれと塗り潰していくのはさぞかし楽しかろう。
 今まで女に溺れていった馬鹿な男たちを思う。あいつらもこんな気持ちだったのだろうか。いや違う。自分はまだ、そこまで踏み込んではいないはずだ。

 あの夜、シャワーを浴び寝入ってしまったあやめを背に、藤は彼女の鞄を漁った。手慣れた様子で社員証と免許証の写真を撮り、それをまた元に戻す。
 自身の名刺を取り出し、裏にメッセージアプリのIDを書いたのはただの思いつきだ。あれで連絡がなければ、手を引いていたかもしれない。

「藤さん……?」

 と、目を覚ましたでだろうあやめの、藤を呼ぶ声が聞こえる。

「あやめちゃん起きたん? さっき着てた俺の服そこにあるやろ。それ着ておいで。飲みもん入れたるわ」

 煙草を咥えたまま、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。それをグラスに注ぎ、キッチンカウンターに置いた。

「藤さん、あの……」

 ぐちゃぐちゃの下着は身につける気にならなかったのだろう。シャツの裾を気にしながらリビングにやってきたあやめは、藤を見つけてパァっと顔を明るくした。
 そういった姿を見せられるのも悪くないなと、藤は知らずに目を細めている。

「ほい、これ飲み。よう啼いとったから、喉カラカラやろ。あとでなんか食いもんも頼もな」
「あ……ありがとうございます」

 そんな藤の言葉に恥じらいながら、ちみちみと水を飲むあやめに口角を上げ、話を続けた。

「ほんでな、あやめちゃん。いつ仕事辞める?」
「え……?」
「だって今日絡んできた男、同僚なんやろ? 上のモンからもセクハラ受けてる言うてたし。あんなとこ見せられて、もうそんな職場によう送り出されへんわ」

 藤にそう言われ、ここに来るまでのことを思い出したのだろう。あやめの顔が曇る。

「でも、そうなったら次の仕事先だって見つけないといけないし」
「そんなんなんぼでもあるって! なんやったら紹介したってもええわ。あ、そういえば言うてなかったっけ、俺の仕事。不動産業やねん。あと、知り合いと共同で店の経営してたりな」

 嘘ではない。大きな声では言えない内容のものもあるだけだ。
 藤は煙草を灰皿に押し付け、水を飲む。

「そうなんですか」
「うん。まぁまぁ儲かってるんやで。いざとなったら助けたる。今後のことは心配いらんし、今まで頑張ってきたんやからちょっとくらい休んでもええんちゃう? せや、ここに住んだらええねん。部屋も余ってるし、家に帰ってきてあやめちゃんおったら嬉しいわ」
「えっ、でも、そんな……」

 同棲をほのめかした藤の言葉に喜ぶかと思いきや、あやめは歯切れが悪い。なぜだろうかと思いを巡らせ──。

「遠慮せんといて。俺あやめちゃんと一緒にいたいだけやし。付き合いたての恋人って、そんなんやろ?」
「────っ」

 恋人、という言葉を強調してみる。今まで真っ当に生きてきたあやめだから、あやふやな関係は望まないだろうという考えに辿りついて。

 あやめは二十七だと言っていたし、徐々に結婚をチラつかせていけば離れていくことはないだろう。ただでさえ藤にベタ惚れなのだ。
 いやこの際、結婚くらいしてやってもいいかもしれない。どうせ紙切れ一枚の契約だ。戸籍が汚れようがどうしようが今更藤は気にしない。
 しばらく楽しんで、飽きたら飽きたでどうとでもなる。男も女も、生きていてもそうでなくとも、最高の商材と言うではないか。

 そんな藤の思惑など知らないのだろう。あやめは嬉しそうに顔を赤くして、俯いた。
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