上 下
10 / 14
本編

10 藤

しおりを挟む

 逃げられない密室でふたりきりになり、気分が最悪である。

「あの、いつも誘っていただいて悪いのですが用事があって」
「……あのさぁ」

 にやついた顔をひっこめ、渡部は急に真顔になる。それがなんだかとても恐ろしくて、あやめは断るタイミングを間違ってしまったのだと気づいたが遅かった。

「それ嘘だろ。いつもいつも俺に恥かかせて楽しいわけ。お前みたいなやつ、俺がせっかく誘ってやってんのに断るとか頭おかしいんじゃねぇの?」
「っ、すみません、だけど本当に今日は無理なので……!」

 エレベーターの扉が開き、逃げるようにして外に出た。ドッドッと恐怖に心臓が打ち付け、胃の中のものが全て出てしまいそうに気持ち悪い。

「待てって」
「きゃ……!」

 会社のビルを出たとき、追いかけてきた渡部に腕を掴まれてしまう。ぞわりとした不快感に身体が硬直した。
 この人は無理だ。生理的になんて生易しいものじゃない。もはや同じ人として見られない。

「は、はなして……」
「なんだろうな、すっげぇ腹立つ。無理やりにでも言うこと聞かせてやろうか?」

 往来だからか小さな声でそんなことを言ってくる。その声も気持ち悪くてたまらない。
 大声で助けを呼ぶべきなのに、このことが会社に露呈しても、自分に味方してくれる人はいないのではという考えが過り声が出ない。
 泣きそうになりながら首を横に振った。

「あやめちゃん~? 浮気はないわぁ」

 横から聞こえてきた声に、パチパチと目を瞬かせた。
 見間違いじゃない。ヘラヘラと、あの夜と同じ調子でやってきたのは藤だった。

 薄い色付きの丸眼鏡と、大きく空いたピアス。スタイルの良さを際立たせる黒いスキニーにラフなサンダルを合わせ、手足の爪には黒ネイル。
 そしてオーバーサイズの白シャツに、ド派手なアニマル柄のパーカーを肩を抜いて着崩している。
 そんな、どう見ても穏やかじゃない見た目の男が親しげにあやめの肩を抱いて、渡部はたじろいだ。

「なぁ、アンタずっとあやめちゃんのこと触ってるけど、それやめてくれへん?」

 にこにこと軽い調子で話しているが、眼鏡の奥の瞳は少しも笑っていなかった。
 渡部は顔を青くして、あやめから手を放す。すみません、と小さく呟きながら。

「お兄ちゃんごめんなぁ? あやめちゃん、今日俺と約束あんねん。なー?」

 不穏な雰囲気をひっこめて、藤はあやめに笑いかける。あやめを安心させるようなその仕草に、ようやく深く息を吸うことができた。
 あやめが藤の言葉に頷いたのを確認して、彼は「ほな」と渡部の肩へ手を乗せる。そして。

「お前さ。あやめに何かしたら一生女抱けねぇ体にしてやるから」

 すれ違いざまに、藤は渡部にだけ聞こえるように低く告げる。
 恐怖からか動けずにいる渡部を置き去りにして、あやめは藤が止めていたというタクシーへふたりで乗り込んだ。
 しばらくの間車内は無言で、でも手は固く握られたままだった。

 だが今日はまだ金曜。約束は月曜日だったはずなのに、急ぎだったという仕事はもう済んだのだろうか。そもそも勤め先なんて話題に出てはいなかったのに、どうして藤はあやめの居場所がわかったのだろう。
 だが藤が現れなかったらと思うと恐ろしくて、握られた手のぬくもりに縋りたくなってしまう。

「……急にごめんな。あやめちゃんに早よ会いたくて、死ぬ気で仕事終わらせてきてん。びっくりさせたろう思て待ってたら、なんやもめてたから。無理やり連れてきたみたいになってもうたけど、このあと用事あった?」
「っ、いえ! もう帰るだけだったので……私も早く会いたいと思ってたので、嬉しいです」

 恥じらいながらもそう微笑むと、藤は安心したようにシートへもたれかかった。

「よかったー! 行ったわええわ、先約あったらどないしょう思とってん。どっか食いに行くつもりやったけどもうそんな気分やなくなったし……俺の家でもええ?」

 藤の家。
 それが何を意味するのかつぶさに理解して、あやめは小さく頷いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性欲の強すぎるヤクザに捕まった話

古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。 どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。 「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」 「たまには惣菜パンも悪くねぇ」 ……嘘でしょ。 2019/11/4 33話+2話で本編完結 2021/1/15 書籍出版されました 2021/1/22 続き頑張ります 半分くらいR18な話なので予告はしません。 強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。 誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。 当然の事ながら、この話はフィクションです。

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

友達と思ってた男が実はヤバいやつで、睡眠姦されて無理やり中出しされる女の子

ちひろ
恋愛
ひとりえっちのネタとして使える、すぐえっち突入のサクッと読める会話文SSです。 いっぱい恥ずかしい言葉で責められて、溺愛されちゃいます。

年上彼氏に気持ちよくなってほしいって 伝えたら実は絶倫で連続イキで泣いてもやめてもらえない話

ぴんく
恋愛
いつもえっちの時はイきすぎてバテちゃうのが密かな悩み。年上彼氏に思い切って、気持ちよくなって欲しいと伝えたら、実は絶倫で 泣いてもやめてくれなくて、連続イキ、潮吹き、クリ責め、が止まらなかったお話です。 愛菜まな 初めての相手は悠貴くん。付き合って一年の間にたくさん気持ちいい事を教わり、敏感な身体になってしまった。いつもイきすぎてバテちゃうのが悩み。 悠貴ゆうき 愛菜の事がだいすきで、どろどろに甘やかしたいと思う反面、愛菜の恥ずかしい事とか、イきすぎて泣いちゃう姿を見たいと思っている。

【続】18禁の乙女ゲームから現実へ~常に義兄弟にエッチな事されてる私。

KUMA
恋愛
※続けて書こうと思ったのですが、ゲームと分けた方が面白いと思って続編です。※ 前回までの話 18禁の乙女エロゲームの悪役令嬢のローズマリアは知らないうち新しいルート義兄弟からの監禁調教ルートへ突入途中王子の監禁調教もあったが義兄弟の頭脳勝ちで…ローズマリアは快楽淫乱ENDにと思った。 だが事故に遭ってずっと眠っていて、それは転生ではなく夢世界だった。 ある意味良かったのか悪かったのか分からないが… 万李唖は本当の自分の体に、戻れたがローズマリアの淫乱な体の感覚が忘れられずにBLゲーム最中1人でエッチな事を… それが元で同居中の義兄弟からエッチな事をされついに…… 新婚旅行中の姉夫婦は後1週間も帰って来ない… おまけに学校は夏休みで…ほぼ毎日攻められ万李唖は現実でも義兄弟から……

【R18】彼の精力が凄すぎて、ついていけません!【完結】

茉莉
恋愛
【R18】*続編も投稿しています。 毎日の生活に疲れ果てていたところ、ある日突然異世界に落ちてしまった律。拾ってくれた魔法使いカミルとの、あんなプレイやこんなプレイで、体が持ちません! R18描写が過激なので、ご注意ください。最初に注意書きが書いてあります。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...