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本編

03 あやめと藤

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「でもそれ、今来たばっかりの飲みもんやろ? 他人ひとにぶっかけといて、そのまま帰るんやぁ? ちょっとでも悪いと思ってるんやったら、俺に付き合ってくれへん?」
「────っ」

 こくこくと、瞳に涙を浮かべながら頷いてしまう。
 一体、これからどうされてしまうのだろう。下手に刺激するのも悪手だろうかと、あやめは回らぬ頭で考える。

「そんなビビらんでもええって! 取って食うわけちゃうし~! ほら、この子も頷いとるやろ、もう先帰っとけって。お前のその輩みたいなツラ見せられてたら女の子怖がんねん。声もでかいし」

 そう連れの男にシッシッと追い払うように手を振ると、その人は呆れたように大きなため息をつき、ふたりに背を向けた。

「はいはい、わかりました! もう好きにしてくださいよ……じゃあまた、なんかあったら連絡するんで」
「おー、お疲れさん」

 そんなやり取りの後で、隣に陣取った男は改めてあやめに顔を向ける。

「ほんで? あっ、まだ名前も聞いてなかったな。俺は藤。お姉ちゃんは?」
「えっ、あ。あやめって言います……」

 か細く答えると、藤はにぃっと笑い、いつの間にか届いていたビールを手に取った。

「あやめちゃん! 可愛い名前やなぁ。お花の名前て俺と一緒やん。ほら乾杯しよ」

 かんぱーい! とグラスを合わせてから、藤は何かに気づきあやめのドリンクを掴む。半分ほど減ってしまった、佳菜子の頼んだコークハイ。

「ちょっと待ち。これ、さっきこぼしたやつやろ。俺のと変えたろか? あやめちゃんが頼んだやつとちゃうんやろ?」
「えっ?」
「だってそっちにビール、まだちょっとだけ残ってるもん。ほんまはビール党やったりして」

 言い当てられて、ドキッとした。
 藤の言う通り、あやめは甘ったるいお酒よりも、のど越しの良いビールを好んでいる。
 だがそれも会社の飲み会で揶揄われたことのある、あやめの恥部だった。
 どうやら若い女性というものは、甘いカクテルや果実酒を好まなければならないらしい。
 だから藤もきっと何か言ってくるに違いない。そう思い、あやめは身構えたのだが。

「そらなぁ、こんなとこ居酒屋で飲むんやったらビールが正解よ。コークハイに合うんとか、ピザだけやで」

 そう言って、藤は笑いながらあやめからグラスを取り上げる。そして代わりにキンと冷えたビールを握らせた。

「ほな改めて。かんぱーい」
「ぁっ、ありがとうございます……でもせっかく……えっと、藤さん、が頼んだお酒なのに」
「ん、そんなんええねん、飲み飲み! これやって、あやめちゃんが頼んだんちゃうんやろ? お兄さん、さっきの連れとええほど飲んできたからな、デザートにちょうどええわ」

 ニカッっと屈託のない笑顔を向けられて、大人の男性に耐性のないあやめは軽率にときめいてしまう。
 あやめとは縁のなさそうな……有り体に言ってしまえば、裏の社会に精通していそうな危険な男。そんな人から向けられた気遣いとまさかの笑顔に、一気にあやめの警戒が緩む。

「あの……実は好きなんですビール。家では太っちゃうし飲まないようにしてるんですけど、外食の時は特別で」
「わかる! 仕事終わりのビールってめっちゃ旨いやんなー! ってあやめちゃん全然太ってないから気にせんときー。ほら、指とかめっちゃ細いやん」

 グラスに添えていたあやめの指先を、藤の人差し指が撫でる。短く切り揃えられた彼の爪には、黒くて艶のあるネイルが施されていた。
 藤の指はあやめと違い筋くれだっていて大きくて、嫌でも彼が大人の男であることを意識してしまう。
 すぐに離れて行った指先にドキドキしながら、あやめは曖昧に笑みを浮かべた。だが藤はさして気にした様子もなく、話を続ける。

「なーんかあやめちゃんて色々溜め込んでそうやんな。俺でよかったら話聞くで。力には……なれるかどうかわからんけど。まぁ話すだけで気ぃ楽になる言うし、お兄さんに話してみ?」

 藤は一気にグラスを煽り、店員を呼び止めると、もう一杯コークハイを注文した。
 そして頬杖をつき、あやめにそう告げる。

「いえ、別にそんな」
「愚痴なんてな、俺みたいなやつに言うんが一番ええんやで。もう二度と会うこともないやろうし気軽やろ。共通の知り合いとかもおらんしな」
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