3 / 14
本編
03 あやめと藤
しおりを挟む「でもそれ、今来たばっかりの飲みもんやろ? 他人にぶっかけといて、そのまま帰るんやぁ? ちょっとでも悪いと思ってるんやったら、俺に付き合ってくれへん?」
「────っ」
こくこくと、瞳に涙を浮かべながら頷いてしまう。
一体、これからどうされてしまうのだろう。下手に刺激するのも悪手だろうかと、あやめは回らぬ頭で考える。
「そんなビビらんでもええって! 取って食うわけちゃうし~! ほら、この子も頷いとるやろ、もう先帰っとけって。お前のその輩みたいなツラ見せられてたら女の子怖がんねん。声もでかいし」
そう連れの男にシッシッと追い払うように手を振ると、その人は呆れたように大きなため息をつき、ふたりに背を向けた。
「はいはい、わかりました! もう好きにしてくださいよ……じゃあまた、なんかあったら連絡するんで」
「おー、お疲れさん」
そんなやり取りの後で、隣に陣取った男は改めてあやめに顔を向ける。
「ほんで? あっ、まだ名前も聞いてなかったな。俺は藤。お姉ちゃんは?」
「えっ、あ。あやめって言います……」
か細く答えると、藤はにぃっと笑い、いつの間にか届いていたビールを手に取った。
「あやめちゃん! 可愛い名前やなぁ。お花の名前て俺と一緒やん。ほら乾杯しよ」
かんぱーい! とグラスを合わせてから、藤は何かに気づきあやめのドリンクを掴む。半分ほど減ってしまった、佳菜子の頼んだコークハイ。
「ちょっと待ち。これ、さっきこぼしたやつやろ。俺のと変えたろか? あやめちゃんが頼んだやつとちゃうんやろ?」
「えっ?」
「だってそっちにビール、まだちょっとだけ残ってるもん。ほんまはビール党やったりして」
言い当てられて、ドキッとした。
藤の言う通り、あやめは甘ったるいお酒よりも、のど越しの良いビールを好んでいる。
だがそれも会社の飲み会で揶揄われたことのある、あやめの恥部だった。
どうやら若い女性というものは、甘いカクテルや果実酒を好まなければならないらしい。
だから藤もきっと何か言ってくるに違いない。そう思い、あやめは身構えたのだが。
「そらなぁ、こんなとこで飲むんやったらビールが正解よ。コークハイに合うんとか、ピザだけやで」
そう言って、藤は笑いながらあやめからグラスを取り上げる。そして代わりにキンと冷えたビールを握らせた。
「ほな改めて。かんぱーい」
「ぁっ、ありがとうございます……でもせっかく……えっと、藤さん、が頼んだお酒なのに」
「ん、そんなんええねん、飲み飲み! これやって、あやめちゃんが頼んだんちゃうんやろ? お兄さん、さっきの連れとええほど飲んできたからな、デザートにちょうどええわ」
ニカッっと屈託のない笑顔を向けられて、大人の男性に耐性のないあやめは軽率にときめいてしまう。
あやめとは縁のなさそうな……有り体に言ってしまえば、裏の社会に精通していそうな危険な男。そんな人から向けられた気遣いとまさかの笑顔に、一気にあやめの警戒が緩む。
「あの……実は好きなんですビール。家では太っちゃうし飲まないようにしてるんですけど、外食の時は特別で」
「わかる! 仕事終わりのビールってめっちゃ旨いやんなー! ってあやめちゃん全然太ってないから気にせんときー。ほら、指とかめっちゃ細いやん」
グラスに添えていたあやめの指先を、藤の人差し指が撫でる。短く切り揃えられた彼の爪には、黒くて艶のあるネイルが施されていた。
藤の指はあやめと違い筋くれだっていて大きくて、嫌でも彼が大人の男であることを意識してしまう。
すぐに離れて行った指先にドキドキしながら、あやめは曖昧に笑みを浮かべた。だが藤はさして気にした様子もなく、話を続ける。
「なーんかあやめちゃんて色々溜め込んでそうやんな。俺でよかったら話聞くで。力には……なれるかどうかわからんけど。まぁ話すだけで気ぃ楽になる言うし、お兄さんに話してみ?」
藤は一気にグラスを煽り、店員を呼び止めると、もう一杯コークハイを注文した。
そして頬杖をつき、あやめにそう告げる。
「いえ、別にそんな」
「愚痴なんてな、俺みたいなやつに言うんが一番ええんやで。もう二度と会うこともないやろうし気軽やろ。共通の知り合いとかもおらんしな」
35
お気に入りに追加
130
あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

【R18】人気AV嬢だった私は乙ゲーのヒロインに転生したので、攻略キャラを全員美味しくいただくことにしました♪
奏音 美都
恋愛
「レイラちゃん、おつかれさまぁ。今日もよかったよ」
「おつかれさまでーす。シャワー浴びますね」
AV女優の私は、仕事を終えてシャワーを浴びてたんだけど、石鹸に滑って転んで頭を打って失神し……なぜか、乙女ゲームの世界に転生してた。
そこで、可愛くて美味しそうなDKたちに出会うんだけど、この乙ゲーって全対象年齢なのよね。
でも、誘惑に抗えるわけないでしょっ!
全員美味しくいただいちゃいまーす。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる