1 / 14
本編
01 あやめとコークハイ
しおりを挟む
──ポロン
メッセージアプリの通知音を耳にして、中野あやめは、すぐさまスマホをタップした。
『おつかれさん』
『昨日の今日で早いやん』
『なんやもう抱かれたくなってしもたん?』
真昼間のオフィス。
十二時を半分ほど過ぎた室内で、人がまばらなのが救いだった。
あやめは最後に送られてきたメッセージに鼓動を早くして、顔を真っ赤に染めあげる。
──どうしてこうなっちゃったんだろう……。
考えを巡らせたところで、昨夜の出来事をより鮮明に思い出してしまうだけだ。
あやめは俯いて、甘く疼く身体を持て余していた。
◇
昨夜、あやめは居酒屋にいた。海鮮を売りにした、どこにでもあるお手頃価格のチェーン店。
高校時代からの親友、佳菜子とふたりで乾杯をして、互いに上司や仕事の愚痴を言い合う。そんな、よくある日常だった。
「で、どうなの前に言ってたセクハラ上司は」
「相変わらず。視線は気持ち悪いし猥談多いし仕事しないし。指導か何か入らないかな。そろそろ匿名で人事部に文書でも送ってやりたい」
「あ~」
佳菜子は運ばれてきたばかりのハイボールを呷り、にやりと笑う。
「でもな~その上司とか、よく話題に上がる同僚の……渡部だっけ? そいつの気持ちもわかるわ。あやめみたいに可愛くて巨乳の女の子が目の前うろうろしてたらさ、そりゃ仕事なんてそっちのけで乳ばっか見ちゃうでしょ」
「やめてキモイ」
佳菜子の視線を胸に感じて、あやめはスッと姿勢を正す。話をしているとついつい身体が前のめりになり、小さくない胸が机の上に乗ってしまうのだ。
「気にしてるのに……」
「ごめんごめん、同じ女からしたら羨ましいけどね~? もうそんなのマンガのキャラじゃん」
「でも太って見えるし着られる服限られてくるし、ブラだって可愛いの少なくなるし。男の人なんて露骨に胸に話かけてくるんだよ」
「勿体ないな~あやめは顔だって可愛い良い子なのにさ。男どもは自分でチャンス逃してんね」
佳菜子はそう言って笑い、魚のフライをかじる。
これも何度繰り返された会話だろう。あやめは小さくため息をついて、少し乾いてきた刺身をつついた。
「もう二十七だっていうのに……一生彼氏できないのかな。職場では重役の愛人とかいう不名誉な噂まで流されちゃってさ。女の子の友達もなかなかできないし」
あやめはどこにでもいそうな、一般企業のOLだ。
ダークブラウンの髪を緩く巻いて、すっきりとしたきれいめなファッションを好む、おっとりとした雰囲気の会社員。
そんな平凡な人間なだけに、人よりも少しだけ大きな胸をもつことが全てを台無しにしていると、あやめは思っている。
いいなと思った相手は必ずと言っていいほど下心満載で接してくるし、なにを勘違いしてか、あからさまに下ネタを振ってくる男の人は驚くほど多い。
あやめだって二十七歳。性的なことに興味がないわけじゃない。
むしろ発散されることの無い、溜まりに溜まった性欲は多い方だと思うし、無駄な属性ともいえる処女なんて早く捨ててしまいたいとさえ思っている。
それでもあやめにだって選ぶ権利はあるはずだ。そう見るからにがっつかれると、生理的に無理だと拒否反応をおこしてしまうというもので。
「いいなぁ佳菜子はかっこいい彼氏がいて」
「んふふ」
あやめとは違い、コミュ力の高い佳菜子はフットワークも軽く、会うたびに違う彼氏を連れている。
そろそろ落ち着きたいとここ二、三年言い続けているが、この恋多き女が落ち着くのは当分先になるだろう。ちなみに、今の彼は(佳菜子曰く)そこそこ売れてるバンドマンらしい。
「それがね、聞いてよ恭ちゃんってば……っと、ごめん電話。恭ちゃんだ」
はーい、と一オクターブ高い声で電話に出た親友を生暖かい目で眺め、この店の人気商品である海鮮サラダをつまむ。
しょうゆベースのドレッシングが野菜や具材にバチっと合い、さっきから箸が止まらない。
これは家でも再現できないだろうか。いやだめだ、最終的にごま油で整えるという力技に出てしまう未来が見える。帰りにちょっといいドレッシングを買っていくのが圧倒的勝利に違いない。
「うん、えっ、そうなんだ! うん、ならあとでね。はーい」
そう機嫌よく電話を切り、スマホを鞄に仕舞う佳菜子。またかとじっとりとした目を向けると、彼女は笑みを浮かべ、鞄を手にした。
「もしかして……」
「ごめんねあやめ! 恭ちゃん、今からうち来るって言うから帰る」
「でも今日は軽く飲んでから、久々にスパ行こうって」
「あのね、あやめとはこれからもずっと親友だけど、恭ちゃんが彼氏でいる時間は今後どれだけあるかわからないの。だからごめんね! 今度ちょっと良いご飯奢るから」
あまりに潔い言葉を残し、佳菜子は颯爽と席を立って行ってしまった。恋愛至上主義の佳菜子はいつもこうである。
「お待たせしました! コークハイでーす!」
なにも知らない店員が、佳菜子の頼んだドリンクを机に置いて行ってしまった。グラスいっぱいに注がれた甘そうなコークハイ。
「も~佳菜子め! 本当に勝手なんだから!」
と、グラスを引き寄せようと手に持ったとき。
後ろの席に座っていた人が勢いよく立ち上がり、その身体があやめの背中にぶつかってしまう。
「あっ」
メッセージアプリの通知音を耳にして、中野あやめは、すぐさまスマホをタップした。
『おつかれさん』
『昨日の今日で早いやん』
『なんやもう抱かれたくなってしもたん?』
真昼間のオフィス。
十二時を半分ほど過ぎた室内で、人がまばらなのが救いだった。
あやめは最後に送られてきたメッセージに鼓動を早くして、顔を真っ赤に染めあげる。
──どうしてこうなっちゃったんだろう……。
考えを巡らせたところで、昨夜の出来事をより鮮明に思い出してしまうだけだ。
あやめは俯いて、甘く疼く身体を持て余していた。
◇
昨夜、あやめは居酒屋にいた。海鮮を売りにした、どこにでもあるお手頃価格のチェーン店。
高校時代からの親友、佳菜子とふたりで乾杯をして、互いに上司や仕事の愚痴を言い合う。そんな、よくある日常だった。
「で、どうなの前に言ってたセクハラ上司は」
「相変わらず。視線は気持ち悪いし猥談多いし仕事しないし。指導か何か入らないかな。そろそろ匿名で人事部に文書でも送ってやりたい」
「あ~」
佳菜子は運ばれてきたばかりのハイボールを呷り、にやりと笑う。
「でもな~その上司とか、よく話題に上がる同僚の……渡部だっけ? そいつの気持ちもわかるわ。あやめみたいに可愛くて巨乳の女の子が目の前うろうろしてたらさ、そりゃ仕事なんてそっちのけで乳ばっか見ちゃうでしょ」
「やめてキモイ」
佳菜子の視線を胸に感じて、あやめはスッと姿勢を正す。話をしているとついつい身体が前のめりになり、小さくない胸が机の上に乗ってしまうのだ。
「気にしてるのに……」
「ごめんごめん、同じ女からしたら羨ましいけどね~? もうそんなのマンガのキャラじゃん」
「でも太って見えるし着られる服限られてくるし、ブラだって可愛いの少なくなるし。男の人なんて露骨に胸に話かけてくるんだよ」
「勿体ないな~あやめは顔だって可愛い良い子なのにさ。男どもは自分でチャンス逃してんね」
佳菜子はそう言って笑い、魚のフライをかじる。
これも何度繰り返された会話だろう。あやめは小さくため息をついて、少し乾いてきた刺身をつついた。
「もう二十七だっていうのに……一生彼氏できないのかな。職場では重役の愛人とかいう不名誉な噂まで流されちゃってさ。女の子の友達もなかなかできないし」
あやめはどこにでもいそうな、一般企業のOLだ。
ダークブラウンの髪を緩く巻いて、すっきりとしたきれいめなファッションを好む、おっとりとした雰囲気の会社員。
そんな平凡な人間なだけに、人よりも少しだけ大きな胸をもつことが全てを台無しにしていると、あやめは思っている。
いいなと思った相手は必ずと言っていいほど下心満載で接してくるし、なにを勘違いしてか、あからさまに下ネタを振ってくる男の人は驚くほど多い。
あやめだって二十七歳。性的なことに興味がないわけじゃない。
むしろ発散されることの無い、溜まりに溜まった性欲は多い方だと思うし、無駄な属性ともいえる処女なんて早く捨ててしまいたいとさえ思っている。
それでもあやめにだって選ぶ権利はあるはずだ。そう見るからにがっつかれると、生理的に無理だと拒否反応をおこしてしまうというもので。
「いいなぁ佳菜子はかっこいい彼氏がいて」
「んふふ」
あやめとは違い、コミュ力の高い佳菜子はフットワークも軽く、会うたびに違う彼氏を連れている。
そろそろ落ち着きたいとここ二、三年言い続けているが、この恋多き女が落ち着くのは当分先になるだろう。ちなみに、今の彼は(佳菜子曰く)そこそこ売れてるバンドマンらしい。
「それがね、聞いてよ恭ちゃんってば……っと、ごめん電話。恭ちゃんだ」
はーい、と一オクターブ高い声で電話に出た親友を生暖かい目で眺め、この店の人気商品である海鮮サラダをつまむ。
しょうゆベースのドレッシングが野菜や具材にバチっと合い、さっきから箸が止まらない。
これは家でも再現できないだろうか。いやだめだ、最終的にごま油で整えるという力技に出てしまう未来が見える。帰りにちょっといいドレッシングを買っていくのが圧倒的勝利に違いない。
「うん、えっ、そうなんだ! うん、ならあとでね。はーい」
そう機嫌よく電話を切り、スマホを鞄に仕舞う佳菜子。またかとじっとりとした目を向けると、彼女は笑みを浮かべ、鞄を手にした。
「もしかして……」
「ごめんねあやめ! 恭ちゃん、今からうち来るって言うから帰る」
「でも今日は軽く飲んでから、久々にスパ行こうって」
「あのね、あやめとはこれからもずっと親友だけど、恭ちゃんが彼氏でいる時間は今後どれだけあるかわからないの。だからごめんね! 今度ちょっと良いご飯奢るから」
あまりに潔い言葉を残し、佳菜子は颯爽と席を立って行ってしまった。恋愛至上主義の佳菜子はいつもこうである。
「お待たせしました! コークハイでーす!」
なにも知らない店員が、佳菜子の頼んだドリンクを机に置いて行ってしまった。グラスいっぱいに注がれた甘そうなコークハイ。
「も~佳菜子め! 本当に勝手なんだから!」
と、グラスを引き寄せようと手に持ったとき。
後ろの席に座っていた人が勢いよく立ち上がり、その身体があやめの背中にぶつかってしまう。
「あっ」
35
お気に入りに追加
130
あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

【R18】人気AV嬢だった私は乙ゲーのヒロインに転生したので、攻略キャラを全員美味しくいただくことにしました♪
奏音 美都
恋愛
「レイラちゃん、おつかれさまぁ。今日もよかったよ」
「おつかれさまでーす。シャワー浴びますね」
AV女優の私は、仕事を終えてシャワーを浴びてたんだけど、石鹸に滑って転んで頭を打って失神し……なぜか、乙女ゲームの世界に転生してた。
そこで、可愛くて美味しそうなDKたちに出会うんだけど、この乙ゲーって全対象年齢なのよね。
でも、誘惑に抗えるわけないでしょっ!
全員美味しくいただいちゃいまーす。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる