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02 手のかかる男

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「それってさぁ、絶対ユフェのこと好きじゃんねぇ?」

 中庭のベンチに座り、昼食にと持参したサンドウィッチを頬張っているときだった。たっぷりと塗ったマスタードがいいアクセントになっている。

「や……っぱりそうだよね?! 自意識過剰かな、とかも思うけど、にしては思わせぶりだよね?」
「だってさ、地方にいたときは来るもの拒まず状態だったらしいよアイツ。なのに今はユフェだけじゃん」
「私だけって、別に付き合ってるわけじゃ」
「でもユフェだって好きでしょ、あんな感じの手のかかる男」
「いや言い方!」

 仲の良い経理部の友人は、ユフェの恋愛事情も知っている。ユフェだってもういい大人だ。結婚を夢見て、何人かの男性とお付き合いに至ったこともある。
 だが、歴代の男たちはことごとくダメ男だった。

「尽くしすぎるのよねぇアンタは」
「だって……好きな人にはなんだってしてあげたいんだもん」

 ご飯をつくり掃除をし、甲斐甲斐しく身の回りの世話をすれば、相手からは「おかんといるみたい」と振られてしまう。だがそうなった責任はユフェにだけあるのではないと思う。好意にあぐらをかいたのは彼らのほうだ。
 ユフェだって、男らしい人に引っ張っていってほしい、なんて乙女心も持ち合わせている。
 ただ、好きになってしまうのはどうしてか世話がかかるタイプなのだ。

「まぁ今までの奴らよりかは断然いいと思うけどね。軍人なんて結婚したい職業ナンバーワンでしょ」
「それは筋肉フェチのあなただからでしょ、ミミさん」
「うふふ♡」

 意味ありげに微笑む彼女は、近衛兵隊長の後妻を狙っているらしい。筋肉フェチでおじさま好きのミミは、近衛兵隊長オズヴァルトがタイプど真ん中なのだという。

「っと、噂をすれば。あれユフェの旦那じゃない?」
「だから言い方……!」

 旦那と言われ、思わず頬が熱くなってしまった。そうなればいいな、なんて少しだけ思ったのは秘密にしておこう。

「ユフェ~! お願いたすけて……」

 眉を下げ、半分泣きそうになりながら駆け寄ってくるのはミミの言うとおりフレッドだった。

「フレッド? 助けてって、どうしたの?」
「鍛錬中に制服が破れちゃって。午後から公開演習だから、ちゃんとしとかないとまずいんだ。俺じゃどうにもできなくて、ユフェ、直せる……?」

 ここ、と言われた上衣の裾を見てみると、なるほど縫い合わせの部分がほつれ、破れたように見える。
 聞けば、いつもロッカーに置いてある予備は洗濯に出してしまい、今着ているものしか手持ちにないらしい。

「う~ん。これならすぐに直せると思う。貸してみて」
「ああ良かった! 俺、ユフェにしか頼めなくて」
「はいはい。良かったですねユフェがいて。でもそれくらいなら、そこら辺の女の子でも頼んだら喜んで直してくれたんじゃない?」
「ミミさん。いたの」
「アンタが来る前からずっといたわ!」
「ご覧のとおりユフェにお願い事しちゃったから、ごめんね? 先に戻っててよ。ユフェは俺が送っていくからさ。それに……」
「ん? あ……、それなら仕方ないわね! ユフェ、また後でね。フレッド、その話、私本気にしてるから!」

 ミミはフレッドに何やら耳打ちされると、カッと目を血走らせながら帰って行ってしまった。

「フレッド? ミミに何言ったの?」
「オズヴァルト兵隊長のことをちょっとね。ねぇ、これ脱いだ方がいいよね?」

 何ともなさげにそう言って、フレッドは上衣のボタンをプチプチと外していく。その指の動きに少しだけ見蕩れてしまった自分を叱責しながら、ユフェは鞄から携帯用の裁縫セットを取り出した。
 実はこうやってフレッドのほつれを直してやるのは初めてではない。
 彼はどこか抜けているらしく、よくボタンの糸が緩まったり、服に穴を空けてはユフェのところに持ってくる。「ユフェ~」と駆け寄ってくる姿が可愛くて、ついつい甘やかしてしまうユフェも大概学習能力がない。

(寄ってくる女の子はいっぱいいるのに。必ず私のところに来るなんて、そんなの好きになっても仕方ないよね……?)

 上衣を受け取って、ちらりとフレッドを盗み見る。半袖の黒いシャツは動きやすいようぴっちりと肌に沿っていて、軍人である彼の素晴らしい肉体美を浮き上がらせていた。
 広い肩幅、隆起した二の腕。胸板は肉厚の筋肉で盛り上がり、なんとも豊満で色気がダダ漏れである。
 キュッと引き締まった腰回りだが、その正面にはポコポコと腹筋が浮いて男らしい。
 もう何度も目にしているはずなのに、一向に慣れる気配はない。それどころか、最近ではこの身体に抱きしめられてしまったら、なんて妄想が爆発する始末だ。

「ユフェ? 大丈夫? やっぱり無理かな……」

 しょんぼりと眉を下げ背を丸めるフレッドに、垂れた犬耳の幻覚が見えた。どうしよう可愛い。思いっきり撫でまわしたい。

「はっ! いえ、大丈夫よ。これくらい、すぐに直しちゃうから待っててね」

 どんどん思考がおかしくなっていってしまう自分にしっかりしろと喝を入れて、ユフェは彼の上衣に針を刺した。
 縫い合わせの部分がほつれていただけだったため、ものの数分で元通りになる。パチン、と小さなハサミで糸を切ると、満足げにフレッドに上衣を手渡した。

「はい、できたわよ。少しくらいなら大丈夫だと思うけど、素人の修繕だから気をつけてね」
「ありがとうユフェ! 本当に助かったよ。いつも頼っちゃうお礼、と言っちゃなんだけど、今日飲みに行かない? 家の近くにできたバル、メシが美味いって評判なんだ」
「あの白い外装の可愛いお店? やった! 近くだし、行ってみたいって思ってたの」
「じゃあ、仕事が終わったら迎えに行くから待ってて。今日はお互い残業はなしで」
「わかった。楽しみにしてる」

 思わぬ約束に胸が躍る。それからもふたりで柔らかな陽射しの中、昼休みが終わるギリギリまでお喋りを楽しんだのだった。
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