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01 ワンコな彼
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カチ、カチ、カチ。
正確に時を刻む時計の秒針を睨むように見つめるユフェは、やっと七時二十八分になったことを確認して、玄関のドアノブへ手をかけた。
季節は秋。少しだけひんやりとした朝の空気は清涼で、ユフェが住むハイツ近くの公園には、今日もジョギングや散歩を楽しむ人の姿があちらこちらにある。
それを横目で見ながら、ユフェは歩きやすい編み上げブーツの踵を鳴らし、ゆっくりと職場へと向かう。
すっきりとしたシルエットの深緑のスカートと、とろみのある真っ白なブラウスはお気に入りのもの。チョコレート色でふんわりと揺れるユフェの髪を、美しく魅せてくれる。
(もうそろそろかしら?)
さりげなく辺りを見渡すと、思ったとおり、見知った顔がこちらへ向かってくるのが視界に入る。それも、ものすごいスピードで。
「ユフェ~! おはよっ」
大声で名前を呼びながら一気に距離を詰めた金髪の男は、満面の笑みでユフェと並ぶ。
にこにことした表情は屈託がない。それがまるでよく懐いた大型犬のようで、ユフェはついつられて笑ってしまった。
「おはようフレッド。相変わらず足が速いのね……でもあんなに大きな声で呼ばれると恥ずかしいわ」
「ごめんごめん。家を出たらユフェが見えて嬉しくてさ。ね、一緒に行こう」
(か、かわいい~!)
ユフェよりも背が高く、純白な衛兵の制服に身を包んだ好青年に抱く感情としてはおかしい気もするのだが。
けれども嬉しそうにへにゃりと目尻を下げるフレッドに、ユフェの心臓はキュンと鷲掴みにされてしまう。彼と鉢合わせるよう、入念に時間を調整したかいがあるというものだ。
「あっ。ねぇフレッド、また後ろの髪、はねてるわよ」
「えっ! うそだぁちゃんとセットしたのに」
そう言って髪を撫でるけれど、なぜだか目当ての場所はかすりもしない。
眉間に寄る皺がおかしくて、ユフェはそっと彼の髪に手を伸ばす。
「そこじゃなくてここ。……はい、なおった」
「ありがとうユフェ~! 毎日ちゃんと鏡見てるのになぁ?」
おかしいなぁとフレッドは首を傾げている。ユフェとフレッドは、ほぼ毎日こんなやり取りを交わしているのだ。
「フレッド……あなたちゃんとお仕事できてる? 私、すごく心配になってしまうわ」
「えっ大丈夫だよ! ……多分」
あからさまにフレッドの視線が泳いだけれど、王城で経理の事務員として働くユフェは、彼がとんでもなく優秀であることを知っている。
フレッドは地方で雇用された軍人だったが、年に一度王都で開かれる交流戦に代表として訪れ、優勝候補と目されていたエリート兵をボコボコに叩きのめしてしまったのだ。
それからは王都の部隊に配属され、城下の治安維持に大変貢献している。先日も彼の部隊が、今までなかなか尻尾を見せなかった密輸組織を検挙したとかで話題になっていた。
つまり、フレッドはいわば若手の出世株なのだ。
そして更に顔がいい。淡い金髪に空色の澄んだ青い瞳は、物語に出てくる王子さながらだと評判だ。
そんな人物であるわけだから、お察しのとおり大変にモテる。それこそ貴族のご令嬢が連れ歩く、専属の護衛にと声がかかるなんてしょっちゅうらしい。
「ほんと、ユフェがいてくれてよかったぁ」
ユフェにとっては、まるで尻尾を振って追いかけてくる大型犬のようなのだけれど。
正確に時を刻む時計の秒針を睨むように見つめるユフェは、やっと七時二十八分になったことを確認して、玄関のドアノブへ手をかけた。
季節は秋。少しだけひんやりとした朝の空気は清涼で、ユフェが住むハイツ近くの公園には、今日もジョギングや散歩を楽しむ人の姿があちらこちらにある。
それを横目で見ながら、ユフェは歩きやすい編み上げブーツの踵を鳴らし、ゆっくりと職場へと向かう。
すっきりとしたシルエットの深緑のスカートと、とろみのある真っ白なブラウスはお気に入りのもの。チョコレート色でふんわりと揺れるユフェの髪を、美しく魅せてくれる。
(もうそろそろかしら?)
さりげなく辺りを見渡すと、思ったとおり、見知った顔がこちらへ向かってくるのが視界に入る。それも、ものすごいスピードで。
「ユフェ~! おはよっ」
大声で名前を呼びながら一気に距離を詰めた金髪の男は、満面の笑みでユフェと並ぶ。
にこにことした表情は屈託がない。それがまるでよく懐いた大型犬のようで、ユフェはついつられて笑ってしまった。
「おはようフレッド。相変わらず足が速いのね……でもあんなに大きな声で呼ばれると恥ずかしいわ」
「ごめんごめん。家を出たらユフェが見えて嬉しくてさ。ね、一緒に行こう」
(か、かわいい~!)
ユフェよりも背が高く、純白な衛兵の制服に身を包んだ好青年に抱く感情としてはおかしい気もするのだが。
けれども嬉しそうにへにゃりと目尻を下げるフレッドに、ユフェの心臓はキュンと鷲掴みにされてしまう。彼と鉢合わせるよう、入念に時間を調整したかいがあるというものだ。
「あっ。ねぇフレッド、また後ろの髪、はねてるわよ」
「えっ! うそだぁちゃんとセットしたのに」
そう言って髪を撫でるけれど、なぜだか目当ての場所はかすりもしない。
眉間に寄る皺がおかしくて、ユフェはそっと彼の髪に手を伸ばす。
「そこじゃなくてここ。……はい、なおった」
「ありがとうユフェ~! 毎日ちゃんと鏡見てるのになぁ?」
おかしいなぁとフレッドは首を傾げている。ユフェとフレッドは、ほぼ毎日こんなやり取りを交わしているのだ。
「フレッド……あなたちゃんとお仕事できてる? 私、すごく心配になってしまうわ」
「えっ大丈夫だよ! ……多分」
あからさまにフレッドの視線が泳いだけれど、王城で経理の事務員として働くユフェは、彼がとんでもなく優秀であることを知っている。
フレッドは地方で雇用された軍人だったが、年に一度王都で開かれる交流戦に代表として訪れ、優勝候補と目されていたエリート兵をボコボコに叩きのめしてしまったのだ。
それからは王都の部隊に配属され、城下の治安維持に大変貢献している。先日も彼の部隊が、今までなかなか尻尾を見せなかった密輸組織を検挙したとかで話題になっていた。
つまり、フレッドはいわば若手の出世株なのだ。
そして更に顔がいい。淡い金髪に空色の澄んだ青い瞳は、物語に出てくる王子さながらだと評判だ。
そんな人物であるわけだから、お察しのとおり大変にモテる。それこそ貴族のご令嬢が連れ歩く、専属の護衛にと声がかかるなんてしょっちゅうらしい。
「ほんと、ユフェがいてくれてよかったぁ」
ユフェにとっては、まるで尻尾を振って追いかけてくる大型犬のようなのだけれど。
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